第9話 目の色を変える陰キャ(詩悠)

 四時間目。それは勝負の時。



「次体育だって!ガイダンスの後はドッジボールだって!!これってもうご褒美だよね!ねぇねぇ!」



「うるさい。あっち行って。いつも笠波優香につきまとってるじゃない。どうして私に付き添ってくるの?」


「だって、優香は陽キャ女さんたちに盗られてるし……」


「あなた、すぐ浮気する性分ね」



 失敬な。私はただ人の間を自由に放浪しているだけだというのに。これが浮気とか、友達百人なら百股だよ。



「にしても、あなたがそんなに運動が好きだとは思わなかったわ」


「運動が好きなんじゃなくて、ドッジボールが好きなんよ。わかるかいジャパニーズビューティーガール?」


「……はぁ」



 やめて、そんな「なんで私こんな子としゃべってるんだろう」みたいな目を向けないで。ねぇ。私泣いちゃうよ?





――ガタン!!――


「うおーどうした優香っち」



「……いや、なんでも、ないです」



 なんで私はこんな有象無象を相手しないといけないの?なんで?幸せを奪わないで幸せを奪わないで幸せを奪わないで幸せを奪わないで幸せを奪わないで。私も喋りたい私も喋りたい私も喋りたい私も喋りたい私も喋りたい私も喋りたい私も喋りたい私も喋りたい私も喋りたい私も喋りたい。




 優香からまた禍々しいオーラが出ている。彼女の感情制御術は本当にすごいため、こんなの気づく人は多分同じようなことしてる白神さんとか、昔からいる私くらいなのではなかろうか。



「……なんか、高校に入って優香って感情表現得意になったよね。感情の意味が全く分からないけど」


「あなたよくあれで感情表現だなんて思えるわね……ていうか、私が殺されそうだからそろそろ離れてくれない?てか離れるわ。ちょっと、あんまり近づかないでね」




 あ――――私、とうとう白神さんに嫌われてしまいました。優香はまだ取り込み中だし、一人でそそくさと着替えますか。














「うっし。ガイダンスも終わったし、お待ちかねドッジボールするか!」



「「「「うおぉぉぉおお!!!!」」」」(男子ほとんど全員と水篠)



 この高校の体育の先生は超大当たりだ。ガイダンスという通り、授業の流れを説明するのだが、無駄にぐだぐだしなかったため、30分もドッジボールができる。



「女子と男子分けるか?一緒にするかどっちがいい?」





 そりゃもちろん一緒だろうに。女子だけとか、つまらないったらありゃしない。あ、優香は別格だけど。



「もち男女一緒じゃない?男子ーちゃんと私ら守ってよー?」



 陽キャ女さんがか弱いアピールをしている。よし、潰すか。


「全員ぎたぎたにしてやる……ハハッ」



「あなた……二重人格なの?」












 私、笠波優香は知っている。水篠詩悠は、他の人とは一味も二味も違うという事に。他のみんなも、知ったら驚くことだろう。


 詩悠は、ドッジボールのことになると人格が変わる。正確に言えば、年を取るにつれて穏やかに、落ち着いた方向に向かった性格の奥底にある彼女の超子供のままのやんちゃさが、隔たりをぶち破って表れる。



 そして何より不思議なのが、この時の彼女を負かすことが難しい。


 自慢とかそういうのじゃなく、本当に互角というか、なんなら彼女の方が強いというか……


 中学の時に、彼女に少しだけ見せてしまった私の力。そのときの彼女が極度の過呼吸だったからか話題になったことはないけれど、私は彼女の目の前で一度拳銃をばらしている。それに、男を壁に飛ばしている。私には、そういった力がある。


 それをもってして勝てないというのだから、私は本当に彼女のことが不思議でしょうがなかった。そして、唯一彼女だけは私の気持ちを汲み取ってくれる。まあ、一部すごく鈍感だけど……


 そんな彼女が今、クラスメイト全員を獲物を見る目で見渡している。
















ドカーン!!   バッコーン!!



