第21話 メグミさん共犯者

 朝、学校に登校した僕は、校門前で麗子ちゃんにばったりと出会う。


「おはようございます、真帆世先輩!」


 彼女のすがすがしい笑顔を見て、あの辛い体験も報われた思いになった。


「ああ……おはよう、麗子ちゃん」


 興奮した様子でずんずんとつめ寄ってきた。


「先輩っ、先輩っ、聞いてください! わたし、昨日 痴漢の人に、『嫌です! もうしないでください』って、ハッキリ言ったんです。そうしたらその人謝って、もうしないって言ってくれました!」


「そうか……よかった。でも、そういう奴は警察に突き出したほうがいいぜ。痴漢を楽しむような最低なゲス野郎はな」


 特に、僕と麗子ちゃんに散々痴漢した大統領。


「そ、そんなぁ……かわいそうです。だから、こういう解決が一番なんだと思います。もちろん、またされたら考えますけど……」


「そうか……」 (麗子ちゃんらしいな……。あいつにも、アリスにも、彼女の足の爪の垢でも飲ませて見習わせたいぜ……いや、あいつの場合 意気揚々として飲みそうだ)


 そのとき僕たち横を――


「にゃにゃにゃのニャ~~」


 猫のきぐるみを着た人物が、上機嫌でスキップして通り抜けていく。

 中身はアリスだと確信できる。


「………………。――ハッ!」


 呆然とした状態から正気を取り戻してダッシュした。


「テメェー猫! なんで学校に、そんな格好で来てやがる!」


「おはようニャ、ご主人様ぁ」


 ――ガツン。


「おはよう、じゃねェー! そんな格好で学校にきてんじゃねェーよ!」


「だってご主人様、こっちのほうが本当の姿ニャ」


「どっちでもいい! すぐに脱げ!」 (こいつ……いくら大統領だからって、この現実世界でハチャけすぎだろ)


「ご主人様がそう言うのニャら……」


 猫は首周りのチャックを掴み、きぐるみを脱ごうとした。


「ハッ!」 (そういえばこいつの中身は、下着姿だった……!)

「ま、待てまてまて、脱ぐなッ! まずは部室にこいっ!」


 学校の前で騒いでいる僕と猫を、周りの生徒たちが注目して見ていた。


「あっ! 大統領の命の恩人 真帆世だぜ!」


「じゃあ……あの猫は、大統領の関係者かな?」


「ボディーガードが変装しているとか?」


「ありうる……」


「じゃあ、関わらないほうがいいかもね。あの猫とも真帆世君とも……」


「大統領の気分を害したら大変だしな……」 


 とんでもない嫌われ者になったものである僕も。

 他人にどう思われようと気にしないたちだが、こう露骨に避けられると良い気分はしない。


「ご主人様は嫌われ者ニャ」


「おまえのせいだろ!」


 猫を引っ張り、部室まで連れて行く。

 その様子を麗子ちゃんは呆然として見ていたが、いまのところ彼女に猫の正体を言うつもりはないので、あえなく放置することにした。すまん。


    ◆


 部室に着くと、すぐさまに鍵とカーテンを閉めた。


「ほら、バックの中に着替えとか持ってきてんだろ? 着がえろよ、猫」


「持ってきてないニャ」


「ま、マジかよ……。じゃあ、授業はどうするつもりなんだ?」


「このまま受けるニャ」


「あほっ! 脱いだ状態でも、着た状態でも受けんな! まったく、この猫アマァは、中も外も常識を知らない」


「あ、あの……真帆世先輩……」


「えっ!」


 後ろから声をかけられて振り向くと、さっきほど別れたばかりの麗子ちゃんが いつのまにか部室の中にいた。


(なッ……! 鍵は閉めたはずなのに……)

「れ、麗子ちゃん、どうして中に?」


 申し訳なさそうにつげる。


「あ、あの……部室の鍵を、姫さまから貰っていまして……朝来るようにって……」


(そういうことかい、この猫アマァ。麗子ちゃんを部員にするつもりだな)


「あ、あの……もしかして、その猫さんの中身って……姫さまなのですか?」


 なんと勘のいい子だ。

 まあ、あれだけアリスに痴漢されたんだ、雰囲気でわかってもおかしくないか。


(でも、どう答えればいい? 猫の正体を言うか? 麗子ちゃんもアリスに気にいられて、世界制服部に入部させられるなら、このまま隠しきるのは難しい。毎回隠し通すのも面倒だしな……)


