第22話 目覚めの兆し
部室の前に着き、ドアを開けると中には、あきらかに高そうな、アリスが私用で用意したと思われる、豪華な机と椅子がたくさん置かれていた。
そして一番豪華な、あきらかにアリスが座る予定の椅子に、先に部室に来ていた麗子ちゃんがうっとりした表情で座っていた。
「はあ~……いいぃ……」
僕たちが入ってきたことに気づかないくらい うっとりとしていた。
―――30秒が過ぎ―――
「――――――あっ!」
無言で見つめる僕たちの存在に気づき――
「 あぎゃああああああああああああああああああッ! 」
壊れた機械のように叫びだし、ペコペコと謝り倒す。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、姫さまァ! わたし、こういった豪華な椅子に一度座ってみたくって、ついついつい、ほんの出来心でして、本当にすいませんでしたァ!」
さらに土下座まで始めてしまった。
「いいよ、そんなどうでもいいこと。可愛いキミの姿が見れただけで、今日一日ハッピーさ」
土下座して見上げる麗子ちゃんにとどめのウインク。
ズギューンって音が聞こえたような気がした。
(たしかに、可愛いかったな。『録画しておけばよかった』……って、ヤバい! これはアリス的発想だァ……自重しないと……)
「ううぅっ……ごめんなさいぃ……」
立ち上がり泣きぐずっている。
「さあ、泣き止んで麗子。キミの可愛い顔が台無しだよ」
「は、はい……。ううぅっ……」
恍惚な笑みでアリスが耳打ちしてきた。
「泣いた顔も可愛いな、友」
「このドSが!」 (同感だが……)
「それにしても土下座というのものは、目の前で見ると壮観だな。まるで相手のすべてを支配している……そんな愉悦感が生まれるよ」
「いや、おまえもしてただろ。このまえ、僕の目の前でな」 (僕に痴漢したくてなァ)
「ハッ! もしかして友も、ボクに《欲情》を……? 」
「し、しねェーよ、バカ!」 (ちょっとしか……)
「姫様。そろそろ、姫様が『注文』したものが届きますが」
「わかった……メグミ」
(注文?)
ルカとメグミさんのやりとりに疑問を抱いていると、部室のドアが外からノックされた。
「はい」
メグミさんが部室のドアを開けると、十数名の『宅配便業者』がずらりと廊下に並んでいた。手には、カバーに入った服が何十着もあった。
メグミさんが宅配便業者の受け取り確認書にサインをすると、宅配便業者が『鉄製の服かけ』を複数 部室の中に持ち込んだ。
そこにカバーから取り出した、たくさんの服をかけていった。
最後に、2台の豪華な試着室を部室にセットして宅配業者は帰って行った。
「これは一体、なんだアリス?」
「制服だよ」
「見りゃわかる。なんで、こんなにたくさんの制服を宅配してもらったかって聞いてんだ」
「ボケたのかい、友? この部はいちおう世界制服部だよ。制服くらい用意するさ。それにボクはコスプレが大好きだ。楽しいことを みんなで楽しむのが、この部活のコンセプトだからね」
よく見ると、制服だけじゃなく、ゴスロリ服や、きわどいエロい服、それにバニースーツや、紐にしか見えない水着まであるぞ。
(こいつ……絶対まじめにやる気ないだろ? まあ、まじめにやられても正直困るが……)
「さあみんな、部活動を始めようか!」
無邪気な顔で、たくさんの服を物色し始めた。
こうして今日から、世界制服部の部活動 第一日目が始まった。
◆◆
部室に用意された、2つの試着室の一つのカーテンが開き、中からもじもじした麗子ちゃんが現れた。
「に、似合いますでしょうか? 真帆世先輩ぃ……」
「う、うん……」
麗子ちゃんに似合う、とても可愛らしい制服だった。
これはアリスが選んだもので、アニメキャラが着ているものらしい。つーか、ここにあるほとんどの服がアニメ関係だとか。
(何が、世界制服部だよ! アニメコスプレ部じゃねーか!)
