第7話 猫の正体


 暗い深夜の夜道を、夜空を見上げながら家路につく。

 満天の星空が輝いていた。


(星を見るなんて……ひさしぶりだな……。こんなに綺麗だなんてえ……)


 瞳から涙が ツ――っとこぼれる。

 それがなんの意味を表すモノなのかわからないけど、僕にはもう感傷に浸っている暇はないんだ。


『 自殺 』 『 死 』 『 家族の幸福 』


 それ以外 考える必要はないのだから。


 そういえば、あの猫はまだ家にいるのだろうか?

 僕の部屋で寝ている可能性はあるけど――まあ、どっちでもいいか。どうせ僕は明日死ぬのだから。今度は邪魔されないようにしないとな。もし あいつが部屋にいれば好都合。あいつの行動を逐一観察できるしな。向こうも観察してくるだろうけど、それを踏まえたうえで行動すれば、自殺も容易にできるだろう。今度は絶対に助けられるわけにはいかない、確実に死んでみせる。そうだ、あしたは飛び降り自殺にしよう。そうすれば猫も助けられないはず。うまく事故死に見せかけないとな。船から飛び降りた自殺計画のように、コンビニで酒を買い、酔っ払ったふりをして廃ビルから飛び降りれば、警察もバカな学生が酒の勢いで飛び降りた、そう判断するだろう。猫も僕が自殺したことは、家族には言わないはず。だってあいつは良い奴だ。それだけはなんとなく分かった。


 いまさらながら思うが、何故あのとき僕は、海の中で猫の手を握ってしまったのだろう? きっと無意識だ。

 誰だってあの状況ならなんとなく握ってしまうものだ。

 だが、無意識ということは、もしかして本当は――やめよう。


『死の運命』が決定し、それが覆せないのら 考える意味がない。


【 死ぬ人間が、生きることなんて考えちゃダメだ 】


 心に言い聞かせ、暗い夜道を歩いていく。


     ◆◆


 満天の星空をながめて歩き、家にたどり着いたのは深夜0時を回っていた。


 目の前にある自分の家を見つめた。


(家は真っ暗だな……。それはそうか、こんな時間なんだ、母さん達も もう寝ているはず。僕を待って起きている可能性もあったけど……よかった……それはなさそうだ)


 ほっと安堵した。

 こんな気持ちで もし母さん達と会ってしまったら、僕の死にたい気持ちが揺らいでしまうかもしれない。

 それだけはダメだ。それだけは絶対に嫌だ。


 僕はもう死ぬのだ。だったら心安らかに逝きたい。

 それが僕に残された唯一の救いなのだから。


 持っていた鍵でドアを開け、2人を起こさないように階段を上がる。

 部屋の前で足を止め、自室のドアに触れた。


(ここで寝るのも……今日で最後か……)


 センチメンタルな気持ちにひたりながら、いままで過ごしてきた部屋を見つめていると、ドアのスキマから光が漏れていることに気付く。


(光……。ということは猫はいて、起きている。電気を付けたまま寝ている可能性もあるけど、いると分かればそれでいい。寝ていようが起きてようが、僕は今日この部屋で、猫と一緒に過ごすことになるのだから。でも、自殺を邪魔した命の恩人と、最後の一夜を一緒に過ごすか……くくくっ、笑える……だが、悪くない。なんだかんだあったが僕は、あの猫のことは嫌いにはなれないしな)


 昔 あこがれた、戦隊モノのヒーローに似ている――そんな気がするから。


 僕の人生は、本当の親に捨てられた事と、死の病気以外、まったく特別な事はなかった。


 だからこんなアホなイベントでも、それを体験させてくれた猫には恨みもあるが、心のどこかで感謝もしていた。


 達観した気持ちになりながら、ドアノブを掴み、回した。


 開けた先に どんな光景があろうと驚かない――そう覚悟を決めて ドアを押し込んだ。


 たとえ猫にメチャメチャに荒らされた部屋があったとしても、まったく動じないだろう。


 開けたそこには、猫はいなかった。いや、正確には違う。


 いたが、【猫のきぐるみの頭の部分だけをかぶった、《下着姿の女》】がいた。


 しかも、猫の中身とは思えないほどスタイルがよく、グラマーでモデルのようだった。


(なっ! ね、猫の中身は……男じゃなく、【女】!)


