第32話

「〜そこで王国は…」


ふむ。どうやらあの魔力は故意に特定の人物に向けられているらしい。


今、教室全体に意識を巡らせて確認したところ、ユリウス王子の周辺に向かって飛んできていた。


授業を聞きながら魔力を操るとは、大したものだ。それも特定の場所を目掛けて放つなど、俺にはできない。ちょっと練習してみるか。


全身に魔力を巡らせ、出来るだけ細く練る。魔力感知で索敵、後ろにいる気持ちの悪い魔力の元凶を狙う。


「っ」

息を呑む気配。今まで王子に向かっていた魔力が引っ込んだ。どうやら牽制は成功したようだ。

こちらもふっと魔力を引っ込める。


初めてだったので制御がうまくいかなかった。ノートン嬢以外にも影響を受けてしまった人がいるかもしれない。心の中で謝っておこう。


なぜ今こんなことをしているかというと、授業が退屈だからだ。


今やっているのは歴史の授業。それも初歩の初歩だ。

他の生徒はどうか知らないが、俺はとっくに学習し終えている範囲なので聞かなくても問題ない。


魔力操作の練習をして時間を潰そう。



放課後。

「あああの!シリル様!」

「何だ?」

「き、今日の授業で分からないところがあって…お、教えて、くれませんか?」


は?教える訳ないだろ、お前みたいな女に。というかその上目遣いやめろよ、気持ち悪いんだよ。


心の声とは裏腹に、柔和な笑顔を作ってみせる。

「ああ、良いよ」


目からいつもの魔力を垂れ流しながら瞳をうるうるさせていたノートン嬢は、ぱあっと笑顔になり、ありがとうございます!と元気に言った。


「ここではなんだから、図書室へ移動しよう」

護衛は頼んだ、とアーウィンに目配せすると彼は頷いた。



「ここが根拠となるから…」

「ふむふむ」

「この公式を使えば…」

「なるほど」


…近い。距離が、異様に近い。


こういうのは普通、教えられる側が距離を詰められるのではないのか。前世のうっすらとした記憶では立場が逆なのだが…


そしてこういう時、された側は胸が高鳴るそうだが、俺はどきりともしない。むしろ執拗に体に触れられるのが不快だ。


そうは言っても、ノートン嬢の目的を探るためには今後も良好な関係を築く必要がある。決して表に出してはならない。


「他に分からないことはあるかな?」

「あ、えっと、ここなんですけど…」


ぎゅううっ


…当たっている。いや当てていると言ったほうが正確か。


何がとは言わないが、絶対にわざとだ。


女の勘というのだろうか。そういう目、そういう雰囲気をしていると直感で理解できる。なぜなら俺の前世は女なので。


こういう、純粋なふりをしてハニートラップを仕掛けるような女は前世で嫌いだった。そして、今も嫌いだ。


さりげなく体を離そうとするのだが、腕だけは彼女の腕の中に取り残されてしまった。


ぬ、抜けない…こいつ、やはり意図的に当ててきている…!

とはいえ、女性相手に強い力を行使するわけにもいかず、俺は大人しく彼女に掴まった。



「今日はありがとうございました。また、分からないところを質問しても良いですか?」


「ああ」


ここで躊躇いがちに見上げてくる彼女に対して頷いてしまったばかりに、この先毎日、図書室で密着しながらの勉強会をすることになるとは、想像もしていなかったのである。



※「図書館」を「図書室」に直しました。

2024/10/18 18:41

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