シャ――――っと、隣の試着室のカーテンが開いた。
中から、豪華な着物を身に纏ったアリスがあらわれた。後ろには着付けをしたと思われるメグミさんもいた。
「どうだい友? ボクの着物姿は」
くるりと回ってご満悦。
「……どうだかな」
そっぽを向いて言ったが、正直いって似合っていた。
金髪に着物だが、美しい風貌のおかげか凄くマッチしていた。
「そうか……友の好みだと思っていたのだが……残念だ」
どこも残念そうもなく笑っている。
メグミさんは側にかけてあった『紐状のきわどい水着』を手に取った。
「姫様。海斗さんはもっとエグいモノがお好みのようで……この紐とか……」
すぐさまに彼女の意図を理解して対応する。
「き、綺麗だよ、綺麗、アリス! その着物が僕の好みだ。紐なんか着ないでくれェ、頼むっ!」
「そうか、わかった。友がそう言うなら、しばらくこれを着よう」
ほっとした。
あんなん着られて目の前に現れたら対応に困る。
それにしてもメグミさん、どういう行動をとれば、僕にアリスを喜ばせる言葉を言わせられるかもう把握しているっぽい。さすがメイド。時給いくらだ?
むにゅうぅぅ。
「うっ!」
僕の腕に抱きつき、大きな胸を押しつけた。
ホント好きだな、このシュチュエーション。
ふっ、もう慣れたぜ――と言いたいが、耳まで真っ赤にしてうろたえる。
「友ぉ……。帯をくるくる回して遊ぶ、お代官様ごっこをしようよぉ」
「断る!」
だが、少しやってみたかった。
「それにしてもアリス、その着物を着るの随分早かったな?」
「うん、メグミに着せてもらったからね」
やっぱり中で着せてもらっていたのか。
「メグミはボクと違ってなんでもできるからね。海で自殺したキミを助けたとき、服を脱がして乾かして、着替えさせたのも全部メグミなんだよ」
「はあッ! お、おまえが……じゃないのか?」
「うん。ボクがやろうと思ったのだがね、メグミに止められてね、大統領だからって。だからすべてメグミにやってもらったのだよ」
「め、メグミさんが……」
彼女の方を見ると、おおげさに照れてしまった。
(ふ、複雑だァ……。アリスに脱がされるのも嫌だけど、メグミさんに脱がされるのも嫌だ……)
メグミさんの顔がさらに真っ赤になった。
思い出しているのだろう。
僕が想像したくない恥ずかしい出来事を。
恥ずかしくてマジ死ねる。
だが、クールな表情を保ってきたメグミさんの意外な一面に、ほんのちょぴり親近感が沸いた。
目をそらしたまま彼女は頭を下げる。
「も、申し訳ありません、海斗さん。私がすべて脱がさせて頂きました。そして、すべて見させてもらいました。本当にすいませんでした」
湯気が出るほど彼女は顔を真っ赤にした。同じく僕も。
(わ、わざわざ謝らなくてもいいのに……。よけい恥ずかしすぎるぅ……ううぅっ)
全裸を見られたメグミさんと、これからどう付き合っていけばいいのだろうか?
「あ、あの……海で自殺したって、どういうことですか?」
麗子ちゃんが、僕たちのやりとりを聞いていた。
(し、しまった! 麗子ちゃんが部室の中にいるのを忘れてた!)
あたふたとして、いい訳を考えようとしたが思いつかない。
そんな僕に、アリスがにっこりと頬笑みかける。
「友よ、いいじゃないか……話せば。この部活内での隠しごとはナッシングだよ」
暖かい眼差しに見守られ、覚悟を決める。
「わかった……。僕から話すよ」
「うん、それがいいね」
アリスとの出会いのすべてを麗子ちゃんに話した。
「そ、そうだったんですか……真帆世先輩が……。それで先輩は、姫さまとそんなに仲がいいんですね?」
驚愕する彼女に吐き捨てるように言った。
「ハッ、情けないだろ? あれだけ君に偉そうなことを言って、僕自身が元自殺志願者だったんだから……」
「いえ、先輩はすごいです」
「えっ?」
尊敬の眼差しで見つめてきた。
「わたしなら絶対無理です。そんな病気を抱えて、いまこんなに普通でいられるなんて。だから凄いです! めちゃめちゃ凄いです!」
その言葉に心が救われた。
そして僕を救って変えてくれたアリスに感謝した。
「それはたぶん……」
『アリスのおかげ』と言いかけた口を閉ざした。
アリスの前でそんなこと言うのは癪だし、たまにはアリスみたいに調子に乗ってみたくなったのだ。
麗子ちゃんに褒められたことにより、有頂天になったせいだろう。
