第5話 プレイプレイ


 姉妹に引きずられ、10分ほどで幸田家のマンション前に到着。


 幸田姉妹の部屋は、この7階立てのマンションの4階にある。

 僕たちは階段で4階に向かうことにした。


 何故エレベーターではなく、わざわざ階段なのかというと、エレベーターの扉に『故障中』と書いてある張り紙が貼ってあったからだ。 

 なのでやむなく階段で上がることにしたのだ。


 上がりながらルカに聞いた。


「なあ、このマンションどうなってんだ? マンションっていったら普通、エレベーターはすぐに直すもんだろ。7階に住んでいる人とかどうすんだ?」


 あははっとルカは笑い。


「大丈夫 大丈夫! ここ、4階より上は誰も住んでないからー」


「全然 大丈夫じゃねーだろ。よくそんなでこのマンションの経営が成り立つな? ここ高いのか?」


「いや、もの凄く安いよ」


「なら、なんで……」


 言いづらそうな表情でルンちゃんが、僕の服の袖を引っ張った。


「実はね……お兄ちゃん。このマンション……15年前に『幽霊騒ぎ』があって……誰もここに寄りつかないの……」


(まっ、マジっすか?)


「だから、うちの家族を含めて、ここには4組しか住んでないの……」


「あははっ! ここ、超いわくつきのマンションなのよねぇー!」


 ビビりまくりな僕とは反対に、ルカは笑いまくりである。


(ど、どうしようぉ……。ややや、やばい……。ほほほ、本気で帰りたくなってきたぁ……)


 情けない話し、僕はお化けが超苦手である。


 自殺志願者である僕が幽霊を怖がるのは変な話だが、怖いものは怖いのだからしょうがない。 


 震える僕の手をルンちゃんが優しく握り、耳元でそっと囁いた。


「大丈夫だよ……お兄ちゃん。ルンが、お兄ちゃんのこと守ってあげるから」


 彼女の笑顔はまるで聖母――。

 恐怖心が消え、勇気が湧いてきた。

 だが、涙がにじみ出る。


(し、死にてぇ……。死ぬ前に、妹の友人に手を握られて なぐさめられるなんてぇ……。情けなくて死にてぇ……)


 ショック状態のまま、ルンちゃんに手を握られたまま4階へと上がった。

      

       ◆◆


 4階の幸田家前に到着。

 玄関の上部を見ると、【封魔】と書かれている お札が貼ってあった。


(マジかァー! アレ、昔から何かの飾りかと思っていたけど、マジもんだったのか……。や、やばい……マジ怖いぃぃ……)


 全身をガタガタと震わせた。

 恐怖心に気づいてルンちゃんが、手を握る力を強めて、もう一度 耳元でそっと囁く。


「ルンがついてるから 大丈夫だよ、お兄ちゃん……」


 情けなさで本気で涙が出そうになった。


「お……おじゃまします……」


 若干涙を浮かべて幸田家に入り、靴を脱いでリビングに入った。

 一緒に入ったルカはキッチンに向かい、エプロンを着けた。これから料理を作るのだろう。


「そういえばルカ、おまえの家にくるのはひさしぶりだな? 2週間ぶりくらいか?」


「あーそういえばそうね。来たくなったらいつでも来ていいよー、鞭は用意してあるから」


「いや、そういう趣味はマジでないから」


「ある人ほどそう言うよねー?」


「ない人ほどそう言うんだ!」


 ルカは笑いながら冷蔵庫から食材を出していき、料理の準備を始めた。


「じゃあ、あたしは料理を作るから、カイトは妹と一緒にプレイしててぇー」

「ああ」

「SMプレイ」

「カードゲームだろ!」

「ま、どっちでもいいけどー」

「よくねェ――!」

「あははっ」

「ったく」


 いつもどうりのバカなやりとり終え、ルカは料理を作り、僕とルカちゃんはテーブルに座った。

 ルンちゃんの表情が若干残念そうに見えたのは気のせいという事にしておこう。


 ルカが言う《カードゲーム》というのは、いま全世界で流行っているカードゲーム【カードマイスター】の事だ。

 幸田姉妹はこのカードゲームにハマっており、大会とかにもよく出場しているのだ。だが さっぱり勝てず、優勝賞品目当てに僕も無理やりカードを渡されて大会に参加させられているのだ。


 どうやら 好きでもない僕のほうが才能があるらしく、何度か優勝してしまっている。

 優勝した賞品は興味がないので、すべて幸田姉妹にあげている。

 もちろんそのかわりに、ルカが毎日 学校の弁当を作ってきてくれるという条件付きでだが。


 ルカは料理だけはうまいし、食費も節約できるので、僕にとっては万々歳というところだ。それを死んだら食べられなくなるというのは ほんのちょっぴり残念な気もするがしょうがない。


