第14話 ラストヒーロー

 神奈川第4病院――。

 個室のベッドで、『真帆世 海斗』は目を覚ました。


「ううっ……こ、ここは……?」


 ――僕が目を開くと白い天井が広がっていた。

 あの猫の中身が言っていたとおり、あのヘリで病院に運ばれてきたようだ。


「おーっ! 起きた起きた! 起きたじゃん!」


 横から聞き覚えのある、うるさい声が聞こえてきた。


(この声は、ルカ?)


「起きましたよ、茜さん」


(この声は、ルンちゃん?)


 目を覚ました僕を覗きこむように、側にはルカとルンちゃんの姉妹がいた。


(何故に??)


 困惑する僕の視線の先には、顔見知りの友人2人と、妹 静香、涙ぐむ母さんの姿があった。


「まったく……この子は……心配させてぇ……」


 涙ぐみ母さんは、僕のおでこに軽くデコピンした。


 ベッドの横に、僕のよく知る人物が4人もいた。

 窓の外を見るといまは夜中のようだ。


「……僕は……一体?」


 横になったままの聞くと、母さんが答えてくれた。


「あんたがいきなり倒れたって、猫ちゃんから連絡がきたのよ。それで病院にいるからって」


「そっか……でも、なんでルカとルンちゃんも?」


 2人の方を見ると、ルカはにやっと笑い。


「いやぁー……昨日 あたしの家で遊んだでしょ。だから今日は あんたの家で遊ぼうと思ってさ。ルンと一緒に行ったら、茜さんと静香ちゃんがあわてて出かける準備をしてたから、理由を聞いてついてきちゃったってわけ」


「……そうか……ありがとう……」


 何気なく口から感謝の言葉がこぼれてしまった。

 ルカは ぎょっと表情をこわ張らせる。


「あ、あんた……本当に大丈夫? あんたがそんなマジな顔で 素直にお礼を言うなんて……とうとう あたしに惚れたか?」


「惚れるか、バカッ! な、なんとなくだよ……なんとなく……そのぉ……みんなが、僕のことを心配し来てくれて……なんか……生きてるって、いいなって思ってさ……」


 口ごもり赤面してしまう。

 あまりにも似合わない言葉すぎて、自分でも『誰だよ、こいつ?』という 心のツッコミが入る。


 ベッドの横にいる4人は顔を合わせ、不思議そうな顔を浮かべていた。

 気持ちはわかる。僕も気持悪い。


 母さんが心配そうに、僕の顔をのぞき込む。


「海斗……。あんた、母さんに黙って何か『悪い物』でも食べたの?」


 心当たりがある。

 とびっきりの――


「ああ……とびっきりの、まずい『猫飯』を……」


「猫飯?」


 母さんはキョトンと首をかしげた。

 ルンちゃんが、ベッドで寝ている僕の手をぎゅっと握り。


「でもよかったぉ……お兄ちゃん……心配したんだよぉ……」


 涙ぐむ彼女に罪悪感を覚えて頭を下げる。


「ご、ごめん……」


 にっこりと笑いルンちゃんは、隣にいる友人である妹 静香に視線を移す。


「静香もね、心配してたんだよ、お兄ちゃんのこと」


 チラリと見ると照れた顔をそむけた。


「べ、別にわたしは、お兄ちゃんのことなんて心配してないんだからねっ」


「もう素直じゃないなぁー静香はぁ」


 にこにこ顔でルンちゃんは、静香の横腹をひじでぐりぐりした。


「う、うるさいなぁー……もう……ルンはぁ……」


 普段見ない妹の照れ顔。

 さすが仲がいい友人同士。

 この子がいればきっと静香は闇には落ちることはないだろう。

 いや、もう落ちてるか——腐界に――。


(まったく……僕は、みんなに心配かけまくりだな……)


 フラフラの体を起こして、みんなに頭を下げる。


「みんなぁ……本当にゴメン。心配かけたみたいで……」 (ホント……今日の僕は謝ってばかりだな……。きっと、勝手に自殺したこともふくめて謝っているんだろうな)


 そのときルンちゃんが、僕のおでこに、自身のおでこをコツンと当ててきた。


「なァ! る、ルンちゃんっ!」


 動揺する僕と、ルンちゃんは超至近距離で見つめ合う。


「お兄ちゃん……さっきから何か変だよ? 顔も赤いし……まだ熱があるよ……ほうら、やっぱりね」


 真剣な表情でルンちゃんは、おでこの熱を確かめたあと、他の3人もどれどれと言い、順々に当てていく。


(ま、まったく……子供じゃないんだぞ。恥ずかしすぎるぅ……)


おそらく風邪の熱ではなく気恥かしさの熱だろう。


「あらあら、まだまだ熱がありそうね、海斗。それじゃあ心配だから、今日はここに泊まっていくわね。布団とベッドは用意してもらうから」


「い、いいよ、母さん、恥ずかしいぃ。それに病院にも迷惑だろ?」


「大丈夫よ。この病院はあたしの知り合いが経営してるところだから」


「そ、そういう問題じゃなくて……」


 僕の開く口を黙らせるように、母さんが人差し指を唇に当ててきた。


「はいはい。病人は黙って、心配してくれる人の言うことを聞きなさい」


「わ、わかったよ……」


 こういうことも大事だと、自殺と猫を通じて僕は学んだ。


(そういえば……!)


 この場にアイツがいないことに気づき、キョロキョロと病室内を見渡した。

 母さんがその行為に気づいたようで。


「そういえば猫ちゃんから、あなた宛てに『伝言』を預かっているわよ」


(アリスから?)


「『遠くにいくことになったニャ。もう会うことはないニャ。さよならニャ、ご主人様』だって……寂しくなるわね?」


「ああ……」 (やっぱり、そうか……)


 あいつは一体 何者だったのだろう? 

 僕の前に現れ、僕を助け、僕の心まで救い 変えてくれた、あの猫は、一体何者だったのだろう? 


 考えれば考えるほど疑問が湧いてくる。

 けど、あいつのおかげで僕は『死ぬまで生きてみよう』そう思えるようになった。


 変われたのだ。

 自殺志願者から『ヒーロー』とまではいかないが、ただの凡人に――。

 

 だからあいつには、どうしても言いたい言葉があった。

 それは――


『ありがとう』


 たった一言感謝の気持ち――。


「猫って誰ですか、茜さん?」


 母さんとの会話を聞いていたルカが聞いてきた。


「ん? この子の命の恩人かな。そうでしょ、海斗?」


「ああ……とびっきりの……」


 そう、とびっきりの――――


『僕のヒーローだ!』


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