第34話
「…」
眠れない。体は睡眠を欲しているのに目だけはギンギンに覚めている。
最近昼間に気を張っているせいだろうか。神経が落ち着かない。
そうだ、睡眠薬があったはずだ。
重い体を起こし、ため息をつきながら机に向かう。
ごそごそと引き出しを漁り、錠剤の入った瓶を見つけ出す。
水…は取りにいけないか。物音を立てると他の人を起こしてしまう。
今は深夜だ。窓の外には、満月が高く昇っている。
「水無しで飲むしかないか…」
瓶の蓋を開け、少し振るとカラカラと可愛らしい音がしてくすんだ緑と紫が混じったような色の錠剤が出てくる。
なんとも禍々しい色だ。他の色は作れないのかと薬師に聞いたが、薬草の葉と花の色がこれなので仕方がないと言われた。
手に取った薬を口まで持っていこうとすると、誰かに腕を掴まれた。
「いけません、マスター」
「…離せ」
誰かは分かりきっているので目を合わせずに命令する。
「離しません」
「離せ」
目を合わせ、語調を強める。
そこにはやはり、水の精霊、ラクシアがいた。水色の髪に金色の瞳。白く透き通る肌はまさに湖から生まれたようだ。
背丈は俺より小さくレオナルドと同じくらいだが、両手で掴んでいるので意外と力が強い。
「私は貴方の契約精霊。主を守るのが仕事です」
だが彼女は俺の睨みを華麗に無視した。
彼女は続ける。
「この薬の服用規定量は1日1回3錠まで。マスターは1日6錠の摂取を一週間繰り返しています。服用の中止を提案します」
淡々と、そして理路整然と言う。だが俺は引かない。これが無いと寝られないのだ。
「…今ここで俺がこの薬を諦めたとして、明日寝不足になってもお前は俺を守れたと言えるのか?」
「それは…」
ほら、何も言えないじゃないか。
しかし、ラクシアはしばらく口籠った後、こう言った。
「では、私の膝をお貸ししましょう」
「はっ!?」
慌てて口を押さえる。夜だというのに素っ頓狂な声を上げてしまった。
「お、俺とお前はそんな仲ではないだろ!しかも俺、婚約者がいるんだが!?」
声を潜めて指摘する。
そう。こいつ、ラクシアは、俺がノートン嬢の動向を探るために最近契約した精霊だ。もちろん、家族には内緒で。
水の精霊は隠密行動を得意とする。水のように形を変え、周囲に紛れ込むことが可能だ。
闇の精霊も隠密行動をするといえばするが、奴らは体から瘴気のような黒い影を発するので昼間の調査には向かないのだ。
その点、水は光を通すので明るい場所でも怪しまれずに情報を収集してくれる。
「マスターに休んでいただくためです。マスターのためならば羞恥心も捨ててご奉仕いたします」
今さらっとすごいこと言いやがった…
こいつは役に立つが、時々真顔で俺を揶揄ってくるのでちょっとうざい。契約破棄しようかな…
「俺が気にするんだ。初めてはレベッカ嬢としたいから」
「では、夜伽もですか」
夜伽、と聞いて体が強張る。
「…いや」
視線を落とし、短く答える。
彼女は冗談のつもりで言ったのだろう。だが、俺にとってその言葉は禁句なのだ。
それを伝えると、ラクシアは素直に頭を下げた。
「申し訳ございません、軽率でした」
「…いや」
先程と同じように短く答える。
全く、嫌なことを思い出した。もう寝て忘れよう。
そして俺は、彼女に止める隙を与えることなく手にあった薬を噛み砕いた。
※軽微な修正を加えました。2024/10/13 21:51
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