第9話
「舞台はいかかでしたか?シリル様」
「うーん、微妙でしたね…」
「おにいさま、言い方」
「あ、すみません…」
僕が頭を下げると、頼んでいた料理が運ばれてくる。
僕たち三人は演劇の後、劇場を出てレストランで食事を共にしていた。レストランと言っても、コースで出てくるような堅苦しい店ではない。気軽に食事ができるところだ。
「正直に申し上げると、僕には乙女心?というものが分からないのです」
家同士の対立で結婚できない。その苦しみは理解できる。
だがなぜあそこまで悲痛になるのか分からない。他の男と結婚させられそうになったからといって死んだふりまでするだろうか。
いつまでも一人の男に固執する意味が分からない。
「おにいさまは恋をしたことがないからですよ」
確かに前世含めて恋人などいたことがない。年齢イコール彼氏いない歴だった。
と、思う。仕事に追われているようだったから。あくまで推測でしかないが。
寝不足のせいもあるだろう。あまり感情移入できなかった。
そう思うとまたあくびが出そうになるので、悟られないよう噛み殺す。
「そういうセシリアはどうなんだ?恋をしたことはあるのか?」
「それは、その…」
なんとなく気になって聞いてみるとセシリアにしては珍しく、顔を赤らめた。
「あ、ありますわよ」
こちらに聞こえるか聞こえないかくらいの声でつぶやいた。だがミルドレッド嬢はそれを聞き逃さなかったようだ。
「あるんですの!?セシリアの初恋のお話、聞きたいですわ!!」
こちらも珍しく興奮している。流石にレストランの中なので声を抑えてはいるが。
◇◇◇◇◇
セシリアは泣きながら屋敷を飛び出した。
少し前から始まった淑女教育が思いの外厳しく、何度も叱られ、姿勢が悪いとすぐに怒鳴られた。
精神が疲弊しきって泣き出すと、今度は泣くなとたしなめられる。
必要なことなのは分かっている。だがもう少し、優しく教えてくれたって良いではないか。
不満をぶつける先もなく、一人泣きじゃくっていた。
「どうしたの、小さなレディ」
かさっと音がして目の前に人の気配がした。顔を上げると、煌めく銀髪にエメラルドグリーンの瞳の少年が立っていた。
その少年はセシリアの隣に座って静かに話を聞いてくれた。
「そうか、辛いね。嫌だよね。逃げ出したくなるよね」
「うん、うん」
一番ほしい言葉をくれる彼に、頷き返すことしかできない。
「泣いていいんだよ。君は完璧にならなくていい。君が君である限り、僕は君を愛すよ。」
気がつくと、少年の膝の上に頭が乗っていた。泣きながら寝てしまったのだろうか。
いつもより近い距離に、少しだけとくん、と胸が跳ねる。
少年は自分を膝に乗せたまま眠ってしまっている。少年の綺麗な寝顔にまたとくん、と胸が跳ねた。
「それがわたくしの初恋です」
「まあ、そうなんですの」
待て、待て待て待て、心当たりがありすぎる。
というかなんだその、歯の浮くような台詞は。まるでさっきみた演劇の主人公じゃないか。
わざわざ思い出させるな、恥ずかしい。
ああ、恥ずかしすぎる…!とんだ黒歴史じゃないか。
あまりの羞恥心に顔を両手で覆う。
というか初恋が兄って大丈夫なのか?隣の家の子とかだろ、普通。
よし、決めた。セシリアの初恋は胸の奥底にしまっておいてもらおう。初恋なんて大人になったら忘れるものだとか、世間の誰かさんが言っていた気がする。
「ミルドレッド嬢の初恋は、いつですか?」
さっきからミルドレッド嬢がじっと見てきて、このままだと詮索されそうなので強引に話題を変える。
「わたくしは、3歳の時ですわ」
普段の貴族らしい微笑みからどこか優しさを含んだ微笑みに変えて、ミルドレッド嬢は話し始めた。
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