真夏の夜の雪

小日向葵

真夏の夜の雪

 真夏の夜の雪って知ってる?少女は少年にそう尋ねた。音もなく静かな夜。真夏の夜に雪が降る時、人の魂は天に昇っていくのだと少女は遠い目をして語る。少年には、何も言えなかった。

 遠縁の少女が難病で入院している。最近塞ぎこみがちで、歳の頃も近いから話し相手になってやれという父親の言葉に従って、少年は週末の午後には必ず少女の病室を訪れることになった。

 最初こそはお互いにぎこちなかったが、二月もするうちに打ち解けて色々な話をするようになった。読んだ本の話、学校の友達の話。担当看護師の話、勉強が苦痛で仕方がないという話。少年も少女も、週末の会話をとても楽しみにするようになっていた。

 少女はベッドの上から動くことなく、少年はその横の椅子に座って会話を楽しんだ。他愛もない時間が、それこそ永遠に続くと思われた初夏の日。少年の話に笑った少女は咳き込み、そして血を吐いた。

 それから一か月、少年は少女との面会を禁じられた。

 医者も万全を尽くしたが、それでも少女の体を蝕む病魔には勝てなかった。あと長くて三か月と区切られた命に、少女は少年との再会を望んだ。

 「真夏の夜の雪って知ってる?」

 「知らない。なにそれ?」

 少年は、白くやつれた少女の顔に内心驚いていたが、それでも平静を装って答えた。

 「すごく暑い夜にね、それでも雪が降ることがあるんだって。その時、人の魂が天に還っていくんだって。遠い遠い、南の国の言い伝え」

 「ふうん、僕は聞いたことないな」

 「見てみたいな、夏の雪」

 夕方になった。少年は家に帰るなり、屋根裏部屋に放り込んだがらくた箱をひっくり返す。その中に、昔貰ったあれがあったはずだ。自分にはそれくらいしか出来ないだろうけれど。

 そして次の週、午後になり病院に向かおうとした少年の肩に母親が手を置いて、首を横に振った。今朝方に少女が天に召されたという。少年はただ頷いて、家の二階にある自分の部屋に戻った。母親が夕食を告げても、彼は降りてこようとはしなかった。

 そして夜も更けた。

 少年は窓辺に立って、今日少女に見せようと思っていたものを鞄から取り出して、窓から差す月の光にかざした。ずいぶん前に買ってもらったスノードーム。きらきらと光る雪が、ゆっくりと丸い玉の中の風景に降り積もっていく。

 ほら、真夏の夜の雪だよ。

 少年は心の中で呟いた。あの少女の魂は、ちゃんと天に還れただろうか。

 少年の頬を流れる一滴ひとしずくが、汗なのか涙なのかは、暗くて誰にも判らなかった。




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真夏の夜の雪 小日向葵 @tsubasa-485

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