紅色のランドセル

 当時の小学生は女子は赤、男子は黒と決められたように色が決まっていた。

だから他の子とは違うあざやかな紅色のランドセルのその子は、遠くからでもはっきりと見分けがついた。

2学期がはじまったばかりの中途半端なタイミングで紀香は転校生として僕のクラスにやってきた。


「隣の席が空いてるからそこに座るように」


クラスの座席はたいてい決まっていて空きなんてないはずだ。

そんな漫画みたいなわざとらしい展開が果たして現実となり

僕の隣の椅子に紀香が座ることになった。


「初めまして、第二小から来たの。よろしくね」


どこか気取って大人びた口調。

あぁきっと少し歳の離れたお姉さんがいるんだろうな。

大人になってからそう言うふうに人を判断して推測するようになったのは紀香の影響だ。


「この間お姉ちゃんがさ〜」


転校生とは思えない勢いでクラスと打ち解けた彼女のエピソードトークにはよく紀香のお姉さんが登場した。

実際に会ったことはないけれど、その話からは面倒見が良くて優しくて姉妹はひどく仲がいいのだと察しがついた。


 放課後の掃除当番で僕が机や椅子運んでいたとき。紀香の机の中からばらばらと教科書やノートが落ちてきた。

慌ててごめんと言って拾い集めていると


「わたしの学校は机にプラスチックの引き出しなんてなかったからよくみんな教科書落としてた」と笑った。


 引き出し、買ってもらわなきゃ。そう言って箒とちりとり係の作業に戻った。


 運動会も終わって残る心待ちのイベントは文化祭とクリスマス。帰りの会が終わった後の昇降口。

季節外れの冷たい雨が降っている。


「傘忘れたちゃったぁ。お母さんが迎えに来て欲しいけどお姉ちゃんの英語の日だから無理かも」


そういうことなら僕の傘を使ってくれていい。

ちょうどクラブ活動のバスケの自主練をやろうと思ってたし、帰るころにはやんでると思う。

そう言って傘を差し出したけれど、裏返して遊んでばかりいたバカな男子だったからボロボロ。

苦笑して、ありがとうでも大丈夫近いから走って帰ると答える紀香。

止める間もなく駆け出していく。はえーな。そういえばリレーの選手に選ばれてたっけ。

みるみるうちに遠く小さくなっていく紀香。

紅色のランドセルを弾ませて。

昇降口にボロボロの傘を持ったまま、僕はポカンとそれを見送った。


 それから何年か経った。

卒業式の当日は『旅立ちの日に』を合唱したり、送別の言葉を受け取ったりとても退屈に進んだ。

慎ましく厳かなセレモニーのはずなんだけど、散々リハーサルをしてきたせいで面白みに欠けると感じてしまう。

イベントってほどほどの緊張とサプライズも大事だよな。


 出席番号が隣同士の僕と紀香。クラスが同じでもあまり話す間柄ではなくなっていた。

紀香はリレーの選手で、友だちが大勢いる陽キャ。僕とはタイプが違う。

てっきりクラスの輪の中心にいるお調子者の奴と付き合ってるのかと思っていた。


 もう今日で会うのも最後だね、なんて話していると


「わたし、最後の退場した後もついていっちゃいそう」


 紀香がそう小さい声で僕に告げた。そして下の名前で呼ばれた。

ふざけて名前で呼ばれることはたまにあった。そんなに仲が良かったかというと自信がないけど。

名前を呼ばれたその瞬間になって。

転校してきて間もない頃に一緒に黒板を消したり、理科の準備室の鍵を開けてあげたり

雨の日の昇降口で傘を渡せなかったりしたことが蘇ってきた。


「みんなそれぞれの場所に旅立って行くんだよ」


とか何とか気の利いたセリフでも言えればよかったけど何も言えなかった。

今にして思えば何も言わないのが正解だと思う。


 紀香の親友、一番仲良しの女の子が複雑な家庭の事情で、隣町の中学に通うことになっていた。

紀香は特例で彼女と同じ中学に通えるように、校長先生が直談判したと人づてに聞いていた。

僕はその他大勢の有象無象と同じ、地元の学区内の公立に進学。私立に通うほどの学力もやる気も経済的余裕もない。


 お互いこの先に待ち受ける日々が多幸なのか退屈なのか知らない。

けれどどこに行っても紀香は人の輪の中心で明るく振る舞って、親友の心の支えになっていける気がした。


 雨の日に傘がなくても颯爽と駆け出していくかっこよさは、紅色のランドセルを卒業してからも持ち続けて欲しいなと思った。

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