「ぎゃぁぁぁぁぁぁあああああ!!!」



「な、なんと……トリプルアウトだと!?」




「ハハッ、どうした?こんなもんかよお前らぁ!!」


「きゃーかっこいい水篠さん!」


「私たちのこと守ってー!」


「おうよ。私に任せな」



 やっぱり中学入るとドッジボールしなくなるからなぁ。私も小学生以来久々のドッジボールだ。少し衰えてしまっている。


 残る男子は三人。それと大物優香ものこっている。


「白神!外野からパスつなぐぞ!!」


「は?なんで私なのよ!」


「し……ら、かみ……詩悠ってば意外と距離詰めるの早かったりする?だめだよ?」


「もう!水篠詩悠!私に話しかけないで!命が危ういの!!」



 さあ、大物狩りに出ますか。もう男子はどうでもいい。のこり授業時間は5分に迫っている。


「はい!パスしたわよ!」


「甘いよ白神さん。そんなんで詩悠とパス回しなんて100年早いよ」


 優香がパスボールをジャンピングキャッチして、空中から伸身を翻して私以外の男子にまんべんなくぶち当てる。当たった男子は多分1mは後ろに吹っ飛んだ。だが、そのおかげでボールはこっちに来た。



「ふぅ……集中集中」



 私が優香に勝てる機会などそこまでない。だから、この一時だけは、全力で行かせてもらうぜ。



「ほら。ぶち当たれ!」



 私がぶん投げたボールは、一直線で優香の方に行っていた。もちろん優香は受け止める準備をしている。がしかし、私のボールはそう簡単な物じゃない。


 野球でいうカットボールという球種をご存じだろうか。相手の直前までまっすぐのびて、速い速度を保ったままきゅっと曲がるボールだ。私はアレを投げた。久々にやったからか、優香もボールの回転までは見ていなかったようで、そのまま肩をえぐるようにボールが当たる。



 ボールが天上高く上がる。水平成分の速度も大きいため、ボールは素早い速度で優香のいる場所から遠ざかっていくが、彼女はそこで諦めない。人間離れした瞬発力と跳躍力で、そのまま上がったボールをキャッチする。



「やっぱり、優香はそうでないとね」


「詩悠も、やっぱり強いね」



 空中を舞う優香が、そこから私に向かってボールを投げようとする。もはや個人競技。私vs優香の戦い。他の男子や女子は、見ていることしかできない。私たちだけが見えている世界。興奮する。どきどきする。私が、なんでもそつなくこなす優香に唯一立ち向かえる、優香が本気になってくれるもの。



「いくよ。詩悠」


「望むところよ……来い!!」




ピピィ――――――――!!!!!!!!




「アツいバトル中のところ悪いけど、もうチャイムなるから終わりね」













「あー楽しかったー。白神も楽しかったよね」


「私、あなたにしばらく話しかけないでって言ったよね?本当に殺されちゃうから」


「誰が、誰を殺すのかな?白神さん」



「ひぃ!な、ななな、なんでも、ないですよ!水篠詩悠とは仲良くしてます」


「へぇ……仲良くしてるんだ……へぇ」


「どっちに転んでも詰みじゃないのよ!」







 この授業が終わった後、優香はさらに運動できる女子としてモテて、白神は雰囲気怖いけど意外と面白い子として人気になって……その、私は……



「水篠さん!お昼一緒に食べない?」


「えー、今日一緒にお昼だよね!」


「水篠さんって、可愛いけどかっこいいよね!普段からなんかやってるの?」




 なぜか、女子にモテている。男子にはすごく怖がられている……




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


この日に男子らによって広まった二つ名


笠波優香………舞い降りた天使(空中での体捌きから)


白神雪那………氷華姫(詩悠と打ち解けているときの笑顔は可愛い)


水篠詩悠………狂戦乙女・女たらし(言うまでもない)

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