第2話
突如連れて行かれた日本橋での初陣より数ヶ月、鳴廻は上司にあたる司令部から呼び出しを受けていた。
「鬼灯という半妖の娘、あれは危険なものであろう。私情によって保護するならば貴様の庇護下におけば良いであろう。」
「そもそも、妖と関わるなどなんと危険なことをしてくれたか。我らの動向が筒抜けになりうるというのに。」
相変わらず老人は無駄に元気があるなどと毒づきながら、鳴廻は一刻も早く解放させるために話を終わらせようとする。
「彼女は無害でしょう。半妖といえど12年間人里で暮らしていた。そしてその間、彼女の周りで不審なことは何もなかった。これは十分根拠と言える。あと、私が彼女の父と関わりを持っていたからこそ防げた事案もあるでしょう。2年前のテロ未遂、あれは彼から聞いたことで発覚したものだ。それでもまだ彼女の排除にかかるのであれば私は彼女の側につくので。その点、承知を。」
一方的に話を無理やり切り上げることに成功した鳴廻は颯爽と司令部を出て、愛弟子たちの元へ向かう。彼らは年こそ違えど、粒揃いの秀才たちだ。そんな彼らを排除しようとするならば
「鳴廻さ、せんせーだ!お疲れ様です〜」
明るい声と共に出迎えられた鳴廻は楽しそうに道場へと入っていく。
「3人とも、頑張っているみたいだね。最近は単独で討伐にも行っているんだろう?とても良い兆しだ。誰かが大きな成長を遂げれば周りの人間も呼応するように成長する、信じ難いかもしれないけど事実なんだ。ミヤももう少し待っててね。あと少しで正式に師団に所属できるはずだから!」
今の彌也子は櫻子や黎亞と違って正式に師団に所属している身ではない。あの日から変わらずご奉仕の中の一環として剣を振るっているに過ぎないのだ。鳴廻が呼び出されたのも彌也子の立場の位置付けに関する議論から発展したものであった。あれだけ釘を刺した。向こうも認めないわけには行かないだろう、希望的観測も含めそう予感していた。
その時だった。彌也子の首筋を狙う一撃が放たれた。鳴廻は咄嗟に結界で覆われた道場の空間を歪めその軌道を逸らす。壁に当たったそれは深く突き刺さっていた。舌打ちの音と共に男が姿を現した。男は妖狐のものである羽織を着、こちらを見下ろす目を向けてきた。
「チッ。出来損ないの混ざりモノを擁護する変人などいないものと思ったが。貴様、見覚えがある。確かあれと懇意にしていた…。」
男の声を遮るように鳴廻は憤慨した。
「お前が何者だろうと俺はお前など知らない。何者だ?
「人間の老耄など興味ないわ。我が目的は人間の排除だ。しかし、利用価値のあるものは例外とする。例えばそこの娘だ、一際小さい。混ざりモノだが。」
見下すような視線はそのままに彌也子を指差す。その殺意すらこもった視線に勘づき、櫻子が彌也子を隠すように立ち回る。だが、そんなことは露ほども気にせず男は告げる。
「来たる満月の日、我々の活動は第二段階へと移行する。目的は人間の排除だ。活動の障害となるならば何であれど排除を命ずる。奪われたくなければ奪いに来い。」
男は高らかに宣言をすると姿を消した。異常事態に気がついたか、道場に大勢の人間が集まる。鳴廻は簡潔に、冷静に告げた。
「満月の夜、妖によるテロが発生する。場所は不明。目的は人類の排除。東京、名古屋、大阪を中心に兵力を注ぎ込め。民間人の安全確保を優先しろ。それから、各地の里に連絡を。2年前の再来だ。警戒を怠るな。」
鳴廻の言葉に従い、準備が整えられる。次の満月といえばもう10日ほどだ。10日後が酷く遠いもののように感じられる。あの男は何者なのか。なぜ利用価値があると言ったのか。次から次へと疑問が渦巻き、頭がくらくらする。どうにか部屋へ戻り、冷静になる努力をする。何もわからない今、己に何ができるのか。その答えは一つしかなかった。
10日の間、人類はできうる対策を講じ続けた。国家の要である首都と、それに並ぶほどの大都市、第零師団の根底と言える魔術的に要となる地。守るべきものを守るため、人々は最大戦力を各地へと送り込んだ。東京の戦力がほとんど出払った夕暮れ頃、彌也子の元へ鳴廻達が集まっていた。
「もう間も無く、陽が落ちる。そうなれば奴らが動き出すはずだ。予定通り櫻子と黎亞は東京のバックアップに、彌也子はここで私と待機だ。わざわざ宣戦布告に来た以上、東京も名古屋も大阪も陽動で本丸がこちらにお出ましの可能性も十分にある。もしこちらに来るようなことがあればすぐに伝達するから。」
作戦の再確認に3人が頷く。反応を確認した鳴廻はそのまま解散を告げ、部屋には2人きりとなった。思えばとんでもないことになったものだ。数ヶ月前、ここへ連れてこられた時はただの居候になる予定が、敵将に首を狙われる立場となるとは。さらに隠していたわけではないものの、今まで半妖であることを明かしていなかったにも関わらず強制的にカミングアウトすることに。そして彼らがそれを一切気にも留めていない素振りなのもある意味疑問だ。ある程度の詮索は覚悟していたのに。
気づけば辺りは暗くなっていた。人気の無さがこの神妙な空気感を増長させる。ここからでは何もわからないが、おそらく動き出したのだろう。鳴廻が各地に指示を出している声が聞こえる。10日前も思ったことだったが、彼は若くして重要な役に就いているらしい。ふと、部屋の扉がノックされた。部屋に入ってきたのは長い髪を下ろした見たことのない女性だった。
「梓、いる?あ、いたいた。やっぱり全部陽動らしい。本命どころか腰巾着程度もほとんどいない。あっちからも同じ報告が来てる。」
鳴廻に情報を伝えた女性は彌也子の存在に気づき、名乗った。
外の戦線が落ち着いたのか、再び部屋に戻ってきた鳴廻を含め3人で、来たる最悪に備えていた。戦闘になる可能性も考慮して、鳴廻は彌也子に改めて第零師団の役目や妖について説明をした。
この度、テロを起こした妖は妖の中でも過激な一派とされる派閥に所属している者で、妖全てが人間の敵ではないということ。そんな反人間派の妖が作り出す怪異に対抗できる唯一の手段が魔術であること。第零師団は魔術を使えるもの、そうでないものを問わず、怪異に対抗するために結成された帝直属の特務機関であり、その存在は結成以来秘匿され続けていること。
「そして、妖は真名を看破されると力を失う。つまり奴の真名看破が切り札になるんだ。一応見当はついているから、交戦前に特定できるよう調査は続けてみるよ。」
聞いたこと、そのほとんどが初めて知る事実だった。父は何を隠したかったのか、なぜ私がここへ来るよう手配していたのか。わからないことが多すぎる。ただ、今は考えるべき時ではない。この10日間、何をしていた。自分1人くらいは守れるよう、戦力になれるよう、一夜漬けとはいえど努力をしてきた。今はまだ、真実を恐れる時ではない。覚悟を再確認した。もう怖くない。ただ、生きて、夜明けを迎えるだけだ。
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