第14話 私の気持ち
「いや、さすがに冗談だよね?」
優香の目は笑っていない。なんなら、私を抱く力が強くなる。
「ほら、詩悠。言うだけでいいんだよ?言ってくれたら、詩悠はちゃんと私から離れられなくなるから」
どきん、と心臓が鳴る。優香の目が、さらに赤くなったような気がする。まるで金縛りにあったような、ずきんという衝撃とともに私の身体は動かなくなる。されるがままに、優香に馬乗りにされる。
私の顔は、優香の両手に包まれてもはや目を逸らせなくなっていた。
「ほーら、とろんとしてきた。詩悠、詩悠も私と、ずっと一緒がいいよね?」
「ッ!?」
顔が熱くなってくるのがわかる。さっきまで平気で見れた優香の顔が、今は見ることすら恥ずかしくなってきている。
「詩悠も、だんだん他のことどうでもよくなってくるでしょ?」
「そんな、強引に迫られても、余計に優香のこと嫌になるだけだよ」
恥ずかしいながらも、ここで優香に思い通りにされたらもう戻れない気がして、負けずに優香にメンチを切る。
優香の目がまた赤く煌々と濁っていく。
また、ずきんと体に衝撃が走る。さっきのやつだ。私の心がだんだん優香に好意を抱いていっているのがわかる。けれどもしこれが伝わってしまったら、私は優香に追い詰められてしまう。
「私、絶対詩悠と離れたくないの!詩悠までいなくなったら私……もう生きていけない……」
何が彼女をここまで追い込んでいるのか。私は記憶を振り返る。今までの付き合いで、お互いの好き嫌いとか趣味とか性格はわかれど、私は優香のプライベートな出来事について、全く知らないことが分かった。
「ねぇ……お願い。詩悠も私のこと好きだよね?私は好き。詩悠がいない人生なんて考えられないくらい好き」
これも彼女の魔法か、心がどんどん堕ちていっているのがわかる。持久戦は不利と見た私。頭で戦略を練ろうにも、もう何も考えられなくなってきていた。
「ほら、後に続いて言ってみて。私は――」
「わ、私……は……」
とまれ、聞いちゃダメ。言っちゃダメなんだ。優香……名前を思い浮かべるだけで、強制的な幸せがこみあげてくる。
「優香のいう事全部聞く―――」
「ゆう、か、のぉ……いう事……ぜ、ぜん……ぐ、くぅうぅ」
「我慢しない。早く」
もう、視界の端が真っ赤になってきて、ちゃんと見えるものが優香の赤い目しかない。
「ゆうかのいう事、ぜんぶきく。聞きます」
頭が桃色に塗りつぶされていく。私のじゃない気持ちが私の心を満たしていく。もう意識も怪しい。視界がぼやけてきた。
「生粋のメス奴隷です。はい、せーの」
「き、きっすいの……めす……」
なんか、走馬灯のような物が見えてくる。私は、優香とこんな関係になりたかったわけじゃない。ないのに……もうダメ。
優香の甘い吐息が耳に当たる度に全身がとろけるような快楽に包まれて、もう振り絞る力すら抜けてしまっている。今までの優香の態度で時折垣間見えるあの目の真意を、もう少し早めに聞いていれば……
私が聞くのをめんどくさがって、優香も悩み事があるんだろう之一言で自己完結していなかったら……
『自分のことだけじゃなくて、相手のことを知ろうとすることも大事だからね!』
陽キャ女さんに言われた言葉が、頭に浮かぶ。考えてみれば、彼女の名前すら知らないし、聞こうとも思っていない。今までの中で、陽キャ女さん含めて優香以外の女子のこと名前でも苗字ですらも呼んだことがない。部活も気になると思っていたけど、見に行くのがだるくて見に行っていない。宿題も帰ってやるぞと意気込んで、帰ったら違う事をしてしまう。優香の誘いも、しんどかったり眠かったりする時が大半で、だいたい断っている。
全部私が招いたことなのだろう。こんな無関心な性格だから、きっと優香に寂しい思いをさせてしまったのかもしれない。優香がこんなにも誰かを欲するまでに、私が日々つっぱねていたのかもしれない。なら、私が優香のいう事を全部聞くという事も、償いと考えればよいことなのではないか。
「メス、ど、れい……」
「そう、メス奴隷でしょ?ほら、返事は?」
「違う」
「……へ?」
自分が、今まで周りにとってきた態度を顧みていると、抵抗する力は全くでないけれど、言葉だけはなんとかひりだすことができた。
「な、なんで……なんでよ。なんで!なんできかないの?」
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さっきまで落ち着いていた優香が、今度は何かを連呼し始めて、その言葉の群れは先ほどよりも優香の目を赤く染め上げて、私の脳をダメにしそうになる。でも、こんな小細工で私はどうにかなるやつじゃない。
「ねぇ。詩悠。もう一回落ち着いて初めから言お?私は、優香のことなんでも聞く――――」
「いや……だ。絶対、絶対聞かない!」
今のままだと、いけないんだ。せっかく気づくことができたんだ。自分の思いを、相手に、優香に伝えないと。
言わなきゃ、何も伝わらないから。
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もはや心は染まっている。染め上げられている。優香のいう事に抗うことが、ものすごく辛く感じる。けど、それでも私は本心を言う。
「ごめんね。優香」
「謝罪なんていらない!どうして?なんで?完璧に発動しているはず」
私は安心させるために、優香を抱きしめ返そう手をのばす。ゆっくり上がった私の腕は、優香のことを覆うとそのまま優香は私に飛びついてきた。必死の表情だった。
「私、優香のことこんなになるまでちゃんと見てなかった。私のせいだよね?いつも自分のことしか考えてなくて」
優香が鼻をすする音が聞こえる。私を抱きしめる力が、少し弱くなった。
「私もね?言ってなかったことがあって。私、優香ほど察するのが上手いわけじゃないけど、人の気持ちを見れるというか、なんとなく感じられるんだよね。それで、私あんまり日常以外のことするのが嫌だから、先々を予想して全部めんどくさくなって、どんな誘いでも大体断っちゃうんだ」
優香は黙っている。私のほっぺに、彼女の顔が擦り寄せられる。若干の頬の痙攣を感じる。少し早めの呼吸が、かすかに聞き取れる。
「でね。めんどくさいことは全部見ないようにしててさ。せっかく感じ取れる人の感情も、汲み取るのもめんどくさいから全部無視してて。最近はどんなこともめんどくさいからって、ただただ断ってたんだ。けどね、最近相手のことを知ることも、自分のことを伝えるのも大事だって知ったんだ」
「だから、今までの態度を誤らせてほしい。ごめんね。優香」
優香は伏目がちに、
「……無理矢理入り込んで来たら、相手するんでしょ?」
嗚咽交じりに、小さく聞いてくる。それを聞いて、なるほどと私の中で合点がいった。確かに、これは全部私が招いたことだなって、そう思った。だから、もう私は彼女にド直球にまず伝えようと思った。
「私、優香のことまだ分かんないんだ」
私の率直な感想。そして、これから私がどう生きるかの決意でもあるそれを、優香に素直に打ち明けてみた。
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僕の性癖なのかもしれないけど、誘惑に堕ちかけながら打ち勝つヒロインの、打ち勝つまでの顔とかがめっちゃ好き
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