雨上がりのバス停

 小学校高学年になる頃。終業のチャイムが鳴る。

日直が挨拶して起立、礼をしてバイバイ。

放課後は日が暮れるまでの時間がぜんぶ僕たちだけのものだった。



 GWの時期になると劇場公開する探偵のアニメ映画。国民的な人気を博していて、今年で三作目か四作目になる。

最初の頃は親に連れて行ってもらうのを楽しみにしていた。


今度公開される作品は人気のキャラクタが銀幕デビューということもあり、

クラスのアニメファンの友達、Yくんと大いに盛り上がっていた。


「せっかくだからさ、今度の週末一緒に見に行かないか?」

「いいね!そしたら仲がいい二人にも声かけてみるよ」


 Yくんはお姉さんが二人いて、両者とも器楽部に所属していた。狭い学校社会だからきょうだい関係は有名ですぐに知れ渡る。

お姉さんたちの影響からか、Yくんは女の子の友達が多くていろんな楽器を演奏できた。

土曜日に近所のバス停で待ち合わせする約束だけして、その日はバイバイした。

子供達だけで出かけることに対して親になんか言われるかと思ったけど「Yくんとだったら安心だから楽しんでらっしゃい」とのことでお小遣いをくれた。


 土曜日は朝から弱い雨が降っていた。

梅雨入りにはまだ早いけど桜が散って緑が濃くなってきた時期だったから仕方がない。

長靴は嫌い、傘は大好きだったので雨音がビニルを叩く音を聞きながらバス停に向かった。


当日はとにかく映画が楽しみすぎて、Yが他に誰か連れてくることをすっかり忘れていた。

早めにバス停に着くと、クラスの女の子仲良し二人組がいた。


「おっ奇遇だね。今日これからYと映画に行くとこなんだ」と声をかける。


二人とも、Yに誘われてきたんだよ、聞いてなかった?と寝耳に水。

聞いてねぇよっていうかY、声かける友達って女かよと今更ながら思う。


 大人になっても女性を映画に誘うってそれなりにハードル高いと思うけど、小学生の頃は違う種類の気恥ずかしさがあった。

男子特有の”女子と仲良いなんてだっせー”という謎の論理。僕はけっこう男女分け隔てなく話すタイプだった。

それでも映画の待ち合わせで、傘をさしてバス停で待っているところをクラスの他の男子に見つからないか少しヒヤヒヤした。


「ごめん、ちょっとおくれた?」


のんびりとした声でYが到着を知らせる。いや、時間通りだよ。僕らが早く着いただけ。

バスは定刻から5分遅れて到着。映画にはギリギリ間に合う。


 Yは姉譲りの女子っぽいマシンガントークでコミュ力高め。

女子二人はYに任せて、僕は目的地に向かうまでガラス窓に当たる雨粒が流れるのを指でなぞったり、あと何駅かカウントしたりして過ごした。



 滑り込みセーフでローカルな映画館に到着。

小人用の映画チケット800円を受付で払う。半券を握りしめてシアターへ。

席について程なくして暗転。


 いつだってこの瞬間はワクワクする。僕の知らないあたらしい世界へつながる瞬間。

女子二人は気を利かせて飴とかガムとか小さなお菓子をまわしてくれた。

そいつを口に頬張りながら映画の世界に没入していく。


「いやー、期待以上だった」

「めっちゃ面白かった。もう一回観たいくらい」


 毎週月曜日の放送を欠かさず観ているYと僕。

兄がコミックスを揃えていたり、週刊雑誌を買っていたりして少し先までストーリーを知っている女子二人。

映画の感想を興奮冷めやらぬ調子で語り合う。まだ外は季節外れの雨が降り続いている。


 お腹空いたね、ということで駅前のマック。

普段一緒にいるわけでもないクラスのメンバーといっしょにファストフードって不思議な感覚だ。

「暗くなる前に帰る」という適当な門限に間に合うようにバスに乗る。


 帰りのバスはお互いの間に見えないシンパシーがあって、むしろ何も話さなくて心地いい時間だった。

「僕たちはこっちの方が家に近いから」とYと女の子ひとりは一つ前のバス停で降りた。

僕は待ち合わせしたときと同じバス停で、もう一人の女の子と降りることにする。


「映画楽しかったね」

「うん、みんなと来れてよかった」


どちらからともなくそんな感想をこぼす。

雨はもう上がっていて、僅かに空から光が降り注いでいた。

「それじゃまた、学校でね」と手を振ってバイバイ。


 なんとなく振り返ると長靴が水たまりを跳ねるのが見えた。

足元には濡れた紐靴、手には畳んだ長傘、ポケットにはチケットの半券。

目には見えない刹那の関係性が紡いだシンパシー。

空から降り注ぐ天使の梯子に目を細めて、帰り道の一歩を踏み出した。

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