第48話
知っての通り、俺は妹弟と婚約者を溺愛している。
ここで一つ誤解が生じぬよう言っておくが、俺はシスコンやブラコンではない。断じて。
まずは言葉の定義から確認しよう。シスターコンプレックスとは妹に強い愛着、執着を持ち、精神的、物理的に拘束する者のことを言う。
しかもシスコンは妹に固執して他の女性を愛さない、というのが俺の見解だ。
その弟バージョンがブラコン。
定義といっても、世俗的な言葉であるが故にその意味ははっきりしていない。そのため解釈は個人によるのだろうが、俺はそう思っている。
俺は家族を愛している。特に妹や弟を。
だがコンプレックスというほど拗らせてはいない。個人の自由だって認めている。
たまに、ごくたまに、嫉妬に狂いそうにはなるが。
それに、愛している家族には、婚約者であるレベッカ嬢も含まれている。
妹以外の女性も愛しているのだ。
つまり俺はシスコンではない。もちろんブラコンでもない。
「いや、坊ちゃんは世間では誰が見てもシスコンでブラコンですよ」
アルが昼食のスプーンを口に運びながら言う。
「…根拠は?」
「俺がアンケートをとった結果です。屋敷の使用人にね」
口の中の物を飲み込んだアルがそう言ってグラフを差し出す。
どこから出したんだよ。こんな物を学園まで持ち込むな。
「見ての通り、8割以上が『シリル坊ちゃんはシスコンである』『シリル坊ちゃんはブラコンである』の両方にイエスと回答しています」
カチリと、これまたどこからか取り出したメガネの位置を直しながら得意げに説明する。
「残り2割は認めていないだろう」
「残念ながら、世論とは多数派の意見です。この調査の結果では、坊ちゃんはシスコンかつブラコンであるという結論になりますね」
世論って普通全国調査するもんだろ…屋敷の使用人だけでよく世論などと言えたものだ。
「おっともうこんな時間だ」
アルにつられて時計を確認すると、そろそろ昼休みが終わる時間だった。
俺は専ら王子の護衛に付いているのだが、昼休みだけは時間を頂いている。
婚約者や従者との時間がほしいと俺が無理を言ってお願いしたのだ。
いつも護衛でレベッカ嬢と会えないのは寂しいからな。
「シリルさま〜」
相変わらず気持ちの悪い猫撫で声がした。
ため息を飲み込んでそちらを向くと、予想通りノートン嬢が隣へ来ていた。
「何だい?」
貴族らしい微笑を忘れずに返答する。
「今週末、どこかへお出かけに行きませんか?」
「すまない、その日は予定があるんだ」
即答した。
「予定、ですか?」
よくぞ聞いてくれた!
「そうなんだ、妹と婚約者と映画を見に行くことになってな」
ああ、楽しみだ。無意識に頬が緩んでしまう。
おっといけない、冷静に冷静に…
「そうなんですか、残念です…」
視線を落とすと、何やらぶつぶつ口を動かす。
何かの詠唱か?これは、大事な情報かもしれない。
注意して聞くと、シスコン、という単語が耳に入る。
こいつもそんなことを。俺はシスコンじゃないぞ。
「ただいま戻りました」
「ああ、おかえりシリル」
殿下はいつも通り食後のティータイムをお愉しみだ。流石、優雅に足を組む様子が様になっている。
「そうだ、君にも聞いておこう。今週末、劇場に行く予定なんだが、良かったら来てくれないか」
「私が、でございますか」
その日は大事な予定があるんだが。というか護衛なら他にもいるだろう。何故俺を選んだ?
色々と言いたいことを飲み込んで、失礼にならない範囲の簡潔な表現で尋ねる。
「ああ、妹に誘われたんだが私は恋物語はさっぱりでね。詳しい君についてきてほしいんだ。シリルはよく見るんだろう?恋愛ものの劇」
要するに王女殿下のお相手をしろと。申し訳ないが俺には妹と婚約者より大切な女性はいない。ここはやんわりと断ろう。
「見ることは見ますが、私も理解は及ばないもので…お役に立てず申し訳ございません」
「いや、良いんだ、私の我儘だからね」
嘘は言っていない。恋愛ものが分からないのは本当だ。
「ああ、そうか、妹君が恋愛ものを好きなんだったか」
「はい、妹が劇場に行く際は毎回付いていきます」
「え、毎回?」
「ええ、毎回」
「シスコン…」
「やっぱりシスコンだな…」
「違います」
だから俺はシスコンじゃないっての。
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