ようこそ、陸軍第零師団!

露杜 翠華

第1話

 父さんが、死んだ。母さんはもういない。鬼灯彌也子ほおずきみやこ、12歳にして天涯孤独となった。呆然とした彌也子の元に現れたのは鳴廻梓なるみあずさという若い男。父の口から何度も聞いたその名。

 「こんな時に申し訳ないが、お父さんから頼まれたんだ。君を引き取って欲しいと。」

 妖狐である父は千里眼を持っていた。それゆえに己の死期を察していたのだろう。書斎に残されたメモにも鳴廻の名は書かれていた。彌也子は彼を信頼する人間と信じ、彼に手を引かれ、思い出の家を、故郷を離れた。

 鳴廻の車に揺られること数時間、彼らは古びた鳥居の前に立っていた。鳥居を抜けると、そこは文明開化を彷彿とさせるよう煉瓦造りの建物が立ち並んだ、街のような景色が広がっていた。そんな街の中を少し歩いた先に一際大きな建物が鎮座していた。鳴廻の後ろに続きその建物の中に入る。通されたのはおよそ客間とは言えない、アパートの一室のような部屋だった。やはりというべきか、彌也子は説明の一つなく自室となる部屋に通されていたのだった。言われるがままに荷物を部屋に置き、二人はまた、どこへ歩き出した。その後は食堂、居間、道場と思しき部屋、と建物の中を右へ左へ、上へ下への大移動をした。一通り散策をしたのち、再び居間に戻り腰を下ろした。

 「そういえばまだ言ってなかったね。–––ようこそ、陸軍第零師団へ!早速だが、君の今後について、ちょっと説明しておこうか。」

 そう切り出されたのは彌也子の今後についてだった。彼女の父の頼み通り引き取ったは良いものの、彌也子はまだ少し幼い。そのため師団の本業に参加するのは危険が伴う。とはいえ自室を師団内に置いた以上何らかの形で勤めを果たさなくてはならない。つまり––––

 「『働かざる者食うべからず』ってこと!てことで軽ーいお手伝いから始めてもらおっかな〜。とりあえず明日の朝、ここにおいで。疲れているだろう、今日くらいはゆっくり休みなさい。」

 今日はそのまま解散となった。自室に戻ると、どっと疲れが押し寄せた。今日は人生で1番忙しかった日だ。明日から頑張ろう、と備え付けのベッドに横になるとそのまま眠りに落ちた。

 翌朝、鳴廻から出された初めての指令は訓練場に持って行く差し入れの準備だった。渡されたレシピをもとに食堂へ行くと、炊き立てのご飯の香りが鼻を通り抜けていった。自分も空腹になりそうなのを我慢して手順通りに差し入れを作る。今日の差し入れはおにぎりらしい。レシピを読みながら具材を混ぜ、一つずつ握っていく。 「大きさは、、、思っているよりも3倍くらい?こんなに大きくていいの?」

 出来上がったおにぎりは今までに見たことがないほど大きく、彌也子では一つ食べ切るのに精一杯なくらいだ。その巨大おにぎりをご飯がなくなるまで握り続け、完成し切った頃にはお昼近い時間となっていた。

 作ったおにぎりを乗せた皿を大きめの盆にのせ、昨日道場らしいと感じた部屋へ持っていく。そこでは10人ほどが剣や薙刀、見たことない武器で戦っていた。入って良いものかと入り口で立ち尽くす彌也子に気がついた一人が入り口に近寄る。

 「昨日来たっていう子だよね?あ、差し入れ持ってきてくれたの?ありがと〜!さ、入って入って。」

 促されるままに道場へ足を踏み入れる。集まってきた彼らの前に差し入れを差し出すと、そのまま食事タイムとなった。

 「つまり彌也子ちゃんは鳴廻さんの関係者ってことねー。この通り男所帯でちょっとむさ苦しいけど、住めば都だから〜。あ、私は二ノ宮櫻子にのみやさくらこ。よろしくね。」

 あの巨大おにぎりを10人ほどで平らげ、それぞれが談笑を楽しむ中、そう名乗った少女は隣の少年を指す。名乗れと言わんばかりの視線を受けた彼は、彌也子に軽い挨拶をする。

