第17話 恥ずかしいじゃん
チャイムが鳴り、三時限目の授業が終了する。
僕はアリスを呼び出し、屋上に来ていた。
屋上には 僕たち以外誰もいない。いたのだが、僕たちがきたとたん みんなそそくさと出ていってしまった。
どうやらアリスが朝言った、『普通に扱ってほしい』という発言が尾ひれがついて学校中に広まり、『万が一にも、大統領を不快にさせたら、遠くからスナイパーにより射殺される』とか、『近付いたら、大統領の権力を使い、二度と日の目を見ることができなくなる』とか、そんな噂に誇張されているらしい。だから僕たちに誰も近づこうとはしない。
(そりゃそうだろうな。一般人には 大統領の存在はデカすぎる。変な曲解をされてもしょうがないよな……)
普通に扱ってほしいとアリスは言ったが、この状況はアリスが望んだものなのだろうか?
僕は静かな生活を好むが、コイツはそうとは思えない。
(まあ、あの発言は普通に考えれば、僕のために言ってくれた事なのだろうけど……)
もちろん感謝などしない。恨みでかえす、この猫アマァに。
アリスは屋上の手すりに寄りかかり、優雅に微笑んだ。
「やあ、友。こんなところにボクを呼び出して何の用だい?」
「さっきの答えを聞かせろよ。なんでここに転校してきた? 本当の理由はなんだ? 言いたくないが、僕はおまえのおかげで救われた。もう自殺する気なんてまったくねーよ。おまえの役目は終わったはずだろ?」
「さっき言ったとおりだよ。これからの人生を、友と一緒に一生 生きていきたい……ただ それだけなんだけどね……友は疑い深いなぁ。それに、役目が終わったってなんだい? それはキミが決めることじゃない。ボクが決めることだよ」
不敵な態度のアリスを、無言でにらむ。
「あははっ! そんなに怖い顔をしないでくれよ。それに褒めてほしいな。キミはボクのおかげで、望んでいたヒーローになれたのだから」
「僕はヒーローなんかじゃない! おまえにヒーローに仕立て上げられた タダの道化だ!」
「道化でもヒーローはヒーローさ。それに、ボクはあの屋上でキミに救われた……それは事実だよ」
「何を救ったんだ? 僕は一体、おまえの何を救ったっていうんだ?」
アレは、僕を自殺志願者から脱却させるための自作自演かと思っていたけど、まだ何か裏があるのか?
「それは言えない。アメリアの国防に関わる重大な秘密だからね。内容は言えないが、救われたのは事実だよ」
「嘘つけ!」
「ふふふっ、そんな怖い顔しないで。ほら、笑った笑った。君はもう、ボクを救った世界的ヒーローなのだから」
「ヒーローになりたいとは言ったが、もっと小規模で地味なヒーローでよかったんだよ。こんな世界的ヒーローになりたかったわけじゃあない!」
「やれやれ。自分勝手だな、友は。よく自己中と言われないかい?」
「プレゼントするよ、その『言葉』!」
「ありがとう」
(自覚してるし! 褒め言葉になってるし! 最悪だ……!)
「……実際、僕はおまえを救ってないし、救われたのは僕の方だろう? 全部ねつ造じゃねーか。そんなんでヒーローになっても全然嬉しくねェーよ」
ねつ造じゃなくても、目立つのは嫌いだしな。
「友よ。世の中のヒーローは、だいたいそんな誰かのねつ造か裏工作でなった者ばかりだよ」
「そうだとしても、僕は納得できない!」
「頭が固いな……友は。まあ、そんなところも嫌いじゃないけどね。それにねつ造ではなくて事実だよ。キミはボクを救った。端から見れば そうは見えないかもしれないが、ボクはあのとき屋上で君に救われたんだ。キミが、ずっと死ぬまで友達でいよう……そう言ってくれた時、ボクは死ぬほど嬉しかったんだ。これは嘘偽りのない事実だよ。この大統領がいうんだ、信じたまえ」
「な、なんで、そんなに上から目線なんだよ?」
「仕方ない。世界のトップだからね」
「おまえに言われると、強制的に仕方ないって思わされるのがムカつくな。おまえと話してると疲れるぜ……」
精神的疲労により うなだれる僕の目の前で、アリスは両手で揉む仕草をした。
「じゃあ、肩でも揉んであげよう。世界トップからの揉みだよ、感謝したまえ」
「いらんっ! ってか、謝罪しろ! こんな事に巻き込んだことに対して!」
「謝罪はしない。テロリストからの要求は、一切飲まないお国柄でね」
さすが、アメリア。
頼むから逮捕されてくれねーかな、こいつ?
海外のドラマや映画じゃ、よく大統領が逮捕されているし可能だろう。
お願いしますっ、FBIさん!
「そうだ、友よ。謝罪のかわりに、あのとき君が屋上で言ってくれた『台詞』を 録音したテープを聞かせてあげようか。せっかくだし、世界中に生で流してもいいかい?」
「 やめろおおおおおおおッ! あんなこっ恥ずかしい台詞を世界中にまき散らすなァー!」
耳を押さえて屈みこむ。
「アレは熱にうなされて、メチャクチャなことを言っただけだァ! 僕にとってあれは黒歴史だ! 思い出せるなァ――ッ!」
悶え苦しむ僕を、笑顔で見降ろしていやがる。
悪魔だ、コイツ!
