第15話 相性

 優香の表情がひどく曇る。そこには悲しみだったり、どうして…といった疑問が垣間見える。


「もちろん、私が優香のことを知ろうとしなかったことにも非があるけどさ……優香だって、私に知らせようとしてくれなかったでしょ」


 今になって必死に私を繋ぎとめようと無理やりに私になんかよくわかんないことをするくらいなら、私は日常で直接言ってくれる方が良い。私は自分からあんまり興味を抱くようなことは滅多にないのを、長年の付き合いである優香なら分かっているはずなのに。そんな気持ちが自分でもよくわからないほど心の中でとぐろを巻いていて、今じゃなきゃ言えないことも全部言ってしまおうというような、言わば背水の陣、当たって砕けろ?バーサーカーみたいだなと、そんな感情を抱けるほどには心に理性が戻り始めていた。



「私バカだからさ。優香がずっと笑顔貼り付けてても、いつもどおりを装って接してきても、なんかあんのかな程度で済ましちゃうの。私は常に周りに気を配るほど協調性ないし、そもそもだるいし。だから、優香の思ってることとか、もうこの際触れてこなかったけど、優香のこともっと、ちゃんと教えてよ!」



「だって、だって言ったら詩悠もいなくなっちゃうって思ったから!そもそもいっつも私の誘いを断ってたのは詩悠じゃん!そんなさも私が悪いみたいな、自分の非を認めてますみたいなこと言われても、余計に腹が立つだけ!」


「ハッ、私からしたら一回断っただけでさっと身を引く程度のことなんだなーって認識で終わってますけど?本当に聞いてほしいことだったなら、しっかり本心で伝えなよ!善人装った気持ち悪いほどきれいな笑顔でよそよそしく言われても、どうでもいいことだと思うでしょ!!」



 そこまで言って、私たちは睨みあいながらいったん息を整える。思えば出会ってから今までで初めての喧嘩だ。




「……本当に怖かったの」


 優香が、一言。そして、また顔をうつむけてしまった。先ほどの言い合いと一転、部屋には蒸し暑さと静寂が立ち込める。お互い汗で髪が張り付いている。


 さっきから優香が繰り返す「怖い」とは、やはり私に嫌われることなどを危惧したことなのだろう。だからこそ、私はそれが許せなかった。私にだけは、優香が本当の顔を見せてくれると思っていたから。



「私、優香のことは友達だと思ってたよ」



 優香が、少しだけ顔を上げる。



「皆に出してる近寄らないでオーラも、私にだけは無くて、私にだけは優香が好きでいてくれてるんだと思ってた」


 けれど、現実はそんな理想的にはいかなかった。彼女が私におびえていることが、その確たる証拠だ。



「私だけは、優香のことをちゃんと知ってるんだなって……思ってた」



 頬から意図せず、涙が伝っていた。私はたまらず、優香のことを抱きしめた。



「私たちは……親友でしょ?」


「ッ……当たり、前だよっ!」

 


 ぎゅっと、優香も私を抱きしめる。



「私も……踏み出すのが怖かった。だから、今日もこんなことに……ごめん。ごめんなさい!詩悠、ごめんね…」



 私も優香も、お互い周りからは少し浮いていた。それは、二人とも周りとの付き合いが少なかったから。二人ともどこか世界観が違ったから。二人とも、子供らしからず大人びていたから。けれど、それは逆だったのかもしれない。私たちは周りの子たちのように感情を表に出すのが苦手だった。私たちは自分の本心を伝えるのをためらってきた。


 私たちは、臆病だったのだ。


 なんだか、さっきまでのことがどうでもよくなるくらい、優香のことも自分自身のことも可愛く思えてきた。思わず笑みがこぼれる。


 優香はこんな私を見て、自分のことを嘲笑されたと思ったのか、顔を私の肩あたりに擦り付けて隠す。




「こんなに単純だったのにね。お互い、奥手ちゃん過ぎたね……」



 私が笑いながら呟くと、優香もうんうんと頷く。そんな優香がなんだか愛おしく思えて、彼女の頭に手を置く。見るだけで分かる艶と美しさを兼ね備えた髪は案の定絹よりもさらさらで、撫でるたびに彼女由来の甘い匂いが仄かに鼻をくすぐる。



「聞いて優香。大事なお話」



 私は抱き合っていた体を少し距離を置いて正面に向かい合う。優香は目を真っ赤に腫らしていたけど、そこにはもう涙はなく、気持ちが上向いているような表情をしていた。



「私たちは親友。私から優香のもとを離れるなんて絶対あり得ないから。てか、私が許さないから」



 優香は、顔を赤く染めながら静かに頷く。



「これからは、もっとお互いを知っていこう……案外似た者同士だった訳だし」



「私も……詩悠に言いたいことがある」


 

 優香は、窓から差す夕日で明るく映える笑顔で言った。


「私、詩悠が好き。もう隠さないし、もっと私のこと知らしめるから。これからもよろしくね!」



 その笑顔と声色は、今までに見たどの優香よりも明るくて清々しくて……思わぬ形で聞いた彼女の告白に、私の頭は再び正常な思考を放棄するのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


本編一章完結?です。


まだ続けるつもりですが、お勉強するのでまた当分空きそうです

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賢くて綺麗で淡泊な彼女は、何故か私にだけは興味津々なようです べいくどもちょちょ @zanbatou1000

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