第31話

それから数日、坊ちゃんはご飯も喉を通らず。


「ううっ、シス…どうして、どうしてだ…っ」

セシリア様の写真を前に泣きじゃくっていた。いや葬式かよ。


「レクイエムでも流しますか?」

「…」


いやそんな、何言ってんだこいつみたいな顔で見られても。あんたがそういう雰囲気なんじゃん。


ずっと泣きじゃくられて目も当てられないので助け舟を出そう。


少し大袈裟にため息をついてみせる。

「セシリア様のため、とはおっしゃいますけど、それって本当にセシリア様のためなんですか?」


坊ちゃんはこくり、と大真面目にうなずく。

「シスには、ちゃんとした男と結婚してもらわないと安心できない」


ああ、こりゃダメだ。今度は本物のため息が漏れる。


「それ、結局ご自分のためじゃないですか…」

「っ」


「妹君を思うのは悪いことではありません。でもこの場合は、セシリア様がいい男と結婚してほしいのは自分が安心したいから。それは貴方のエゴだ」


そこまで諭すと坊ちゃんは、顔に後悔の色を浮かべ、頭を抱えた。

「ああ、俺は、俺は最低だ。ダメな兄だ…セシリアに何と言えば…」


途方に暮れる坊ちゃんの肩に手を置き、


「今思っていることをそのまま、率直に伝えれば良いんですよ。その申し訳ないと思う気持ちを。

さあ、セシリア様に伝えてきてください。きっと仲直りできますよ」


そう、優しく微笑む。


「ありがとう、おかげで目が覚めたよ」

坊ちゃんはすくっと立ち上がると神妙な面持ちで振り返った。


「では、行ってくる」

「そんな戦場に行くみたいな雰囲気出さなくても…」


俺のツッコミは届かず、いやこの場合は届いていても無視されたか…セシリア様の部屋へと進軍していった。


この人は普段頭が切れるのに、恋愛が絡むとその機転が効かなくなる。

それは妹君に関しても同じで、セシリア様のことになるといつも思考力が低下する。そういう時のシリル様は普段より幼く見える。そして決まって俺がサポート、というよりリードするのだ。


普段は親密な幼馴染だが、こういう時だけは俺の方が年上ポジションだ。まあ、正直言ってそれも悪くないと思っていたりする。



しばらくして坊ちゃんが戻って来た。謝罪の結果は、その顔を見れば明らかだった。

「仲直りできたんですね」

「ああ、おかげさまでね。ありがとう、兄貴」


そう言ってふんわりと笑う坊ちゃんは本当に弟みたいだ。なんだよ、ちょっと可愛いじゃないか。


…いや、違った。目に悪戯っぽい色が浮かんでいる。これは完全に揶揄われているな。


「そうだぞ、俺は兄弟子として、君を導いてあげたのだ。感謝しなさい、弟弟子くん」

幼稚な、の部分を強調して挑発する。

すると今度は坊ちゃんが悔しそうな顔をした。うん、仕返しできて満足♪


シリル様は時々、俺のことを『兄貴』と呼んで慕ってくれることがある。使用人としての立場は別として、正直ちょっと嬉しい。俺には弟なんていないから。


魔術は不得意な俺だが、剣術にかけては彼よりも得意な自信がある。


最初の頃はどちらが兄弟子、弟弟子かでよく揉めたが、今では剣術に関しては俺、魔術に関してはシリル様が兄弟子という取り決めになっている。


「それにしても、シリル様って本当にシスコンですね」

「うん」


ん?認めた?今まであんなに頑なに否定していたのに。


「シスはこんなに可愛い!略してシスコンだ!」

「えええ…」

やっぱりこの人、シスターコンプレックスだ。

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