 だが、アリスを尊敬する麗子ちゃんに、僕のように失望してもらいたくない。

 彼女は変わったばかりなのだ。あまり強い刺激は避けたい。

 仕方なく猫について話すことにした。

 若干?脚色して。


「ああ、そうなんだ。アメリアの学校は日本と違って、キャラ作りのために、きぐるみ着て登校してくる奴が多いんだ。だから日本でもやっていいって勘違いしているんだ」


「そ、そうなんですか……? すごいですね、アメリアて。よくパーティーとかしてるってイメージがありますけど、こういうのも盛んなんですね。さすがアメリアです」


 僕の嘘を信じきっている様子だ。

 騙した僕が言うのもなんだが、まさか騙されるとは思いもしなかった。いっちゃ悪いが麗子ちゃん、あまり成績よくないだろうな。


「それで猫……じゃなくてアリスの奴、服を着るのを忘れてて、中身が下着姿なんだ。できれば体操着とか貸してくれないかな?」


「は、はい、わかりました。わたしの『体操着と短パン』でよければ……」


 麗子ちゃんはバックから取り出した。


「ありがとう。このままじゃ授業も受けられないしな」


 そして両手に持って、瞳をうるうるとうるませる。


「で、でも……サイズが……ううぅっ」


(うわぁー……。サイズが全然ちげぇ……特に胸の辺りが……。ゴメンね、麗子ちゃん……)


 心の中で謝って、なぐさめる。


「泣かないで麗子ちゃん、いちおう着せてみるから」


「は、はい……」


 アリスはきぐるみを脱いだあと、麗子ちゃんのあきらかにサイズが小さい体操着と短パンを着用した。


 僕は部室の外で待機していたため、着用したかどうかは『想像』にすぎないが。


「友よ、入っていいよー!」


 部室の中から明るい声が聞こえ、ドアを開けると、中には体操着姿のアリスがいた。

 その姿に瞳を奪われる。


(う、うわっ……。こ、これは……ヤバいっ)


 アリスの体は、麗子ちゃんの小さい体操着と短パンでパンパンになり、お腹まで見えていた。


(や、ヤバっ、エロすぎ……!)


 反射的に目をそらしてしまう。

 照れた様子でアリスは唇を開く。


「友よ……。キミには、こういうものを ボクに着せて楽しむ趣味があったのかい……?」


「ね、ねェーよ、そんなものは……」


「いい趣味だ。だが……いささかこれはボクでも恥ずかしいぞ……」


 らしくない照れた表情だった。


(こ、これなら、猫の姿のまま授業を受けたほうがマシって気がするぜ……)


「おーい、あんたら何やってんの?」


「――!」


 部室の入り口から声が聞こえ 振り向くと、そこには――


「お、おまえは、ルカ!」


「ういーす」


 僕の幼馴染 『幸田 ルカ』がいた。


(そういえば部室の鍵は、麗子ちゃんが開けたままだったんだっけ……?)


 ニヤニヤしながらルカは部室に入ってきた。

 いままでずっと風邪で休んでいたけど、今日登校してきたようだ。


「ルカ……風邪はいいのか?」


「まーね。それにしてもアリス。あんた、なんて格好してんのさ?」


 あきれた顔でルカは、ピチピチの体操着姿のアリスに目をやった。


「ひさしぶりだね、ルカ」


「お、おまえ達、知り合いだったのか?」


 驚く僕に、バカにした態度でつげる。


「カイト、忘れたの? あたしが『大統領の親戚』だってことをさ」


「ああ……そういえば、そんな設定があったな……忘れてた」


「あんたねぇー……これがあたしの一番の自慢なんだから、忘れないでよね」


 神がかった料理の腕よりも上なのか? こんな奴と親戚なことがか?


『いちおう大統領だよ』と、どこからか聞こえてきた気がするがどうでもいい。


「あたしはアリスとは、昔からの付き合いなんだよね。それにしてアリス……」


 ジト目でルカは、アリスの顔を覗き込む。


「あんたこの前ウチに来るっていうから、ずっと家で待ってたんだからね。そのあと連絡もよこさず行方不明になっちゃうから、家の周りとか妹と一緒に探し回ったんだから、ったく」


「すまないね、ルカ。ちょっと人を救っていてね。キミの家に行くのを忘れていたのだよ」


 救った? それはもしかして、僕のことか?


