第11話 きぐるみ


「ご主人様ぁ? なんで服を着て入っているニャ? これじゃあヒーロー同士の裸の付き合いができないニャ」


「お前よりは裸だよ、マジで!」


 猫と向き合ったまま、浴槽に入った。


 お互い、服(きぐるみ)を着たままで。


(しゅ、シュールすぎるぞ……この状況……)


 猫のきぐるみを着た女と、服を着た男が同時に浴槽に入っているのだ。未知の遭遇。ある意味、風呂に入る意味があるのか?って感じである。


「この状況、シュールすぎるニャー。カメラで録画して、ネットにアップしていいかニャ?」


「やめろォォォ――ッ! こんなシュールすぎる光景ェ吐き気がするわッ!」


 イカれてる。ある意味 名場面。記憶絶対に残したくない珍映像。


「別に損するわけじゃないニャ」


「損しないのは、おまえだけだろ! 僕だけ匿名性ゼロじゃないか!」


「猫もニャ」


「お前は匿名性生物だろっ!」


 きぐるみ着やがって。


 そのまましばらく、猫と向き合ったまま浴槽に入り続けた。


「~~~~~~〜〜ッ」


 シュールすぎる状況と沈黙に耐えられなくなり、話しかける。


「で? ね、猫。おまえはなんで、きぐるみ着たまま風呂に入ってんだ?」


「さっきも言ったニャ。ご主人様と裸の付き合いをするためニャ」


「じゃあ脱げよ!」


「じゃあ脱ぐニャ」


 猫は首回りチャックに手をかけ、きぐるみを脱ごうとした。

 

「ま、待てまてまてッ! な、脱ぐな、猫ッ!」


 なぜ止めたかというと、猫のきぐるみの中身が、下着姿だったことを思い出したからだ。


(こ、こんな所で、下着姿になられてたまるか……!)


 風呂場できぐるみより全然マシだが、僕にとっては全然マシじゃあない。


「あー、わかったニャー。ご主人様は、猫の裸に【欲情】してしまったんニャね?」


「きぐるみに欲情するかよっ!」 (どんな『変態ヒーロー』だよ、僕は?)


「もしかしてご主人様は、きぐるみ系 獣姦好きとかかニャ?」


「そんなコトをするくらいなら、僕は死ぬねっ!」


「だけどニャ、ご主人様ぁ。きぐるみっぽいモンスターが好きな、マニアックな獣姦好きは一定の支持層があって、世界でも結構ポピュラーなジャンルニャ」


「やめろォ、聞きたくない! これ以上 僕が救いたい世界を汚すな! ヒーローになりたくなくなるだろ!」


「ご主人様。人一人救おうとするだけで世界的ヒーロー気取りかニャ?」


「うるせェーバカっ! 人一人の世界を救うんだ、小さいも大きいもねェーだろ! それに僕は小ヒーローでいいんだよ!」


「でも安心したニャ。ヒーローになる気にニャってるみたいで」


「おまえがそう誘導したんだろ? まあ、最終的に決めたのは僕だがな。だからやってやるよ! この短い命をすべて燃やしつくしてな!」


 まったく、今日の僕は恥ずかしい台詞がポンポンと出てくるな。

 猫が言うように、本気で世界的ヒーローなった気になっているのかもしれない。


「その発言……命を捨てる発言、というわけではなさそうだニャ?」


「ああ、逆だ。生きるための発言だ。あきらめないための発言だ。そいつを救って僕は救われたい。ヒーローになって僕は変わりたい。こんな考えは浅はかか、猫? ヒーローになれれば、この病気の恐怖を克服できる気がするんだ」


「人間、みんな浅はかニャ。斜に構えて何もしないよりはカッコいいと思うニャ」


「そうかい。だが結局、自分のためにやるんだ。自分が変わりたいから、自分が救われたいから。間違ってるか、猫?」


「間違ってないニャ。ヒーローだって誰かの『笑顔』のためにやっているニャ。それと一緒ニャ」


「笑顔が……報酬か……」


 安いけど、いまの僕にとっては どんなモノより価値がありそうだ。


「きっと、その者を救った時、ご主人様が得られるモノは、金銀財宝より価値がある報酬になりうるニャ。それに、自分のためにやったとしても、救われた者はそんなこと気にしないニャ。ただ、救ってもらったことに感謝するだけニャ」


「そうかな? そうであってほしいな」


「さあ、そろそろ猫は消えるニャ。もう会うことはニャいだろうけど、がんばってニャ、ご主人様」


「ああ……さよならだ、猫。行ってくる!」


 決意を胸に浴槽から立ち上がり、風呂場から一歩出た。 


 最後に猫が、僕の背中に言葉をかける。


「いってらっしゃいニャ、ご主人様」


 猫に送りだされ、風呂場を後にした。

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