第4話 幸田姉妹登場!

 

 家から飛び出して、僕は走った。僕なりに全力で走った。そして近くの公園までたどり着く。


「はあ……はあ……はあ……クソッ! 何なんだ、あの猫野郎はいったい……はぁ……」


 息を切らせて公園のベンチに腰を下ろした。

 乱れた心をお落ちつかせるため、しばらくそこで休むことにした。


「ふぅー」


 しばらく休み、精神と体力を回復させたあと、今日の事について振り返る。


(今日、僕は朝早くから海に出かけ、自殺した。そして、あの猫に助けられ、家まで運ばれ、覗き犯にされ、勝手に恋人にされた。そのあと猫は母さんに取り入り、僕の部屋に居候することになった。一体……あの猫は何者なんだ?)


 思い返すたびに、あの猫への怒りと疑問が募っていく。


(そういえばあの猫、僕を助けたあと、どうやって僕を家まで運んできたんだ? 住所は知らないはず………そうだっ!)


 思い出して ポケットを探ると、『生徒手帳』が入っていた。


(これを見て、あの猫は僕を家まで運んできたのか?)


 自殺したあと、海に打ち上げられた僕の死体の身元がすぐ分かるように、住所が書いてある『生徒手帳』をポケットに入れていたのだ。


(んっ! って、あれ? 海に落ちたとき、僕は濡れたよな? そのあと当然 服を乾かすために『脱がして』……ま、まさか……服を脱がされたあと……ぼ、僕は何かされてないよな?)

 

 いけない妄想が脳内を駆けめぐり、思考が焼けついた。


(や、やめろ、僕っ! 考えるな、僕っ! 弱い考えはよせ、強い考えを持て! な、何もされてないさ……たぶん……ケツも痛くないし……)

「はぁ~…………死にてぇ……」


 ベンチに座り 全力でうなだれた。

 その後ろ姿はきっと、リストラされたサラリーマンのようだったろう。


「 どーん! 」


「 ぎ ゃ あ ッ ! 」


 後頭部に『張り手』を喰らい、数メートル吹っ飛んだ。

 地面に伏せながら傷んだ箇所をさする。


「い、痛ェなァ、誰だァ……! って、こんなことやるのは、テメェーしかいねぇよな、【ルカ】!」


「あったりーっ!」


 人の頭をどついておいて、その者は明るい声を響かせた。

 こいつのことを、よく知っている。

 知り合いで、幼馴染で、悪友で、僕が苦手なアイツである。


「よくわかったね、カイト。おはようさん」


 このバカにみたいに笑っている金髪ポ二ーテールの女は【幸田 ルカ】


 幼なじみで、小学生の頃からの腐れ縁というヤツだ。


 クラスは違うが、僕と同じ秋田川高校の2年生。

 母親がアメリア出身で、ハーフ。

 現大統領とは遠い親戚らしい。


「こんばんは……海斗様、だろ?」


「あははっ! こんばんは、カイトさま、死NE」


「はぁ~……」


 こんな時にコイツに会ってしまった不幸を呪い、大きくため息がこぼれた。


「あいかわらずだね、カイト。そんな仏頂面じゃ、あたし以外に恋人できないよ」


「おまえとなるくらいなら、死んだほうがマシだよ」


「ふ~ん。そんなこと言っちゃっていいのー? 一生 恋人ができなくても知らないよー」


(できたよ。ある意味 人間じゃねーけどな……)

「そろそろ冗談はやめろ、ルカ。なんで僕の頭を殴った?」


「あははっ。そんなことよりさ、カイト。なんであんた、こんな夜のベンチで、リストラされたサラリーマンみたいに座っていたの?」


「変なイメージでモノを語るな! サラリーマンとベンチに土下座しろ!」 (ま、僕も思ったけど……)

