第七話 精神同期

夜通し走った俺たちは、朝日が昇る頃には国境近くには達していた。追手が馬を使ったとしてもそう簡単には追いつけないと思う。

川の近くに停車し、ユウコワをゆっくり寝かせることにした。


「さて朝食はどうしたもんかな」

「心配ない」


黒猫娘の姿が一瞬で消える。あの子こそ魔女にピッタリだなと一人笑う。


「お待たせ」


黒猫娘は中型の鳥を二羽と小型の獣を手に下げている。


「早いな!」

「狩りは得意」

「本当にすごい」


得意げな黒猫娘。部下は褒めて伸ばすタイプなんだ、俺。しかしどうしよう。


「俺、動物を捌くのは出来ないんだが……」

「私はそのまま食べるから心配ない」

「お前はそうかもしれんが」

「あら!狩りをしたの?」


ユウコワが起きてきた。


「ああ、この黒猫娘が捕ってきたんだが」

「私が捌くわよ。あなたは薪をお願い」


ユウコワはナイフを取り出すと、慣れた手つきで解体を始めた。


「子どもの時から教わるのよ」

「そりゃ助かる。じゃ行ってくる」


見ると黒猫娘は鳥に齧り付いている。口の周りが真っ赤。あれを見る限り彼女は確かにただの猫だ。

俺が集めた流木にユウコワは火打石で点火。冷えた身体にはありがたい。

肉を木の枝に刺してじっくりと火を通す。


「エルフの国に入ったらどうする?」

「おそらく私を受け入れないと思う。バストリアと揉め事は起こしたくでしょう」

「え?お前を犠牲にする気か?」

「平民の娘ひとりで今までの安寧が得られるならそうするのが施政者よ」

「世知辛いな。国境警備隊とかいるのか?」

「何それ」

「文明や文化が違いすぎるとこの辺りが面倒だな」

「じゃあ同期しましょう」

「同期?」

「召喚者と神獣の精神を繋いで、お互いの理解を深めるの。本当は契約してすぐ行うものだけど」

「魔法は便利だな。なら頼む」


ユウコワは額を俺の額に近づける。近い。キスできる距離だ。そんなことを考えていると……。


「ん?ここは?」


中学校の教室だ。懐かしの母校。


「綺麗な建物ね」


振り向くと体操服姿のユウコワがいた。


「おい、その格好」

「今日はマラソン大会でしょう?さぁグランドに行きましょ」


俺の手を引いて廊下を歩くユウコワ。耳の尖ったエルフが校内にいたら大騒ぎになりそうなもんだが、不思議と誰も反応しない。どころか、


「相変わらず仲良いねー」


と冷やかすクラスメイトもいる。どうなってる。

開会式の後、俺たちはグランドから市内へ。設定されたコースを走る。


「さぁ、色々見てまわりましょう」

「あ、マラソンはしなくていいんだ」

「強い思い出がある場所に引き寄せられるのよ」


……今まで忘れていたが、俺はこのマラソン大会の後、一学年下の子に告白されたのだった。

そうかぁ、そういう原理かぁ。

ユウコワは車の多さと鉄道、特に新幹線に驚いている。家電にも興味津々だ。


「技術が随分と発達してるのね」

「ああ。先人のたゆまぬ努力と知恵に感謝だよ。名を残す人もいるが大抵は名も知れぬ誰か達のお陰でこうやって快適に暮らせてる」


いきなり風景が変わり、大学のキャンパスにいた。女子大生風の格好をしたユウコワ。


「さぁもっと色々と見たいわ」


覚えてるさ、この日はサークル旅行で沖縄に行った記憶だ。ユウコワは飛行機に興味が尽きない様子。


「これが空を飛ぶのね」

「そうだ。離陸の瞬間だけは慣れないがな」


沖縄の景色。眩しい太陽。ユウコワは時々すれ違う米軍の車両とヘリが気になったみたいだ。


「あれは喚びだせないぞ?触ったこともないからな」

「残念ね。でもねあなたが武器として使うと念じたら、何でも召喚出来るから」

「工具とか、極論すれば◯◯◯◯や◯◯◯◯◯◯◯などもか?」

(真似するおこちゃまが読んでもよろしくないので一部ボカします 作者)

「ええそうよ」

「かーっ!俺は文系だからなぁ。もっとあれこれ出来るんだろうけど、化学はさっぱりだ」


「あなたの住んでいた世界、かなりわかったわ」

「お察しかもしれんが、大昔から戦争を繰り返してきてる。最近は割に合わないんでどこもやりたがらないがな。それに使ったら最後、この星を死の惑星に変える兵器作ってからは浅慮なことは出来なくなってる」

