第29話

殿下を門まで送り届け、ひっそりとした校舎裏でノートン嬢を待つ。


人目につかない場所として校舎裏を選んだが、よくよく考えれば校舎裏とは、前世では年頃の男女が密会する場だった。


今世でもそうなのだろうか。初々しいカップルとかが来ないと良いが…


しばらく待つと、ノートン嬢が慌ててやってきた。

「ご、ごめんなさい、お待たせしてしまいましたか!?」

「いや、10分しか待っていない」

「やっぱり待たせてましたか…すみません」


…そうだった、こういう時、具体的な数字は言わない方が良いんだった。


女の子に嫌われるとセシリアが言っていた。反省だ。女の子とは、セシリアやレベッカ嬢も含むからな。


「あ、あのシリル様っ!」

「っ!!な、何だ」

空気の読めないカップルが来ないか内心はらはらしていると、大声で名前が呼ばれた。

びっくりした。急に大きな声を出すなよ。

「こ、これ」

俺の前に差し出された袋を見る。


「これは…」

茶菓子だろうか。透明な袋に形の良いクッキーが2つ。リボンで封がしてある。彼女の瞳と同じ色だ。


「あ、あのこれ手作りで、私、シリル様のために、作ったんですけど…」

なるほど。手作り、ね。


そこは相手の瞳の色じゃないのか、とツッコミを入れたくなったがこの際置いておこう。


「ありがとう。嬉しいよ。、いただいても良いかな?」

他の女からのプレゼントなんてセシリアに見られたら終わりだ。レベッカ嬢にチクられる。


セシリアはレベッカお義姉様の絶対的味方で、彼女のことを慕っている。

浮気をしたら許さないと何度も釘を刺された。浮気など、するはずがないのに。


「へっ?あっは、はいもちろん!」

ノートン嬢はそこまで想定していなかったのか、慌てて返答する。


サクッと音がしてほのかに紅茶の香りがする。

「…」


これ、手作りじゃないな。

この食感、この甘さ加減、俺が贔屓にしている店と同じものだ。


何より、紅茶風味のクッキーが売っている店なんて限られている。

なのによく手作りなんて嘘が通ると思ったものだ。


だが、本当に売り物の菓子を完全再現できるほど腕が良い可能性もある。だとしたらそれは、賞賛に値する。


「美味しいよ、君は菓子を作るのがうまいな」

「えへへ、ありがとうございます!頑張りましたっ!」


そう言ってにへらと笑う彼女は、他の男ならすぐ落ちてしまいそうなくらいに可愛らしかった。



ノートン嬢と別れた俺はこっそり息をつく。


ノートン嬢といると疲れるのだ、精神的に。

あの妙な魔力に逆らうための労力は半端じゃない。会話中ずっとだし、しかも術式が複雑ときた。気を張っていないと押し負けてしまう。


本当にあれは何なのだろう、と考え込もうとしたが、もうその気力も残っていない。


今日はずっと気を張っていて疲れた。ノートン嬢が殿下にあの魔力を向けているのに気づいて防いだのだ。


護衛として当然の行為だ。だが自分と殿下、二人分となると負担が大きいし魔力の消費も大きくなる。


ああ、早く帰ってセシリアとレオナルドに癒されたい…

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