「あははっ! だって仕方ないじゃん。あんた、うちのオヤジと一緒の恰好して、一緒のところに座ってたんだよ、仕方ないじゃん」


「笑いごとかよっ!」


「暗く語られても困るでしょ?」


「か、かなりな……」


「でもあんた、オヤジよりもっと暗かったわよ? 自殺でもするじゃないかってくらい……」


 ドキリと 心臓がわなないた。


「ば、バカっ! す、する訳ねぇーだろ……ば、バカっ」 (こいつ、意外と勘がいいからな。できれば僕は、こいつにも自殺することはバレたくない……色々な意味で。それにしてもこいつ、僕が落ち込んでいるとわかっているのに、いつもどうり普段どうり接してきやがって……まあ、そんなところは嫌いじゃねーけどな)


 あからさまに嫌そうな態度をとったせいか、不機嫌な顔を浮かべている。


「何さ、しけたツラしてこっち見てぇ? 辛気臭いなぁー【リスサラ】みたいに」


「お前のオヤジを略すなよっ!」


「あははっ! で、カイト? なんであんた、リスサラみたいにベンチに座っていたの?」


「…………」


 これ以上黙っていて、こいつの場合ろくなことがない。昔から気になった事は地獄の果てまで追いかけ回すタイプだ。


 仕方なくバカに答える。


「どうしてもいま、家に帰りたくない。だからここで時間を潰してる、ただそれだけだ」


「公園のベンチが家なの?」


「どこのホームレスだよ!」


「あははっ!」


 ルカは馴れ馴れしく僕の肩に腕を回して耳元で囁く。


「カイトって、Mだよね?」


「はァ?」


「うちのオヤジも、放置プレイ大好きのMなんだよね。だから同じポーズをして座っていたカイトもMだよね?」


「僕はSで、真っ当な人間だ!」


「あははっ! 真っ当な人間は、自分をSだとは言わないよー」


「ぐっ……た、たしかに……。で、どこらへんがMなんだよ?」


「すぐに、『死にてぇ~』とか言うじゃん」


「た、たしかに……」


 普段の口癖 & 今日 自殺した僕には反論の余地がない。


「じゃあMで決定ね! M太郎君」


「やめろォ! 未成年犯罪者みたいに言うのは!」


「じゃあ、M田M太郎くん」


「おまえ、ただMが使いたいだけだろ? って、これ以上SMの話し広げんな!」


「いやだよぉー。だってあたしの大切な友達が Mかもしれないんだよ? 気になるよねー」


「勝手にM扱いしている時点で、友達でもなんでもねェーけどな!」


 得意げに胸を張り。


「ちなみにあたしは、Sの母親とMの父親から生まれたハイブリッドだから、どっちもいけるよー」


「知らねェーし、知りたくもねェーし!」 (ったく、こいつはいつもこうだ。僕をからかって楽しんでいやがる……)


 ルカとの日常は、大抵こんなバカなやりとりで終わる。

 だがそれも 今日で最後になるかもしれないと思うと一抹の寂しさも感じた。


「おねぇーちゃん!」


 可愛らしい声が公園の外から聞こえてきた。

 振り向くと、小柄な少女が走って近づいてきた。


「ルンちゃん」


 彼女の名は【幸田 ルン】


 いま隣にいるバカ(幸田 ルカ)の妹である。

 中学2年で、うちの妹の 唯一の友人だ。


「隣にいる、僕の頭に張り手して、僕をM扱いしている不真面目で下ネタ好きのバカな姉とは違い、彼女はとても明るく優しい良い子である」


「あ、あんた、心の声がもれてるわよ?」  


「わざとだ」


「や、やるわね……」


 息を切らせてルンちゃんが、僕たちの前に来た。


「はあ、はあ、はあ……こんばんわ、お兄ちゃん」


 満面の笑顔で挨拶してきた。

 彼女はある事から僕を尊敬して懐いてくれている。そのこともあり、僕は彼女のことを本当の妹のように思っている。


「お姉ちゃん……やっぱり見つからないよぉ……」


 困り顔でルンちゃんが、姉のルカに言った。


「そっか……わかったわ。今日はもう遅いし、探さなくていいわよ」


「わ、わかった」


(ん? 誰のことだ)


