第50話

学園祭当日。


(ひ、人が多い…)


レベッカ嬢のいる焼き菓子店に向かおうと思っているのだが、角を曲がったところで一気に人が増えた。前後左右から押されて身動きが取れない。


貴族だけの集まりとは言え、他国からもお偉いさん方が来ているし、バートランド王国の下級貴族も合わせれば大人子供含めて数千はいるだろう。


人の多い場所は慣れているのだが、これは俺でも人酔いしそうだ。

早くしないと時間になってしまう。この後俺が担当の発表があるのだ。


「失礼します」

時間がないので人の間を縫って進む。追い越した人の中には、お忍びできている王族らしき人や顔見知りの貴族の姿もあった。


何とか店までたどり着いた。人の体温で蒸し暑い。

「レベッカ嬢」

「あ、シリル様」


うむ、売り子姿のレベッカ嬢もなかなか可愛いな。赤いバンダナが亜麻色の髪に映えて良い。去年は制服だったが、今年はいつもと少し違う彼女が見られて嬉しい。


「あ、あの、シリル様…」

しばらく可愛さを堪能しているとレベッカ嬢が気まずそうに俺の後ろを指差す。


「お買い上げなら並んで頂かないと…」

「え」


つられて後ろを見ると、“最後尾”と書かれた札が先程まで俺がいた場所に掲げられていた。


なんと。今抜かしてきた大勢が皆レベッカ嬢の店の客だったとは。大繁盛だ。


だが、今はそれよりも割り込みをしてしまった申し訳なさと、急いでいて周りが見えていなかったことへの羞恥で居た堪れない。


「す、すみません…」

消え入りそうなほど小さな声で言い、できるだけ人と目を合わせないようにして戻る。大人しく列の最後に並んだ。



クッキーと紅茶を買ってルンルンで殿下の元へ向かう。この紅茶はレベッカ嬢が手ずから淹れてくれたのだ。


レベッカ嬢の淹れる紅茶が一番美味い。どこぞの給仕のメイドより格段に美味いだろう。最近アルも腕を上げてきたが、レベッカ嬢には届かない。


そう本心を伝えたところ、

『褒めてもサービスしませんよ』

と言いつつも満更でもなさそうなレベッカ嬢。

可愛いかったな…



「つまりこの魔術式は…」

殿下の研究分野は魔法薬学だ。少しでも多くの民を助けたいという名目の下、薬の改良に勤しんでいる。


本当は一ミリもそんなこと思っていないくせに。言ってしまえばイメージアップのためだろう。


その実験に俺やオスカーはよく付き合わされている。やれこの薬を飲めだの、この粉をそこに混ぜろだの。


まあ、俺としてはあの禍々しい色の睡眠薬を改良するためなら喜んで付き合うが。


一方、オスカーは薬学になど興味もないのに付き合わされてうんざりしている様子だ。今回の発表の手伝いも、自分は薬学が得意ではないからと当たり障りのない理由をつけて断っていた。事実、得意ではないのだろう。



そんなわけで俺は研究の大半を理解しているため、こうして質問対応に駆り出されている。


さっきから『素人質問で恐縮だが…』とか言いながら随分と専門的な疑問を切り込んでくる奴…方がいるが、あいつ絶対素人じゃないだろ、とは思っても言わない。


ああ、早く終わらせてレベッカ嬢といちゃいちゃしたい…


※更新が遅くなりました…!あともう一話更新します!

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