第30話

夕食の席。当主クライン・アークライト様はおもむろに口を開く。


「セシリア、お前に縁談が来ているのだが」

「縁談、ですか」


「ああ、オースティン家から、ご子息であるアベル殿の妻に、と」


「…」

ぴくり、とシリル坊ちゃんの肩が動いたのを、俺は見逃さなかった。


「そのアベルさんとは、どんな方なのでしょう?」

「セシリアと同い年だ。聞くところによると、品行方正で大人しく、読書が好きで魔術にも詳しいそうだ」


「私も読書は好きですわ」

「それで、先方から見合いの話が出ているんだが…どうする、受けるか?」


「お受けしましょう。断る理由もありませんし」

セシリアお嬢様は即答した。


「…」

先程から坊ちゃんの食事の手が止まっている。セシリア様の話だからだろう。この人はシス…妹好きなのだ。


「そうか、では日にちは…」

「父上、俺も行きます」

旦那様の言葉を遮ってシリル様が言った。


「?」

シリル様の言葉の意味を掴みかねた旦那様は怪訝そうに眉を顰める。


「その見合い、俺も同席させてください」

はっきりと言い切った。


「シリル、それは」

「たとえ父上であろうと、これだけは譲れません。

…表向き穏やかな性格の人間は概して、心の内に激情を秘めているものです。

セシリアを任せるに値するか、この目で見定めなければ気が済みません」


「…」


「第一、情報量が少なすぎます。もしセシリアに変な虫でも付いたら…!」

そう言って身震いし、ああそれはまずい、非常にまずい、とうわ言のように繰り返す。


「シリルお兄様!」

旦那様が何か言おうと口を開きかけた時、当のセシリア様が兄の名を叫んだ。


「お兄様、同席は必要ありません」

不意に名前を呼ばれた坊ちゃんは一瞬たじろぐがすぐに反論する。


「いいや、必要だ。お前が変な男と結婚しないよう、兄として同席する義務がある」

「必要ありませんわ!自分のことは自分で決めます」


「セシリア、俺はお前のためを思って!」

「私のことを思ってやることがそれなのですか!?」

「ああそうだ。妹を守るのは兄の役目だ!」


口論は激しくなり、二人とも席を立ち上がる。旦那様も俺含めた周りの使用人たちも、ひやひやしながら成り行きを見守っていた。


「もういい!もういいです」

「セシリア!どこへっ」


「これ以上私に構わないでください!お兄様なんて嫌いですっ!」

「っ!!」


セシリア様がいなくなった廊下で、シリルは膝から崩れ落ちる。

「シス…き、嫌いって、それって…俺のことが、嫌いになったってことか…?」

「いやそうでしょ、言葉通りですよ」


俺はそこで、初めてツッコミの言葉を発したのだった。

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