第24話

「美味しい…」


「美味い…」


「これも美味い…」


「……」


「くそっ!なんでどれもこれも美味いんだ!」


机に拳をぶつけると、自分の手の方が痛かった。机なんて叩くんじゃなかったと後悔する。


「坊ちゃん、まんまとコーヒーにハマってますね」

アルが笑みを含んだ声で言う。


俺は朝から色々な豆のコーヒーを飲み比べしていた。

にやけるアルに対抗するように、こちらも笑みを浮かべる。


「ふっ、分かっていないなあ。アルフレッド君」

机に肘をつき手を組む。できる参謀のポーズだ。


「これは粗探しだ」

「…粗探し?」


盛大なカッコつけにアルが応じる。こういう時、アルはノリがいいのだ。

うんうん、ちゃんと馬鹿…純粋な部下の役を演じてくれているな。


「そうだ。我々は、否定しなければならない。このコーヒーという、得体の知れない物を」

「ほう」


「故に!一点でも多くの欠点を見つけ、この謎物体の価値を貶めてやるのだ。地の底にな…」


謎物体、もといコーヒーを指差し、ラスボスっぽく低い声で怪しく微笑みながら言う。目に少しの怒りの色をちらつかせて。


「うわあ、ついにイカれちゃったよこの人」

アルが遠い目をする。


「アル、それは思っても言っちゃダメなやつ…」

せっかくの雰囲気が台無しだ。ちゃんと純粋な部下を演じてくれ。


とはいえ、欠点が全く見つからない。どの豆を挽いてもそれぞれに味わいがある。

酸味や苦味を咎めようにも好みは人それぞれだし…


「もう認めたらどうですか?コーヒーは美味しいって」

「諦めたらそこで試合終了なのだよ、アルフレッド君」


前世の誰かも言っていた。この粗探しを諦めるわけにはいかないのだ、紅茶好きとして。


「頑固ですね…」

「うっ」

頑固。レベッカ嬢にも同じことを言われた。


「だってだって…」

「だって?」

コーヒーを手放しで褒めるなんて、俺の中のちっぽけな紅茶好きのプライドが許さないのだ。


まあ、「ちっぽけな」と言っている時点で自覚があるので直さなければならないのだが。


はあ、とアルはわざとらしくため息をついた。

「別に、紅茶は紅茶、コーヒーはコーヒーで良いじゃないですか。

そんなに相手を蹴落とすことにこだわっていると、紅茶愛飲家の名が泣きますよ」


言われてハッとする。


確かに、俺は紅茶を評価することでなくコーヒーを批判することにばかり気を取られていた。紅茶愛飲家失格だ。


「…認めよう。コーヒーは素晴らしい。紅茶と同等か、それ以上の価値がある」

「反省しましたか」


「コーヒーとやら。今回は負けを認めよう…今回は、な」

「全然してないし…」

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