 僕は自殺する運命にあるのだから。


 テーブルの正面に座るルンちゃんが身を乗り出し、僕の服の袖を引っ張った。


「お兄ちゃん、早くやろう」


「……ああ」


 幸田姉妹は大会優勝者の僕に教えをこいたいらしく、よくこうして幸田姉妹の家か、僕の家でカードゲームで対戦をしているのだ。


(死んだらもう、この2人ともできないんだろうな……)


 そう考えると少しセンチな気持ちになった。


(最後に、この2人とできたことに関しては、自殺を邪魔した猫に少しくらいは感謝してもいいかもな。死に前に、こういう雰囲気を味わわせてくれて……。そういえば今頃、母さん達と猫はどうしているんだろう? 母さん達も僕が家を飛び出したことで、猫を泊まらせない方向に考え直してくれればいいんだけど。まあ、考えても意味がないし、頭が痛くなるからやめよう……)


「お兄ちゃんどうしたの?」


 心配そうに、ボーっとしていた僕の顔を覗きこんでいた。


「いや……なんでもない……」 (もし、僕が死んだら……ルンちゃん……そしてルカは悲しむのだろうか? まあ、悲しむだろうな。ルカはどうでもいいが、ルンちゃんはいい子だ……できれば悲しませたくない。だが、だからといって、自殺をやめる気はまったくないが……)


 ルカが料理を作っている間、ルンちゃんとカードゲームを楽しんだ。


     ◆


「さあ、お兄ちゃんのターンだよ!」


 瞳を輝かせて僕のことを見つめていた。本当に楽しそうだった。そんな彼女を見ていて僕もなんだか楽しい気分になってきた。


 死を決意する前はそれほど感じなかったが、死を直前にして 前以上に感じるようになった。


 もしかしたら僕は、本当は死にたくないのかもしれない。けどそんな気持ちはどうでもいい。


 万が一そうだとしても僕の気持ちは何も変わることはないのだから。


(早く……死にてぇ……)


 心の中で二つのことを思う。


 一つは、最後に ここにこれてよかったという気持ち。     

 二つ目は、ここにこなければよかったという気持ち。


 相反する気持ちを人間が持つことはよくあることだけど、正解はどっちなんだろうな?

 ま、どっちだろうと答えが出ない問いに悩む気にもならないので思考を停止した。


 ルンちゃんと僕の対戦は、すべて僕が圧勝。7回戦目に突入していた。

 その途中でルカの料理が完成する。


「はーい、二人ともー! あたし超特製フルコース料理できたわよぉ!」


 機嫌よくクルクルと回り、おぼんに料理の皿を乗せて、テーブルに並べていった。


「へぇー……うまそうじゃん」


 素直な意見を言った。実際に超うまいしな。

 ふふんっと ルカは得意気に胸を張り。


「そりゃそうでしょ! なんたって、このあたしが作った料理なんだからねぇ! ほっぺたが落ちることは保証するわよ、にひひっ」


 子供っぽく笑うこいつのことは嫌いじゃない。


「ほらほら、早く食べなさーい。冷めちゃうでしょ、M」


「へいへい、Mじゃねぇーけど頂くよ、バカ」


 しぶしぶ友人B(バカ)の豪華フルコース料理を口にする。――超うまっ! やっぱりこいつは調理の天才だと思う。それ以外はノーコメントだが。


 ひとくちひとくち口に収めながら感慨深い気持ちになった。


(もしかしたら僕にとってこれが、『最後の晩餐』なるかもしれないな。この雰囲気……悪くない。このままじゃ本当に死にたく なくなっちまうかもしれないな。ま、思ったところで何も変わらないが……)


 食事を終えて今度は3人でカードゲームをプレイした。


 僕とルカの対戦を、ルンちゃんが喰い入るように観戦していた。


「さっすがお兄ちゃん! 強い、強い、強いぃぃ!」


 興奮して はしゃぐ彼女に、ちょっとクールな感じで言ってみる。


「まあ、これくらいフツーだよ」


 劣勢状態のルカは口をとがらせる。


「カッコつけちゃってぇ、Mのくせにィー!」


「しつけぇーよ、バカっ! とっとと負けろっ、バカっ!」


「ううっ……これからよぉ……。これからあんたのモンスターを ブッ殺してあげるから、覚悟しなさいよね!」


 涙目でルカは、僕のグロテスクな超強力モンスターをにらむ。

 できればブッ殺すなら僕にしてほしい。死ぬ手間がはぶける。

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