追憶ジュヴナイル

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お別れ会の後で

小学校2年生の頃の話。


客観的に見れば目立って格好いい男子も飛びきりかわいい女子もいない学年だったと思う。

その中にすらりと手足が長い、色が白くて物静かな女の子がいた。

控えめな仕草と細い声で話すので、なんだか儚げな印象だった。

子どもの頃の僕は同年代の女の子を評する言葉を持ち合わせていなかった。

その子の名前はもう忘れてしまったけれど、顔と声は思い出せるから不思議だ。


終業式を迎えたその日、その女の子が引っ越しで転校してしまうというのでクラスでお別れ会を開いた。

みんなでお別れの言葉を送って、歌を歌った。

僕はバカみたいにクラスメートの男子たちとふざけ合うばかり。

シリアスなムードとは程遠い、春休みを前にテンションが上がっている能天気な子どもだった。

女の子はいつものか細い声で「ありがとう」と小さくみんなの前でお辞儀をした。

通知表やおきっぱなしになっていた荷物を持って、皆下校していく。

校舎を出てすぐの下駄箱と外を隔てている中途半端なスペースに簀子が敷いてあった。


土足で上がると怒られるけど上履きで歩くには汚れすぎているような場所。

そこでいつもより大きな荷物を抱えた僕は、だらだら残ってクラスメートとしゃべっていた。

終業式のあとは親が迎えにきて、仲のいいメンバーで食事会を開く。

2年生が終わるとクラス替え。気心が知れた顔ぶれと離れるかもしれず、名残惜しさもあった。


春休みは短いけれどしばしのお別れ。お前らみんな元気でな。


女の子は綺麗なレモンイエローの上履きを丁寧に揃えて、すらっとした腕に荷物と花束を抱えて立ち尽くしていた。

急に堪えきれなくなってしまったのか、その子は声をあげて泣き出してしまった。

たまたまその場に居合わせただけの僕は狼狽えた。

無理に笑って「泣くなよ。そんなに遠くに行くわけじゃないんだからさ。いつでも会えるよ」とかなんとかいったと思う。

しゃっくりをあげながら泣き続ける女の子。


涙のほんと理由がわからないし、わかってもどう慰めることができないこともきっとある。

永遠のお別れが悲しいだなんて感情はまだ感じたことがなかった。

でもそうやって泣かれるとこっちもいたたまれなくなってくる。

なんとも言えない気分のまま、皆と手を振ってバイバイ。



それから数年後。中学生の頃だったかな。

全く冴えない僕は、相変わらずうだつの上がらない学校生活。

学習塾に仕方なく通い始めると、たまたまその女の子が別のクラスにいるのを見つけた。

相変わらずきれいで物静かなその子は別の学区から通っているらしい。

言葉を交わすことはなかったけれど、元気にやっていてよかったと思った。

最後に見たのは泣き顔だったから。


そしてそのあとは全然関わり合うことはなかった。

目の前で泣かれて狼狽えることもなく、笑ってふざけ合うこともなく、別々の道へと進んで行くのだった。

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