「ひどいなぁー、あれはボクにとって 白歴史に他ならないのに。あのときボクは 生まれて初めて救われた……そう感じたのに……」
「嘘つけ!」
「本当さ。キミの言葉は嬉しかった、感動した。キミしかいない、ボクの一生の友は。もう離さない……そう思った」
無邪気な笑顔で言われて顔を赤くする。
「あ、あっそ……」
「まあ、色々騙したことについては悪いと思っているよ。でもあれは、ボクにとってもキミにとっても必要なことだったのだよ」
「必要? おまえのせいで、僕が世界的ヒーローにされたことがか?」
「う~ん……それもかな。それに、君にとってヒーローになっても、なんの害もないはずだろ?」
「ありまくりだよ! 実生活がメチャクチャだよ!」
「ん? よくわからないな。友の言っている意味が?」
不思議そうに首をかしげている。
「ぐっ……。おまえのようになァ、生まつき目立つことに慣れた奴はいいけどなァ、僕みたいに地味で暗い人生を送ってきた奴には、こういう光輝く人生なんてまぶしくて生きづらいだけなんだよ!」
「ふふふっ。じゃあ『自殺』すればいい。あの時のようにね」
「なッ!」
「なーんてね。キミにはもう、そんな気持ちはこれポッチもないんだろ? このボクのおかげでね、ふふふっ」
「な、失くしちゃ悪いのかよ?」
「いやいや、良いことだよ。ボクにとってはね。キミは初めてにして、ボクが本気で一生の友でいたいと思った人物だからね。キミが死ねばボクはとても悲しい……死ぬほどね。だからキミには、自殺する気持ちなんてこれぽっちも持ってほしくない」
じっと見つめられ、心臓がドキンと鳴った。
こいつが言ったことは、すべて本音なのだろう。
僕にはわかる。コイツと同じ気持ちだから。
もしアリスが死ねば、僕もとても悲しい。
「チッ……わかったよ。おまえに言われっぱなしじゃあ癪だからな。僕もおまえに対して本音を言ってやるよ」
「本当かい、友!」
「ああ……言うぞ」
表情をぱぁーと明るくさせるアリスを前に、深呼吸をして、『別に言わなくてもいいじゃないか? 』という疑念を押しのけて告げる。
「あ、ありがとう、アリス……。お、おまえのおかげで、僕はこうして生きている……。だ、だからずっと……その……僕の友達でいてほしい……頼む…………クソがッ!」
言い切り、ゆでタコのようになっていく。
風邪でうなされていた時ならいざしらず、素の状態でこれを言うのはかなり恥ずかしい。
恍惚な表情でアリスはうっとりとした。
「ああ……いいねぇ……こういうのぉ……。初めてだよ、こんな嬉しい気持ち……。ボクにとってキミは、『世界一のフレンド』だよ」
アリスの『言葉』に反応して、照れ隠しのように言葉を紡ぐ。
「そ、それでおまえは、なんでわざわざここに転入してきたんだ? ほ、本当に、僕と一緒に 学生生活を送りたくてなのか?」
「くどいねぇ。それ以外の理由でここにくる理由など皆無だよ」
(……だろうな)
「友達なら 別に一緒いなくてもいいだろ? 離れてたっていいじゃあねーか」
「ふっ、友は日本的考え方だね。離れていても 心は繋がっているか。その考えも嫌いじゃないけど、ボクは違う、よく張りなんだ。ボクは大切な友とはひと時も離れたくない、それがボクなんだ。だからずっと一緒にいよう、友……死ぬまで。あの時、キミが言ってくれたようにね」
「し、死ぬまでって……いいのか? 僕はあまり長くないぞ」
真剣な表情に変わり。
「それでもいいって思っているから ここにいるんだ。生半可な覚悟で、キミの病気を知ってここにいる訳じゃない」
まっすぐな瞳が心を嬉しさで満たしていく。
「は、恥ずかしげもなく……く、臭い台詞を……」 (マジ恥ずかしい……)
「口に出さないとわからないだろ? 友の場合は特にね」
愛嬌のあるウインクに心が揺さぶられる。
「……もう一度いうぜ。僕はもうすぐ死ぬぞ」
「ボクだっていつか死ぬ。だったら友よ、奇跡的、偶然的に出会えたこの出会いを、最後まで完結させようじゃないか」
「バッドエンドしか残ってないぜ?」
「かまわない。キミには、最後はボクを想ったまま死んでもらいたい――ボクに会えてよかったと 心に想いね。ボクにとってはそれだけで十分ハッピーエンドさ。それに、君はあのとき屋上でボクに言ったよね? どんな終わりを迎えるかは、精一杯生きて、死ぬ時になってしかわからないって。そして一緒に生きて、最後はこの世界に生まれてよかった……そう思えるようにしようって」
「……ああ……たぶんな……忘れた……」 (嘘だけど……)
「ボクは死ぬときは、ハッピーでも バッドでも トゥルーでもかまわないけど、その最後の答えは、友と一緒に生きて出したい。そしてできれば、最後はこの世界に存在してよかった……君という友に出会えてよかった……そう思ってボクは笑顔で死にたい……」
「…………」 (この猫は、本当に恥ずかしいことを言う……嬉しいことを言う……僕には言えないこと言う……まったく……)
「そしてキミにも死ぬ時は、ボクという存在を心に想って死んでもらいたい……ダメかな?」
憂う表情でアリスは手を前に差し出した。
そっぽを向き――
「決めかねる……だが、友達くらいにはなってやるよ……」
手をぎゅっと握った。
アリスは妖艶に笑い。
「友……。ボクは君とは……『友達以上の関係』になりたいと思っている」
「なっ! そ、それって……」
動揺する僕の赤い顔をのぞき込む。
「それ以上の想像は、友にまかせるよ……うふふっ」
(こ、こいつゥ……)
いやらしい手つきで頬を撫でる。
「顔が赤いよ。ボクのせいだね、ゴメンねっ」
可愛いく舌をぺろっと出した。
(いつかぶっ飛ばす!)
と思うが、顔を真っ赤にしている僕に説得力は皆無である。
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