「はいはい、嘘ばっか。あんたは昔からそうよねー」


いやいやマジだから。その本人が目の前にいるから、マジで。


「ふふふっ。ルカには言われたくないね」


 2人とも気兼ねなく会話している。なかなかフランクな関係のようだ。


(僕が自殺して、アリスに助けられた日……公園でルカとルンちゃんが誰かを探していたけど、あれはアリスだったのか? 大統領が行方不明だなんて言えるわけないよな……ってことは、アリスが言っていた友達から得た僕の病気のヒントって、ルカのことか! ルカは病気について何も知らないみたいだけど……)


 アリスに対する疑問が色々と解けてきた。


「それにしてもアリス、聞いたよ。あんた、あたしの友達と友達になったんだってね?」


 僕を見てニヤリと笑う。


「ああ、ちょっと訳あってね、ボクと彼は一生の友になったのだよ」


「へぇー、無愛想なコイツとねぇ……一体何があったの?」


「それは言えない。ボクたち2人だけの秘密だからね」


(たしかに、自殺して救われて友人になった――なーんて言えわけないよな。言おうとしたらブッ飛ばしてたけど……)


 もう大統領に対する遠慮など微塵もない。


「そっか……ほらコレ」


 ルカはバックから女子用制服一式を取り出し、アリスに手渡した。


「メグミさんからあんたにってさ。忘れたまま出かけたから渡してほしいって頼まれたのよ」


「そうか……ありがとう、ルカ」


「あんまりメグミさんに迷惑かけちゃダメだよ?」


「わかっているよ」


 ルカとアリスの関係は、お互い信頼しあう友人って感じだ。


(さすがだな……ルカ。親戚とはいえ、大統領であるアリスに、あんな遠慮なく話せるなんてな……ま、殴っている僕のほうが凄いけど。それにしてもこの2人、容姿も含めて性格もどことなく似てるんだよな? さすが親戚)


「じゃあね、アリス。それとカイト」


 手を振って出ていこうとするルカの肩を、アリスがつかんだ。


「そうだ、ルカ。キミもボクたちの部活、世界制服部に入らないかい?」


「ああ、ウワサで聞いたよ。大統領が変な部活を作ったって……」


「どうだい、君も入らないかい? みんなで楽しいことをするのがコンセプトの『謎部活』さ」


 腕を組んで考え込んだ。


「まあ……あんたとなら面白そうだし、入ってもいいかなぁー……。でも、バレー部もあるしなぁー……。ごめん、アリス。たまには遊びにはくるからさ」


 両手を合わせたあとルカは部室を出ていった。

 アリスは、僕と麗子ちゃんを交互に見る。


「部員は……ここにいる3名か」


(勝手に入れられてる! って、いまさらか……)


「わ、わたしも入っているんですか?」


「嫌かい?」


「い、いえ、そんなぁ……。わたしみたいな小市民が、姫様と一緒の部活に入っていいのかと思いまして……」


 おどおどする麗子ちゃんに、ニヒルに笑いかける。


「キミは可愛い……それだけで十分さ」


 あごを指で持ち上げ、瞳の奥を覗く。


(やめろ、バイ!)


「そ、そんなぁ……。褒めるところがないからって、無理やり褒めなくてもいいですよぉ……」


(いや、麗子ちゃん。そいつマジで言ってるからね。そいつバイだからね、気をつけて)


 少し迷ったあと、満面の笑顔をきらめかせる。


「じゃあ、入らせていただきます。姫さまと同じ部活に入れて光栄です」


 アリスのことを心から信頼しきっている様子だ。

 僕は、アリスの本性を知らず入る麗子ちゃんがいたたまれなくなり、最終確認をすることにした。

 考え直すことを期待して。


「いいのかい、麗子ちゃん? そんな簡単に決めて。ある意味、ここで人生が決まるといっても過言じゃないぞ、マジで」 (ホントマジで)


「はい! もう人生は、姫さまに変えてもらいましたから!」


 幸福に満ちた笑顔を見て確信する。


(そうか……麗子ちゃんも僕と同じ……。なら、たとえアリスの本性を知っても大丈夫だろう)

