第4話 違和感

「ゆ……かっ」



「教室にいないから、心配したんだよ?まあ、詩悠のことだから、サボって帰ろうとしてるのは大体想像ついたけどさ」



「おいお前、一体どうやってここに来た。教室は全部占有して……」



「学校の先生を舐めてはいけませんよ?意外と防災訓練重ねてるんだから」



「ほざけ、教師共は全員眠らせて縛ってある。動けるはずがない」





 優香は黙っていた。その……とても怖かった。さっき私に向けられていたこの男の目も、とても冷ややかな物だったけど、今の優香の目は冷ややかなんてものじゃない。私に対してはとてもやさしくなるけど、この男に向けている目は、殺気がある。私が未だかつて見たことがない優香の表情だ。どんなシチュエーションでも向けられるはずのない優香の殺意のこもった目を、間接的に私は視認している。



 優香は、男の疑問にも答えず私の方に近づいてくる。私と男に対する感情が二極すぎて、思わず後ずさってしまった。優香はそんな私を見て、とても申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「ごめんね優香。もっと早く駆けつけるべきだったよね……怖かったよね?ごめんね。痛かったよね?私が、私がもっとためらわずにやれたら……全部、全部私のせいだから、ごめんね。ごめんなさい。許してほしい」




 優香が、怖い。黒い艶のある髪がたなびいて、おしとやかな雰囲気を醸し出しつつ周りへの対応は優しく常に人気者な優香。そんな優香のはずなのに、雰囲気も、小学生の頃からだいぶ進化した皆のことを包み込んでくれるような感じも、今の吸い込まれそうな真っ黒な目を見れば誰も想像つかないだろう。



「ちょっとだけ、ちょっとだけ待っててね?私がなんとかするからね」



「おいおい、何とかしてもらっちゃ困るんだよな」



「ッ!?」



 私は目を疑った。私はあまりやらないけれど、クラスの男子がよく話しているサバゲ―とかの世界でしか見ないであろう拳銃が、男の手には握られていた。



「に……げっ、けほっ……はぁ、はぁ」


 声が出ない。優香が死んじゃう。優香が、いなくなっちゃう。そんなことを創造するだけで、私はとても悲しくて辛くて。私なんかで良ければ身代わりになるのに、体が動かない。


「おい。そっちのガキは素直だぜ。お前も大人しくなってもらおうか。イキってやってきたはいいが、生身で銃に勝てるわけ―――――











「うるさい」







 パキン、と何かが割れるような音がした。プラモデルのように軽く、拳銃がばらばらになっている様に付随した音だった。





「は……なん……で……」





「まだ、後ろにいてね詩悠。もうちょっとだけ、私の後ろにいて」





「お……おい!今なにを」



 どんっと、重たい音が響く。壁に男がへばりついている。一瞬の出来事だった。私は、初めて私の目を疑った。割と自分の見た者は信じるタイプの人間だった。それが、この一瞬でぐらついた。



「え……ゆ、か?今、なにが……」


「詩悠!」



「はわっ」






 優香が今にも泣きだしてしまいそうな表情で抱き着いてきた。床から起き上がろうとしていたからだが、優しい衝撃とともにもう一度倒れこむ。私の息がかかってしまうくらいに、優香の慈愛に満ちた顔が………


「私、心配だったんだよ?不安だったんだよ?もし詩悠に何かあったらどうしようって。もし詩悠が何かされてたらどうしようって。私……本当に不安で、間に合わなかったら、どうしようって!」




「大丈夫だよ優香。ありっけほっけほっ……がとう。最初はどうなるかって怖かったけど、ほら、無事だからさ。だからそんなに悲しそうな顔は――――――


「あぁ……詩悠の呼吸を邪魔した。この男が邪魔した。詩悠と私の会話を阻害した。この男が……詩悠の心に不安を生じさせた。詩悠が恐怖を感じてしまった。この男のせい。私のせいだ。私がもっと、素早く対処出来てたら……こいつらが学校に入ってくる前にやっておけばよかったのに。どうして、どうして私はいつもこう……」






 怖い。心底そんな感情を抱いた。間近で、抱き合った状態で見る優香の目は、周りすらも引きずり込むほどの美しさを放っていて、それでいてなんか、クレヨンでぐちゃぐちゃに塗りたくったような、おびただしい黒だった。彼女の今の感情も、目を背けたくても肌で感じてしまう。



 私、だった。彼女の頭には、私しかなかった。自惚れとかでもなく、本当に。



 私自身、彼女をこのようにするほど自分を売り込んだつもりもないし、彼女がこんなに私のことを思ってるなんて普段感じていなかっただけに、いきなりすぎて私はそれにも驚いている。






 優香がそっと立ち上がって、手を差し伸べてくる。






「今から警察の人たちが来てくれるから、一緒に教室に戻ろ?」





 そう言った彼女の目は、もういつもの彼女に戻っていて……さっきのが幻だったかのように、いつもの優しい優香だった。その目は、光を放つ綺麗な黒だった。








 もしかしたら予想外過ぎる出来事すぎて、私の目が節穴になっていたかもしれない。彼女も珍しく不安になっていて情緒を取り乱していたのかもしれない。私はいったん考えるのをやめて、切り替えることにした。





 その後の彼女はいつも通り、幼いころを感じさせない人気者の優香で、こんな私にも優しい安心する優香だった。



 きっと優香は、怖かったんだろう。なんでもできる優香でも怖がるものはあるんだ。そう思って、私の心には優香に対してなにか使命感というか、私も守ってあげたいみたいな気持ちが、芽生えるようになっていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【速報】

要注意団体「平和連合」の幹部数名と、指導者の笹原氏が今夜、警視庁の玄関前に拘束されているのを発見されました。首謀者は不明で、警察は捜査を進めて――――






 ヤンデレの書き方を勉強中です。

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