第8話

その週の週末。今日は約束していた演劇鑑賞の日だ。

セシリアはこの日を楽しみにしていたようで、予定が決まってから食事の席ではその話題ばかりだった。


いつものシャツとベストに、エメラルドのカフスボタンで少し着飾ってみた。

今はアルフレッドに髪を整えてもらっている。


授業代わりのテストは一発合格だった。使用人の目を盗んで勉強した甲斐があったというものだ。


朝起きたらベッドのそばに家令がいてびっくりした。声を出さなかった僕を褒めてほしい。


アルフレッドはそれほど勉強しているように見えなかったのに僕と同じで一発合格していたのだから、恐ろしい吸収力だ。僕は寝る間を惜しんで勉強したというのに。

まあ、そのおかげで今日は寝不足なのだが。


アルフレッドには

「使用人の怠慢になるんですから」

と怒られてしまった。

別にそれくらいいいじゃないか、僕が告げ口しなければバレないんだし。と思いつつ、この欠伸の多さでは父上にバレかねない、と言い訳は諦めた。


目の下の隈はなんとか化粧で隠せたが欠伸が多くて困る。

寝不足だとバレバレじゃないか。これでは二人に純粋に楽しんでもらえなくなる。せっかくの外出なのに。



準備を調えて玄関へ出ると、セシリアは待ち切れないといった様子で浮き足立っていた。

「おにいさま、早く早く!」

止めてある馬車の方へ走っていく。


演劇なんていつも行っているだろうに、どうしてそんなにはしゃいでいるのか。

率直に思ったことを伝えると

「だって今日は久しぶりのおにいさまとのお出かけだもん!」

とセシリアが言う。


驚いた。楽しみにしていたのはそれが理由だったのか。

確かに僕は最近セシリアと遊んでいないし、まして出かけるなど三年ぶりくらいだ。

セシリアが幼い頃はよく遊びに付き合ってやったものだが、淑女教育が始まってからは僕も本格的に勉強やら稽古やらで忙しくなった。


「いつも遊んでやれなくてごめんな」

申し訳なく思って謝る。


「仕方がないですよ、おにいさまは勉強しなくちゃいけないんですから」

寂しそうに笑うセシリアに、また罪悪感が込み上げる。


僕がもっと、妹に向き合っていれば。もっと要領が良ければ。

これからは妹のための時間も作ろうと心に決めた。


それから劇場でミルドレッド嬢と合流して演劇を鑑賞した。

舞台のテーマは恋愛。やはり恋愛は分からない、と二つの意味で欠伸を噛み殺しながら見ていた。



『ああ、メロス、あなたはどうしてメロスなの?』

『貴方の名を捨てるか、せめてただ私の恋人だと誓ってください』


『私は貴方を受け取ります。ただ私を恋人と呼んでください。これからは決してメロスではありません』



どこかで聞いたことのある台詞だと思っていたら頭痛がして、

「ロミオとジュリエット シェイクスピア」

「走れメロス 太宰治」

という言葉と共にその内容が頭に入ってきた。

頭痛とあくびが同時に来て最悪だった。


この舞台は前世の有名作家の作品と酷似しているらしい。そして役名は他作品の登場人物の名前。


なぜ名前は違う作品なのだ。著作権とかいうやつなのか。

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