「核兵器ね」

「そうだ。小さな太陽みたいなもんだが数十万、いや使う場所によっては数百万を一度に殺せるからな」

「恐ろしいわね」


また景色が変わる。

懐かしの風景。一日しか経ってないのにもう懐かしさが感じられるとはな。

かつての職場だ。


ユウコワは事務員の制服を着てる。エルフOLだ。


「さ、俺の車で出かけるか」

「あれとは違うわ」

「サファリはもっと若い頃に乗ってたんだ。行きたいとこあるか?」

「どこでも」

「ならまず何か食べに行こう」


ユウコワを色々と連れ回し、最後は街の夜景を見下ろせる有名な山へと向かった。


「綺麗ね。夜なのに光が埋め尽くしてる」

「だろう?女を口説く時、よくここへ来たもんだ」

「あら?私も?」

「あーうん、あんたは綺麗だよ。惚れ惚れする」

「正面から褒められるのは新鮮よ」

「だけど俺はおっさんだから、それだけで惚れることはない」

「そうでしょうね」

「あんたは辛い目にあったのに、下を向いて嘆き悲しむことはせず、前を向いていくってのは好ましい。

俺はさ、ホラー映画でキャアキャア喚いて殺されるだけの存在が苦手なんだ。『少しは立ち向かえよ』って。だからこういう出会いじゃなきゃ、あんたに惚れてたと思う」


おっさんの強み。女に臆すのは童貞まで。好意は伝えなければ意味がない。まずは伝えて駆け引きが始まるのだ。


「嬉しいわね」

「それもあってさ、神獣としてだけでなく、俺個人としてもあんたを第三王子の手下どもから守り抜く気だ」

「でも私は」

「言うな。わかってる。王太子さんのこと、忘れられるわけないってのは。俺もそこまで無神経じゃないさ」


寂しそうな顔のユウコワを見るのが辛い。


「もういいんじゃないか?今度はエルフの国を見たいね」

「もう見てるわよ」


俺たちは広い原野の中に立っていた。地平線まで人の手が入ってない自然。北海道みたいだな。


「誰もいない?」

「家の周りにしかいない。行くわよ」


また景色が変わる。


木造建築の小屋が点在する小さな集落。おおぉファンタジーというか、イギリスの田舎風景みたいだ。


「そうね、あなたの世界でいうとその辺りが近いかも。私はね百年、千年と変わらないこの風景に退屈していたのよ。だから人の国に憧れた」


あー。うん。

たまに保養で訪れるならまぁいい感じだが、生まれてから死ぬまでってのは……。俺にも無理だ。


「あなたの国が映画だとしたら、この国は絵画」

「上手く例えたな」

「だからね、この国はもう人の国と満足に争うことも出来なくなっている。魔法は使えるけども、それを戦に上手く役立てるのは難しいの」


そうか。魔法があればどんな攻撃でも出来そうってのは、俺が人間だからか。ここで悠久の人生を送るほとんどのエルフにはピンとこないだろうな。


気がつくと薪が爆ぜる焚き火、枝に刺してる肉、こっちを見てる黒猫娘。

終わったのか。長いこと夢見てた気分だが一瞬だったんだな。


「よし、肉も焼けたしいただこう。黒猫娘、ありがとうな」

「些細なこと。気にしなくていい」

「呼びにくいな、今更だが名前はなんていうんだ?」

「ない。私は猫」

「じゃ猫でいいのか?」

「いい。私は猫。最初からそう言ってる」

「確かにな」


肉は肉の味だった。塩が欲しい。


「早く移動した方がいい。おかしなものが近づいてきてる」


黒猫娘が遠くを見つめてる。


「この車でなら逃げられるのでは?」

「あれも同じような速さ」


おおっと猪や熊並みかよ。


「ニコフ、ここで倒して。エルフの国に入れたくない」

「わかった。車に乗っててくれ」


念じる。M24が現れる。ボルトアクションだから掃射は出来ないが、威力優先だ。

頼むぜ7.62×51mmNATO弾!腹ばいになる。プローンだ。

コッキングして初弾装填。

スコープを覗く。

遠くに黒い塊が見える。

あれは……熊か?

いや違う。黒猫娘が首を飛ばしたあいつじゃねぇか!

仕留め損なった?

黒猫娘の方を見る。


「あれにはもう魂が無い」

「それってゾンビ?」

「ぞんびが何かわからないえど、体を再生する獣を取り込んでるんだと思う」

「すげぇバイオテクノロジーだなおい」


スコープを覗く。顔があった場所に歪な肉塊が生えていた。

人でも獣でもない顔。鼻っぽいのと目みたいなものもある。

まるで出来損ないの福笑いだ。


スコープのレティクルを合わせトリガーを引く、狙うは脚。距離およそ二百メートル。

命中。

次弾装填。

命中。

次弾装填。

命中。

次弾装填。

命中。

動きはかなり鈍ったが、致命傷ではない。


「黒猫娘!どうにか出来るか?」

「私の鎌は命を刈り取るもの。あれは反応だけで動いてる」

「わかった」


念じる。

手に現れるパンツァーファウスト3。悪友に付き合わされた基地祭巡りだが、今となってはありがたい。


後ろを確認し奴がもう少しだけ近づくのを待つ。

来た。

発射。

衝撃とともに奴は爆散した。粉々に。

やったか?

近寄ると獣と血の匂いにむせる。肉片になったからもう再生は無いよな?

イモリやらトカゲの再生能力の豪華版ってやつか。


「ユウコワ、他の追手がここに来る前に移動するぞ」

「わかった」

「おいクロ、お前もだ」

「クロ?」

「爺さん家で飼われてた黒猫の名前。悪いがそう呼ばせてもらう」

「クロでいい」


M24の発砲音やパンツァーファウストの爆発音はずっと遠くにまで響いたはず。急がなくては。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る