 

 この僕のように――。


「それに……真帆世先輩にも……」


 照れながら上目づかいで見てきた。


(そうか……。僕も、自殺志願者を救う手助けができたんだな……)


 初めて自分が誇らしく思えた。

 痴漢しただけ――というのがかなりネックだが。


「わかった。じゃあ本当にいいんだね? アリスを信じるんだね?」


「はい! 姫さまはいずれ大統領として、この世界を、痴漢のない世界に変えてくれるって、わたし信じてますから。そんな人と一緒にいられて光栄です」


(痴漢限定っ! つーか、その痴漢が大好きなのが そこの姫様だからねっ!)


 表情からは一切の迷いを感じとれない。

 彼女も僕と同様、アリスに惹かれた一人なのだろう。

 なら理解できる。

 こんな謎部活に入ろうとする理由も。


       ◆◆


 チャイムが鳴り、今日の授業がすべて終わった。

 教室から出て僕とアリスは部活動を行うため部室へと向かう。


 その途中、金髪でスラリとした体型の女生徒が目の前にあらわれた。

 上履きの色から同じ2年生だろう。


 金髪の女生徒も、アリスに負けず劣らずの美少女で、スポーツマンのように美しく均衡のとれた体型をしていた。


(こんな奴……この学校にいたっけ?)


 不思議に思っていると、金髪の女生徒がアリスが近づいてきた。


「姫様、お変りはないでしょうか?」


「うん、メグミ、大丈夫だよ」


 メグミ? アリスとルカの会話で出てきた名だ。


「アリス、この人とは知り合いなのか?」


「ああ……友には言ってなかったね。ボクの身の回りの世話をしてくれる、『メイドのメグミ』だよ。日本人とアメリア人のハーフで、国籍はアメリアになっている」


「へぇー、さすが大統領。身の回りの世話をしてくれるメイドまでいるんだな?」


 金髪メイドのメグミさんをチラリと見る。


(それにしても僕の周りには、ルカ、ルンちゃん、アリス、この人、金髪の女性ばかりだな。何か前世で金髪の呪いでも受けたのか?)


 ネガティブなことを考えながらアリスに聞いた。


「で? なんでそのメグミさんが、この学校の制服を着てここにいるんだ?」


「メグミはもともと向こうの学校でも、ボクの世話係として同じ高校に通ってもらっていたのだよ。ボクが日本の高校にくるにあたって、メグミも明日からうちのクラスに転校してくる予定だ。今日は訳あって特別に来てもらったのだ」


「へぇー」


「ちなみに、世界制服部には今日から入部することになっている」


 メイドさんは、僕たちに向かって丁寧にお辞儀する。


「メグミです。これからよろしくお願いします、海斗様」


「よろしくお願いします、メグミさん。それと様はいいですよ、僕なんかに」


「わかりました、海斗さん」


「でも、僕の名前を知っているってことは、アリスに僕のことを聞いているんですか?」


「はい。あなたのことはよく存じております、【自殺】した時から……」


「――ッ!」


 アリスのほうに振り返る。


「あ、アリス! この人に言ったのか、僕が【自殺】したことを?」


 アリスは『僕が自殺したことは誰にも言わない』と確信していたから、メグミさんが知っていたことに強いショックを受けた。


「メグミ……それはもういいから。友はもう『元』自殺志願者だ。もうあんなことはしないさ」


「わかりました、姫様」


 今度はアリスに向けて丁重にお辞儀した。

 再度アリスに問う。


「あ、アリス……おまえが話したのか? 僕の自殺の事を……」


「いや違う。メグミにはあのとき、キミを助ける手伝いをしてもらったのだよ。さすがにボク一人では、キミを海から引きあげるのは無理だったからね」


「そ、そうか……メグミさんも僕のことを……。本当に僕は自殺することで、周りに迷惑をかけていたんだな……」


 意気消沈する僕の肩を叩く。


「気にするな、友。悪いと思うなら、キミはこれから前を見て生きていくべきだな」


「そうだな……」 (たまには良いことを……)


「そして、ボクを《欲情対象》として見て生きていくんだぁ♡」


「…………」


 身をくねらせるバカを置いて一人で部室に向かう。


「冗談だよ~友ぉ〜」


 後ろからバカの嘆き声が聞こえてきたが完全無視。

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