第8話 忘れ物

 翌日。私は優香と待ち合わせて一緒に学校に向かう。昨日は自分がなんだがぶれてたような、いつもの調子じゃなかったけど、寝たら回復もーまんたい。全くもってなんでいらついてたんだろうと、そんなことすらももはや頭には浮かばない。とか言ってるこの頭には浮かんでいるというパラドックス。おー怖い怖い。



 私の家よりも優香の家の方が学校に近いから、だいたい優香の家の前で待ち合わせ。今日は私の方が早くて、何分か待ってるとがちゃっと音がして優香がまだ眠たげに出てくる。こんなの見たらクラスの男子はいちころだな。



「おはよぉー。しゅうは朝から早いねー」


「おはよう優香。いつも朝強いのに、今日は珍しいね」



「うん。ちょっとねー。作戦を練ってたからね」



 作戦?と思いつつも、まあなんか大変そうだなーと解釈してそのままにしておく。聞くのもなんかめんどくさいし、別に興味ないし。


 優香との会話もいつも通りできている。やっぱり昨日の私がおかしかったのだろうかと、そんな結論でこの思考に終止符を打った。それから、彼女と他愛ない話をしていたときのこと。


「わぁーおはよう優香ちゃん!今日も朝から可愛いね!」


「……あぁ、おはようございます」



 いきなり後ろから間に割って入るようにきゃぴきゃぴ陽キャの女さんがやってくる。この人確か、昨日優香の自己紹介の時に真っ先に質問してた女の子……しかも、私の隣の席です。優香とは結構席離れてるのに、やっぱ何気優香って友達多い属性なんだよなぁ。本人は友達じゃないって言ってるけど。てか、私には挨拶なしかよ!




「あれ、もしかしてまだ私の名前覚えてくれてない感じー?」


「すみません。記憶力は無い方なので。それに、覚える気もなかったので」


 嘘おっしゃい。記憶力の権化じゃないか。あなたテストで満点以外撮ったことないでしょうに。


「わー辛辣だねぇ。お友達なくなっちゃうよー?えへへー。でも私そんな優香ちゃんのこともっと知りたいなー」


 彼女の言う事もごもっともだ。優香が友達だと認めている人を私は優香の口から一人として聞いたことがなかったし。あれ、てことはこれって、優香に自他ともに認めるお友達第一号ができるチャンスなのでは?……あれ、そういえば私って友達だよね。もしくは親友は友達枠より一個上だから友達に入らない的な?



 なにせ私はこの機会を邪魔しちゃ悪いと思って足を速めて優香たちの前を先に行く。追い越すときになにか目で訴えかけられたような気がするけど、残念ながら私にはあの二人の会話に割って入る気力はない。まあ理由の九割は見ず知らずの人と喋るってだいぶ体力いるってことなのだけど……私はそのときすでに先に行って本でも読んでようかなというモードに入っていた。











 三時間目の数学の授業。その始めに私はとある失態を犯したことに気が付く。


「やっべ……教科書がねぇ」



 昨日本屋から帰ってそのまま寝てしまったから、今日の用意は今朝やったのだが、それがいけなかったのだろうか。入れたはずの教科書が、どこにも見当たらない。



 そんな私のことなどつゆも知らない先生は、授業を開始して五分。初授業恒例のガイダンスも終えて、早速本題に入ろうとしていた。


 不運なことに、隣に優香はいない。いるのはきゃぴきゃぴ陽キャ女さんと、もう片方はめっちゃ無表情女さん。無表情女さんは、もともと私の右隣だった人が、目が悪かったため、前の方の席に行ったときに交代でやってきた子だ。今朝のこともあるし、陽キャさんには話しかけにくいなと思った私は、右隣の無表情女さんにこそっと話しかける。そのために、まずは手をねぇねぇ、と軽く振ってこっちに注意を向ける。



「……なに?」



 ぐふっ、殺気が向けられた。思ったよりもシャイガールかもしれない。目を見たら殺されるかもしれない。



「その、教科書を忘れちゃったから、見せてもらえるとありがたいなーって思って……ダメかな?」



 彼女は私のもう片方のお隣さんを見て、一つため息をつくと、音を立てないように机を寄せてきてくれる。優し。優しき人ぞ。あ、優しは優美って意味で優しいって意味じゃないんだけどね。



 私も借りる身なので、負けじと机を寄せる。


「そんなに来られると、怖い」


「え、あ、ごめん。借りる身だし」



「……まぁ、あなたの誠意と受け取るわ。見せるからには、さっきの時間みたいに落書きばかりしてたら私、あなたの手の甲を貫くから」


「怖いよ!ああいうのは刺さないようにやるからスリルがあるんだよ。刺す宣言しちゃったらそれはゲームじゃないの!」


「ふふっ……じゃ、真面目にしなさいよ」



 この無表情女さん……白神雪那しらかみせつなさんだったかな。話しかけるまでは、昔の優香よりまじまじとオーラを出していたのだが、案外話しかけてみるとオーラが弱まったというか……私がオーラの中に入ったという方がいいのだろうか。話しかけたら案外優しく対応してくれる系の子だった。私はこういうタイプの人間を勝手にNPCタイプと呼んでいる。



 こういう子は負けじと話しかけているとだんだん打ち解けることができるし、この子は割とノリもよさそうだし、私の中で優香以外で初めてクラスメイトというくくりを抜け出した人間になった。


 にしても、まじまじ見てると綺麗だよなー……葦毛よりの茶髪で、優香とはまた違った艶やかな背中あたりまで伸びている髪の毛。和風美人だ。でも、オーラが……この名に恥じぬえげつないほど冷たいオーラが、多分交友に至ることを邪魔するのだろう。



「覚悟はいいかしら。水篠詩悠?」


「わ、ま、ままま待って!見惚れてただけだから!」


「は、はぁ!?変なこと言わないで。今度行ったら手首から先がなくなるから」


「一体私は何をされるのだろうか……これってデスゲームなのかな?」




「こら、水篠、白神。授業中の私語は慎みなさい」




「「……ごめんなさい」」



 クラスの視線が痛かった。陽キャ女さんにはなんかめっちゃ笑われた。あと、優香の目がめちゃくちゃ怖かった……




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 二学期が、始まるぞい。宿題が、終わらないぞい。

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