第16話 偽り英雄


 僕たちのやりとりに担任の燐子先生が驚愕する。


「ええェェ―――ッ! ま、真帆世君……この御方とお知り合いなのですか?」


「この御方……?」


 偉い人物なのか? 猫なのに?


「しっ、知らないのですか? この御方は、アメリア大統領の、アリス・ハートさんですよっ!」


「 だッ、大統領ォォォォォッ! 」


 猫 + 大統領のコンボで驚愕しまくってしまう。

 反則すぎる。

 宇宙人が核ミサイルを使うようなものだ。

 僕の立場で驚かない者など、この宇宙には存在しないだろう。


 猫の中身である大統領アリスは、教壇から一歩前に 踏み出し――


「ボクはアリス・ハート。いちおうアメリアで大統領をやってます。これからよろしくね、みなさん」


 美しい笑顔でウインクした。

 クラス中がざわめき出す。


『た、たしか……アメリアの大統領って……今は政治を副大統領にまかせて、学生をやっているっていう……あの?』

『総理大臣の孫じゃなかったんだ……』

『それが、なんでこんな学校に?』

『でも綺麗な人よねー』

『そりゃそうだぜ。たしか、世界の美女トップ10に入っていたはず』

『もしかして、うちに転校してきたのって、真帆世くんに関係していることなのかな?』

『知り合いみたいだしな』

『ボクっ子か……かわいい』


 クラス中でアリスに関する雑談が巻き起こるなか、僕はというとさきほどからその場で立ちつくし、猫の中身である大統領アリスをじっと凝視していた。

 アリスも不敵に微笑み、僕をじっと見ていた。


(い、一体、どうなっているんだ? ね、猫が……大統領……?)


 真実が衝撃的すぎて頭がおかしくなってしまいそうだ。

ざわざわと雑音が響くなか、教壇の上のアリスがさらに一歩 前に踏み出し――


「みなさん、静粛にしてください!」


 本来なら先生が言うはずの言葉を言い放った。


 透き通った綺麗な声が教室中に響き渡り、みんなの雑談がピタリと止まる。

 

「じつは先日、ボクはある日本人に命を助けられました。その人と一緒にこれからの人生を歩みたい……そう思い、ここに来ました」


(逆だろ! 助けられたのは僕だ!)


「ある日本人とは……いまそこに立っている、『真帆世 海斗』君です」


 敬意を示すように、手を向けてきた。


「ありがとう、友。キミのおかげでボクは、いまこうして生きている。ボクはキミを一生の友として、これからの人生を一緒に一生 歩んでいきたい」


 発言と同時に、クラス中が しーんと静まり返り、呆然とする僕にクラス中の視線が集まった。


「ううぅっ……」 (な、なんだこれは? 新手のドッキリか? これじゃあまるで、僕が世界的ヒーローになったみたいじゃあないか?)


 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ


 クラス中から拍手が巻き起こった。

 それは、世界の権力者を救った僕への賛美の拍手だろう。

 拍手する者たちの中には、教壇の上に立つ大統領アリスも含まれていた。

 そして賛美は、拍手から歓声へと変わる。


「スゲェーよ! 真帆世! 大統領の命を救っちまうなんて、スゲェーよ!」

「俺は、真帆世はいつかやる男だと思っていたね!」

「すごいわ、真帆世君。無口で無愛想で暗い人かと思っていたけど、実は凄い人だったのね!」

「ヒーローみたいな奴だぜ、おまえはよ!」

「あとでサイン頂戴ね」

「おまえはこのクラスの英雄だぜ!」

「違うわ! 日本のよ」

「いや違うって、世界の英雄よ!」


 クラス中からやってもいない事への称賛を受けて、僕はただ茫然と立ち尽くすことしかできなかった。


「あっ、あっ、あっ……」 (な、なんだコレは? いわれのない事実で、世界的ヒーローになっちまったぞ? 助けられたのは僕なのに……。ヒーローはあいつなのに……)


 まるで化け猫に化かされた気分である。

 教壇の上のアリスは『ニヤニヤ』と笑っていた。

 ――ぐぬぬっ。

 あの猫はまったく変わっていなかった。いくら外見は猫じゃなくても、あのムカつく性格に変わりはなかった。


(あ、あの、クソ猫アマァ……!)