赤面しながら口ごもる。
「そ、それはたぶん……僕にヒーローの資質があるからだと思うよ……」
言い切り、顔がさらに赤くなっていく。
けど、もの凄い達成感があった。
生まれて初めて素の状態で調子に乗りまくってしまった。
尊敬の眼差しをさらに強めてきた。
「かっこいいですぅ……真帆世先輩ぃ」
ヒーローを目指してから、初めてまともに褒められた気がする。
いままでアリスによって でっちあげのヒーローに仕立て上げられてきたから、この感覚は新鮮だった。
「うふふっ、たしかにね……うふふっ」
「うっ」
横で聞いていたアリスが薄気味悪い笑顔を浮かべ――
『僕にヒーローの資質があるからだと思うよ』
『僕にヒーローの資質があるからだと思うよ』
『僕にヒーローの資質があるからだと思うよ』
どこからか、僕が言った台詞がリピートされた。
それはアリスの手に握られていた小型のレコーダーによるものであった。
「お、おまえェ……あ、アリスぅ……ろ、録音したのか?」
全身をガタガタと震わせる僕に、アリスは満面の笑顔をきらめかせる。
「ふふふっ、とてもいい台詞だったから記録させてもらったよ。友コレに加えて、いつか世界中に流してあげるぅ」
「 やめろおおおォォォ―――――――――――ッ! 」
耳を抑えてうずくまった。悪魔だコイツ。
優越感に浸った顔で――
『僕にヒーローの資質があるからだと思うよ』
『僕にヒーローの資質があるからだと思うよ』
『僕にヒーローの資質があるからだと思うよ』
(うわああああああああああああああああああああああ!)
身悶え殺しにきた。
自分の言った台詞により悶絶死してしまう。
「さあ、友。キミも着たまえ」
うずくまる僕の目の前に、一着の制服を持って出した。
「ん? コレ、女性用の制服なんだが?」
「知ってるが、それが何?」
「――着ろと、この僕に?」
「うん、目覚めるよ。着れば、新たなる世界に……」
嫌だ。目覚めたくない。
「でもこれ、先輩に似合うかも」
麗子ちゃんは制服をまじまじと見ながら賛同する。
「このフリフリがいいだろ、麗子?」
「はい」
「いえ、お二人とも、フリフリよりこちらのほうが似合うと思いますが」
さらにメグミさんが別の可愛い制服を手にとった。
「それいいねー、メグミ!」
「じゃあ、メグミさん、姫さま。わたしはこれなんかが、先輩に似合うと思いますよぉ」
3人の女子は僕を無視して、僕に着せる女性用の制服の話題で盛り上がっていた。
後ずさり逃げる準備をした。
「メグミ!」
「はい、姫様」
(チッ、気づかれた!)
内容を言われずとも主の言葉を理解したメグミさんが、僕の後ろに回り込み、はがい締めにした。
「め、メグミさんっ!」
健康的で大きめの胸がぶよっと背中にあたり赤面する。
「申し訳ありません、海斗さん。優しく、着替えさせますから……」
メグミさんの頬はほのかに赤かった。
彼女もこんな事はしたくないのだろう。被害者に近い。
この事件の首謀者であるアリスは、ニヤニヤと笑っていた。
「暴れないほうがいいぞ、友。メグミはさまざま格闘技をマスターしている。クマでも素手で締め殺せるくらいにな」
どうやら逃げることは不可能なようだ。
さすが大統領のメイド、半端ない。時給いくらだ?
「安心しろ、友。メグミは着替えさせるのがとてもうまい。気持ちいいくらいにな」
(逆に嫌だ!)
僕たちに目もくれず麗子ちゃんは楽しそうに、僕に似合う服を探していた。
「姫さまぁー! これなんかどうですぅ? 先輩にとっても似合うと思いますよーうふふっ」
へそ出しのアイドルが着るような服を見繕った。
どうやら彼女はハマると周りが見えなくなるタイプのようだ。それとアリスに影響されたせいもあるだろう。いまの麗子ちゃんはもの凄くアグレッシブだ。もう自殺志願者だった頃の面影はどこにもない。それは嬉しいことなのだが、この現状を考えると素直に喜べない。
メグミさんは僕を引きずり試着室に連れ込んだ。
そして試着室からは――
「 やっ、やめてエエェェェェェ――――――――――ッ! 」
元自殺志願者の叫び声が響いた。
こうして、部活動一日目が無事に終了した。
僕以外。
僕の猫はヒーローだった? 佐藤ゆう @coco7
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