第43話

「まず、レベッカ嬢に謝らなくてはいけない。俺は、これが“初めて”じゃないんだ」



◇◇◇◇◇

俺は、幼い頃からよく誘拐された。

今思えば、連中のほとんどが皇国派だったのだろう。

王国派筆頭貴族の第一子。これ以上の人質などいない。


誘拐といえど人質。軟禁や脅迫はあれど、傷つけられることはほぼなかった。



俺が5歳の時だ。誘拐された先で家主は、大事な人質だから傷一つつけるなと言った。


俺は誘拐されることに慣れすぎていて気付けなかった。俺を見つめる侍女の、熱のこもった視線に。


その夜、いつものように手錠をはめられ狭い部屋でじっとしていると、突然ドアが開いて侍女姿の女が入ってきた。


「何の用ですか」

警戒心を顕にして聞く。

「そんなに警戒なさらないでください、私はボクとイイコトをしに来ただけですので〜♡」

「信用ならない」

「まあまあ、ボクはそのまま、じっとしていてくださいな」

彼女はそう言って俺のベルトに手をかける。

「な、何をっ!」

「何をって、言ったでしょう?イイコト、するんですよ」

「…貴方の主は、傷一つつけるなと言っていたはずだが?」

「まあ可愛げのない子。でもそういう男の子も好きですよ♡」



「それで、その侍女が、嗜虐趣味のある女で、…っ!」

ぞわりと悪寒がして身震いする。気味が悪くなって口元を手で覆う。

話していたらまた思い出してしまった。

「大丈夫、落ち着いて、ゆっくりで良いですから」

レベッカ嬢が抱きしめてくれる。

ああ、暖かい。好きな人の腕の中は落ち着くな。



◇◇◇◇◇

それから俺はその嗜虐趣味のある女に、身体中舌でいじくり回されて弄ばれて、感電させられたり首を絞められたりした。


運の悪いことに--いや、それも意図していたのかもしれないが、その日は冬で、唯一目に見える首の傷はマフラーで隠すことができてしまった。


「か、あっ、こんな、ことをして、何になるって言うんだっ」

「何って、私の欲が満たされるんです、フフフ♡」


必死で抵抗しても

「ぐっ、やめっろっ!」

「あら〜、口では強がっているけれどおねえさんより力弱いのね〜、可愛い♡」


泣いて懇願しても

「も、もうやめ、やめてください…」

「あら可愛い!でも〜、男の子だから泣いちゃダメですよ♡」


そいつに体を侵され、気を失うまで首を絞めつけられた。



「これが俺の“初めて”だ。

情けないだろ?とっくの昔の出来事に、いつまでも囚われているんだよ、俺は」


ふっと自嘲する。

すると、近くで鼻を啜る音が聞こえた。

体を離して様子を確認する。


「え…泣いてる?」

「ひどい、あんまりですよ、そんな小さな子供に…!」


「え、と、なぜ君が泣くんだ…?」

「だって、話を聞いていたら、シリル様が可哀想で…」


えええ…

「と、とりあえず泣き止んでくれないか、泣かれると困る…」



「落ち着いたか?」

「はい、すみませんでした…私、結構涙脆くて」

驚いた。いつも凛として冷静だから感情の起伏は少ないのかと思っていたが、そんな一面があったとは…


「可愛いな」

小さな声で呟く。するとレベッカ嬢が顔を近づけてきて、


「シリル様も、可愛いですよ」

耳元で囁いた。


「〜〜っ!」

ぞわぞわ、と悪寒に似た何かが駆け巡り、耳から顔まで全部が熱くなる。

だが、さっきの悪寒とは違って心地よい。


我慢できなくなって、目の前のレベッカ嬢に抱きつく。

「ああ、好き、大好きだ、レベッカ嬢…愛している、ずっと」

「私も、シリル様が好きです」


はわわ、可愛すぎる…!

普段表情を崩さない人が頬を赤く染めて微笑んでいる。それだけで俺の心は抱きしめたいという衝動に駆られる。


彼女を腕の中に抱いたまま、ベッドにぽすん、と横になる。

「今夜は、一緒に寝てくれないか?…その、夜伽のほうは、まだ心の準備ができていないから…」

夜伽って随分センシティブだな、と自分で言っていて思った。


「もちろんですよ、そのための枕ですから」

彼女は、いつの間に持ってきたのか枕を床から拾い上げる。


レベッカ嬢の腕の中は暖かく、その日は日付が変わる前に眠ってしまった。



※第34話の「嫌なこと」の伏線回収です。

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