第6話

父上の執務室を出ると、廊下の向こうからぱたぱたと足音がする。

足音の主は、僕の姿を見つけると顔を輝かせてそのまま駆けてきた。


「にいさま!」

その小さな天使は僕の足に飛び込んできた。


「レオナルド」

「おはなし、おわった?」

「うん、終わったよ」

そう言って頭を撫でてやる。


レオナルドは4歳。僕とセシリアの可愛い弟だ。頭を撫でられて嬉しそうにする姿を見ると、セシリアもレオナルドも本当に可愛いと思う。


少し遅れて疲れた様子の従僕フットマンが駆けてくる。

「ちょっと〜速いですよ、坊ちゃ〜ん」


息切れしているところを見るに、相当走り回されたのだろう。心の中で労っておく。


「あ、シリル坊ちゃん!良かった、丁度探されてたんですよ、レオナルド坊ちゃんが」

僕を探していたのか。

膝をついてレオナルドと視線を合わせる。


「僕に何か用事があるの?」

上目遣いで見上げてくる。なんだ、この可愛い生き物は。

レオナルドの破壊力に悶えつつ、ためらっているようだから気長に待つ。


「あのね、ぼくね、にいさまにけえこしてもらいたいの」

けえこ?けいこ。稽古。

ああ、なるほど。剣術の稽古だろうか。


「剣の稽古がしたいの?」

「したいじゃなくて、してもらいたいの」

「僕に?」

人差し指で自分を指すと、レオナルドは頷いた。

我が弟も誰に似たのか我儘を言う。


だが、残念ながら僕は人に教えられるレベルではない。それに、忙しいので時間を作ってやれないかもしれない。


「兄様は剣術がそんなに得意じゃないから、兄様の師匠に教えてもらいなさい」

「にいさまがいい…!」

むうっと頬を膨らませる仕草まで愛らしい。


「兄様の師匠はかっこいいぞ〜、一振りで皇国軍が壊滅するほどだ」

剣を振るう仕草をする。

「かいめつ?」

「うん、みんなを痛くて動けないようにしちゃうんだ!」

「そこまで性悪ではありませんがな」

弟に師匠のすごさを伝えていると師匠本人が割り込んできた。


「師匠!」

「全く、あることないこと吹き込みなさるな。せいぜい腱を切って戦闘不能にするくらいですぞ?」

「あはは、すみません」

腱を切るのもなかなか悪いと思うが…


「ところでシリル坊ちゃん、稽古はどうされましたかな?」

「あ」

忘れてた。弟が可愛すぎて忘れてた。くそ、人を惑わす悪魔め。


僕に睨まれてきょとんとするこの可愛い生き物は、天使ではなかった。


「忘れていらっしゃいましたな、今すぐ訓練場まで来ていただこう」

「待って、待ってくださいまだ着替えが!」

「着替えなぞ後でよろしい!」

「あ、あの、師匠、自分で歩けますから」

「この方が早いですぞ!」

「あ、レオナルド、剣術の稽古がしたいならお父様に相談してみな!父上の管轄だから!」


必死の抵抗虚しく、僕は師匠に引きずられていった。

うう、かっこ悪い。

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