第28話
俺と目が合うと、ノートン嬢(一応友達なのでそう呼ぶことにした)はこちらに歩いて来た。
「おはようございます、シリル様!」
元気よく挨拶してきた彼女に、挨拶はせず微笑みだけ返す。
「ノートン嬢、まずこちらの、ユリウス第一王子殿下にご挨拶を」
礼儀がなっていないぞ、と口には出さずに目を細める。
「お、王子殿下!?ごごごめんなさいっ!私、礼儀作法とか、色々まだ勉強中で…」
ぺこぺこと頭を下げる様子からすると、本当に作法は初心者のようだ。
それにしても先程の驚きようは…この女、まさかユリウス殿下の顔を知らないのか?
「良い。つい最近王都に出て来たばかりなのだからな、私の顔は知らなくて当然だ」
殿下、それちょっとディスってません?遠回しに田舎者って言っているような気が…
「で、では改めて…おはようございます、ユリウス第一王子殿下」
「ああ、おはよう」
「そしてシリル様も」
「ああ。おはよう、ノートン嬢」
改めて目を合わせて気づく。あの妙な波長の魔力が出ていない。
何故だ?俺にしか使っていないのか?というかオンオフの切り替えなんてできるんだな、あれ。
「それでノートン嬢、私に何か用か?」
「いえ、何も。ただ、せっかく同じクラスになれたのだからお話したいと思っただけです」
「…そうか」
何も用がないのに話しかけるか?普通。それにこの態度、普段話す時のたどたどしい印象とは違って落ち着いている。何なのだろう。
頭が?マークでいっぱいになりながらもポーカーフェイスを保っていると、担任の先生が入ってきた。
皆がぞろぞろと席に戻るのにつられ、俺たちも席に着く。
今日の歴史の授業は教師が不在のため、自主学習に変わったと告げられた。そこかしこから安堵のため息が聞こえる。
正直、俺も安心した。最初からあのスピードの授業だ。一回くらいは復習の時間を挟んでくれないとついていける気がしない。
ところが…
今日から全ての教科が授業に入るので、たとえ歴史の負担がなくなったとしても他の教科、例えば政治、経済なども覚えることが多く、労力は変わらない。
というかむしろ倍だ。
そんなわけで、今日も全ての授業を終えた後の俺は、机に突っ伏したいほどの疲労感に襲われていた。
だが俺は殿下の護衛。常に気を張っておかなければ。
「あ、あの、シリル様」
いつかのどこかと同じように名前が呼ばれた。
振り返るとやはりノートン嬢がいた。
「あ、あの、この後の予定ってありますか?」
この後の予定、ある。殿下を門まで護衛してから家に帰って家族と夕食を食べる。その後、寝る前のレオナルドに本を読んでやる。
だがまあ、この場合の予定に日課は含まれないだろう。
「特にないが…」
「あ、そ、そうしたら、後で中庭まで来ていただけませんか?」
「「「!?」」」
まずい、周りの注目が集まっている。平民上がりの弱小貴族が高位の貴族に馴れ馴れしく接するのは
俺としては好都合だし断る理由もないのだが、公衆の面前でこれを易々と受けるわけにはいかない。
「すまないが、それは難しい」
「えっ」
それはそうだろう、と周囲は納得、あるいは軽蔑の表情を作る。
「用が済んだなら失礼する。殿下、お待たせして申し訳ありません」
殿下は構わないと言い、席を立った。
「校舎裏なら」
すれ違いざまに、聞こえるか聞こえないかくらいの声でノートン嬢に耳打ちした。
さて、通じただろうか。
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