 「僕は神埼黎亞かんざきれいあ。櫻子と同い年で15歳だよ。ここにいる他の奴らはもっと年上だから、僕らが1番歳が近いはずだ。こんなところでよければいつでも来てね。」

 二人とも先ほどまで凄まじい勢いでおにぎりを頬張っていたとは思えない穏やかさで彌也子が混乱しかけていたところ、道場に鳴廻が現れた。

 「お、サクもレイも今日はこっちだったんだ。ラッキーだったね。君にとってこの2人が1番歳近いから、なんかあったらこの2人に相談しなね。あれ、そろそろ再開?」

 「うん。デカおにぎり食べたんだし頑張っちゃうわ。あのサイズはあんたのアイデアでしょ?」

 そうだよ〜、と答えながら彌也子を連れて道場を出る。遅くなりながらも昼食をとり、また居間へ戻る。そこには朝はなかった段ボール箱が置いてあった。彌也子のものだというその箱を開けると、中には目を疑うほどの問題集とノート、筆記用具一式がこれでもかと詰め込まれていた。どうやら、お手伝いが終わり次第勉強に励めということらしい。信じたくはなかった。ご奉仕初日にしてこの疲労、今すぐ部屋に戻って寝たいほどだ。そこに大量の課題を追加してくるこのスタイル、地獄の閻魔様すら泣きたくなるのではと思うほどだ。箱の中身に一通り落胆し部屋に戻った。鳴廻の優しさ(?)で段ボール箱は部屋まで持ってくれた。仕方なく箱を開け、中身を棚へ移していく。手に取った1冊を少しやってみることにした。途中で寝落ちし、夕飯の時間に櫻子の起こされたのはちょっと恥ずかしい思い出になった。

 居候生活開始から1ヶ月が経つ頃、鳴廻から出された指令は日没ごろんい玄関に来ることだった。10日ほど前から差し入れに行くだけでなく櫻子たちの訓練に参加し始めた彌也子は道場に行く用事がなくなったことを残念がったが、鳴廻は昼間の活動を禁止とした。理由はよくわからないままだったが、反抗する理由もない上にのんびり過ごす許可が出たということで、ありがたく享受することにした。もちろん全て、お昼寝に使ったというのは内緒である。

 日没ごろ、身支度をすませ玄関に向かうと、そこには櫻子と黎亞、鳴廻の姿があった。彌也子が来たのを確認すると、鳴廻は建物を出て、初日に通った道を歩いていく。よくわからないままついて行き、そのまま鳥居をくぐる。たどり着いたのは日本橋だった。首都の中心地に近く、多くの人で栄えているはずのそこに人影はほとんどなかった。

 「人払いは済んでいるね。それじゃ、炙り出すか。」

 そう言って、鳴廻は持っていた剣を地面に突き刺す。突き刺された部分中心に結界が展開される。鳥居の中に張り巡らされているものと同じ、目くらましの結界だという。悪意ある妖によって生み出されたバケモノ––異形は弱ければ弱いものほど人目につかない場所を好む。生み出されて間もない異形は怪異と呼ばれ、繁華街に近く、人気の少ない場所に多く生息する。日本橋は繁華街に近いにも関わらず夜になれば人がかなり少ないということから、怪異にとって絶好の居場所になっているという。父から聞いた話とおおよそ一致した説明に彌也子は頷く。そして、怪異は人間の魂をちょっとずつ喰らい成長し、やがて繁華街や人気の多いところで騒動となる、と心の中で補足する。

 気づけばどこを見ても怪異に溢れていた。数日前に鳴廻から受け取った剣を抜き、目の前の怪異から斬っていく。実体を持たない怪異は斬っても感覚がない。それゆえに1体、1体確実に仕留めていく。櫻子の三節棍、黎亞の弓と連携し、時には鳴廻の援護をもらいながら結界内の怪異を全て仕留めた。彌也子は初陣にも関わらず迷いなく戦うことができた。彼女は貴重な戦力となりうる、3人の若者がねぎらいあう中、鳴廻は1人通例を覆す一手を思案していた。

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