 アリスに対する怒りに震え、この状況に絶望したが、前の僕ならこんな状況に対して、『死にてぇー』とかつぶやいたはず。けれど不思議とそんな感情は湧いてこず、代わりに湧いてきたのはアリスへの怒りの感情のみだった。


 皮肉なことに、アリスにハメられたことにより、僕は以前とは変わったということを強く認識できてしまったのだ。


「 に ゃ あ――っ 」


 アリスが突然、猫の声で鳴いた。

 いままで僕に称賛を送っていたみんなは静まり返り、教壇の上の大統領アリスに注目が集まった。

 

「みなさん、聞いてください。ボクはとてつもなく凄い人物ですが、ボクは彼とこの学校で『普通の学生生活』を送りたいと思っています。ですのでみなさん、あまりボクたちの事をとてつもなく凄い人物だと思わず、普通の学生として接してください、お願いします」


 みんなに向かって深く頭を下げた。


(じ、自分で、とてもつもなく凄い人物とか言うなよ……。普通に過ごしたいっていうのは全面的に同意だが、おまえの言い方がすでに普通じゃないし。普通がいいならせめて身分を隠してこいよ。確信犯だろ、確実に……)


 アリスの発言を受け、クラス中がどよめいたが、すぐに静まり返った。


 それはそうだろう。普通の学生が、たとえ世襲で大統領になったとはいえ、世界トップの発言に逆らえるわけがない。


(まあ、この発言が広まれば、僕へのあからさまな賛美も減ると思うけど……)


 燐子先生は、みんはに言い聞かせる。


「み、みんなぁーわかりましたねぇー! アリスさんと真帆世くんのことは、これからは普通の学生として接するようにしましょうねー! わかりましたねー!」


『はーい』と、クラス中から一斉に返事が返ってきた。

 アリスは満足しきった顔で微笑んだ。


「ありがとう、みなさん。ボクの、この大統領の言い分を聞いていただき、本当にありがとう」


(いちいち、大統領って誇張すんな! それじゃあ全然、普通に扱ってもらう態度じゃねェーだろ! あれか? 他人からは普通に接してもらいたいけど、自分からは一切 普通に振る舞うつもりはありませーんってことか? さすがアメリア人。偏見で言わせてもらうが、自己中心的なヤツばかりだよ!)


 アリスにあきれ、立ち尽くす気力もなくなり、席にもたれかかるように腰を降ろした。


「え、え――とぉー……じゃあ、アリスさんの席は……」


 先生が空いている席を探していると、横にいるアリスは手を上げた。


「先生。ボクは命で恩人で、一生の友と誓いあった、【世界的ヒーローである真帆世 海斗君】の隣でガマンします」


「 ぶふぅゥゥゥ――――ッ! 」 


 全力で噴き出した。


(だ、誰が世界的ヒーローだ! つーか、どこが我慢してんだ? カケラもしてねェじゃねーか! 権力の乱用だ、断固拒否するべきだ! というか、僕の隣はもう埋まってるしな)


 アリスの発言を受け、先生はオドオドしながらも言うべきことを言う。


「あ、あの……で、でも……真帆世くんの隣の席はもう……」


(よく言った先生! 大統領に抵抗するなんて、さすが30までになっても結婚できないことだけはある!)


 まったく関係ない。

 ちなみに燐子先生は、『あたしは30までに 結婚ができなかったら、女を捨てて一生 金八先生のように、生徒のために生きていきます!』とか言っていたけど、それがいまこの場で発揮されたようだ。


 金八先生ならここで絶対に権力には屈しないだろうから。

 だがアリスは、その覚悟をゴミ箱に捨てるように無視した。


「じゃあその人を、他にどかしてくれますか?」


「えっ……あ、はい……わかりました、大統領」


(先生ェェェ―――――――ッ!)


 どうやら金八先生にはなれなかったようだ。いいところ金三先生といったところか。


(まあ、頑張ったほうだけどな……)


 僕の隣のヤツは小さく『やったー』とつぶやき、すぐに他の席に移った。

 おそらく大統領と何かしら関われたことが嬉しかったのだろう。けれど中身の性格を知ればそうは思うまい。猫かぶっているからな、アイツ。いや、かぶってないか、今は。 


 もしあいつが、猫のきぐるみを着て教壇の上に現れたら、みんなはどう思うだろうか?

 凄いとか、偉いとか思わないだろうな。いや、逆に絶賛しそうで怖い。


 大統領であるのアリスが教壇の上から、僕の席の方に近付いてきた。

 そして僕の隣に座り、僕に向かって『ニャ』と猫のポーズをした。


(あ、頭いてェ…………)


 全力で頭を抱え、机にうずくまる。

 精神的疲労に打ちのめされている僕に、アリスが机を付けて話しかけてきた。


「ふふふっ、どうしたんだい、友? ボクに会えたことが、そんなに嬉しかったのかい?」


「逆だ。おまえ何しにきた? なんで わざわざここに転校してきた」


「それは教壇で言ったことがすべてさ」


「嘘つけ! 絶対何か裏があるだろう?」


「そんなことより、友。ヒーローになれた気分はどうだい?」


「……最悪だ……」


 勝手にヒーローにされて、勝手に祭上げられる。

 ヒーローの大変さを知った。


 窓の外を見ると、空は明るく光輝いていた。だが僕の心はどんよりと曇っていた


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