 僕は『どんなことがあろうと驚かない』と覚悟を決めていたのだが、さすがにこの状況には度肝を抜かれてしまう。


 猫のきぐるみの頭の部分だけをかぶった《下着姿の女》が、僕の方を見る。そして自身の体を両手で覆い隠し。


「いにゃ~ん、ご主人様ぁ! 着替え中の猫の裸を凝視してぇー……エッチニャ!」


「すっ、すまんッ!」


 全力で頭を下げて部屋のドアを閉めた。


「はあ、はあ、はあ……」


 息を切らせてドアに寄りかかる。


(あ、あの猫野郎……女だったのか? クソッ……なにがエッチだ! どんなにスタイルがよくても、あんなんかぶった女に欲情できるか! というか、人として見れるか! それに、ここは僕の部屋じゃないか。僕の部屋で勝手に着替えていたなら、覗かれてもしょうがないだろ)


 心臓がバクバクとして張り裂けそうだ。


(それにしても……初めて見た……下着姿の女。顔が猫のきぐるみの変態女だが………クソっ、人の部屋で勝手に着替えなんてしやがって。つーか、あの猫の中身、ずっと下着姿だったのか? くっ、自殺する前になんて妄想させやがる……あのクソ猫『娘』ッ!)


 野郎から、娘に変更することにした。


「ニャ~~~ご主人様。着替え終わったニャー、入っていいニャー」


 部屋の中から猫の陽気な声が聞こえてきた。


(チッ……ここは僕の部屋だよ)


 イラ立ち、自分の部屋だというのに恐る恐るゆっくり開けた。


 そこには、【猫のきぐるみの頭の部分をかぶった、《パジャマ姿の女》】がいた。


(着替えるって、パジャマだけかよ! 頭も取れよ! それに、そのパジャマどっから持ってきた? ドラえもんみたいにアレか?)


 猫はトスンっと、僕のベッドに座り――


「さあ、ご主人様、一緒に寝ようニャ」


 バンバンとベッドを叩いた。


「断る!」


「なんでニャ? 一緒に寝るために帰ってきたんじゃないのかニャ?」


「一人で寝るためだよ! 僕は一人で一階のソファーで寝るから、お前は僕のベットにでも勝手に寝てろ!」


 怒鳴り散らして赤面状態のまま部屋から出ようとした。


(あ、あんな下着姿を見せられて、恥ずかしくて一緒に寝れるか、このエロ猫娘めっ!)

「じゃ、じゃあな、猫」


 部屋を出てドアを閉めようとした時――


「ご主人様、一緒に寝ようニャ」


「断る!」


 猫はじ——っと僕を見つめ――


「一緒に寝てくれなきゃ、ご主人様が自殺したことを、【家族にバラす】ニャ」


「なァ! テメェェ――ッ! ご主人様とか言っておきながら、僕を脅す気か?」


「ニャ♪」


 可愛らしい にゃんこポーズにイラつきながら、ヤケクソのように吐き捨てる。


「わかったよ! 寝ればいいだろ、寝ればァ! 一緒に寝てやるよ、クソったれがッ!」


「襲ったりしないかニャ?」


「おまえに襲われるほうを僕は心配するねっ! じゃあ、おまえは僕のベッドで寝てろ! 僕は床で寝るから……!」


 猫はバンバンとベッドを叩いた。


(そ、それは、そこで一緒に寝ろ……という意味なのか?)


 顔をひくひくと引きつらせ――


「ま、マジかよ……」


 しぶしぶ、本当にしぶしぶ、猫と一緒のベッドに寝ることにした。

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