 どうやら幸田姉妹がこんな時間にここにいるのは、誰かを探してのことらしい。


 姉のルカが 僕の疑問の表情に気づく。


「なに? いまの話しくわしく知りたい」


「いや、別に……」


 少し気になったが、もうすぐ死ぬ僕にとっては どうでもいい事であった。


「ごめんね、お兄ちゃん……教えられないの……」


 ルンちゃんが申し訳なさそうに謝った。

 彼女がそう言うという事はよっぽどのことなのだろう。ちょっと知りたくなった。


「別にいいよ。誰にだって隠し事の一つや二つはある、僕にだってね」


「Mってこと?」


「おまえがバカってことだよォ!」


 僕たちのやりとりにルンちゃんが くすっと笑みをもらした。


「お兄ちゃんとお姉ちゃんって仲いいよね? もしかして、将来『結婚』とかするの?」


「や、やめてくれよ、ルンちゃん。こんなバカと結婚するくらいなら、死んだほうがマシだって」


「またそれぇー! いつも死ぬ死ぬって言って死なないヘタレのくせにぃー!」


「そうだよ、僕はヘタレだよ。僕には自分で死ぬ勇気なんて これぽっちもねェーよ」


 まったくの嘘だが。


「じゃあ……ルンにも……チャンスがあるんだね?」


 真っ赤な顔でつぶやいた。


「え? いまなんて?」


 聞き逃してしまい聞き返すと、さらに顔を赤くして 両手を振りたくる。


「いわわっ! な、なんでもないよぉー、お兄ちゃん!」


「ん?」


 疑問符を浮かべる僕の肩を、姉のルカが叩く。


「まったく……罪な男ねぇ……」


「ん?」


 閃いたようにルカは両手を叩き。


「そうだっ! さっきの件、教えてあげよっか?」


「別にいいって言っただろ」


「まあまあ聞きなさいって、あんたにとって損な話しじゃないし。実はね……あたしは『SとMのハイブリッド』で、妹は『超ドS』なんだよ」


「またSMの話じゃねェーか、ワンパターンめが。おまえはどうでもいいが、ルンちゃんが『超ドS』のはずがないだろ!」


「そそそ、そうだよぉぉぉ、お姉ちゃん! お兄ちゃんに なんてこと言ってんのぉぉ!」


 つかみかかるように姉のルカにつめ寄った。


(あれ? ルカちゃん、なんか必死すぎやしないか?)


 と思ったが、これ以上の詮索はやめることにした。

 万が一こんな良い子が超ドSなんて事実、墓場にも持っていきたくない。


「ま、誰を探していたのかについては言えないのよねぇー、【世界的重要事項】だから。いくら友達のMでもね」


「嘘つけ! それに僕は、おまえの友達でもMでもねェ!」


 ライバル? 敵? いや、もっとネガティブな何かだ。


「Mでいいじゃん。オヤジを見ていると楽しそうだよ、Mも」


「嫌だ! 何を見て楽しそうなのかさっぱりだが、叩かれて、罵倒されて、放置プレイされて……。そんなことを楽しめる精神力は僕にはない!」


 本気で願う。

 自殺して生まれ変わったとしたら、Sでありますようにと。

 決してMに生まれ変わりませんようにと切実に――。


「たぶん無理でしょ?」


「人の心を読むんじゃない! って……な、なんでわかる?」


 悲しげな表情でルカは――


「なんとなく……死んだオヤジに似てるからさ……」


「……そ、そうか………んっ! ――って、生きてるだろ、勝手に殺すな!」


「てへぺろっ。そでした」


 悪びれる事もなく、ムカつく表情で舌をぺろっと出した。


(ったく、コイツといると調子が狂うぜ。でも、不思議といつも一緒にいるんだよな……昔から。まさか、来世まで一緒なんてことないよな? やめてくれよ、神様)


 そう思いながらも心の片隅では、こんなバカげた日常が、来世でもあってもいいかもしれないと思う自分もいた。

 ルカには自殺しても言わねぇーけどな。


「ねぇーカイト、ウチこない? ウチで遊ぼうよ」


「嫌だ。この流れでおまえとは遊びたくない。それに親だっているだろ?」


「大丈夫 大丈夫、オヤジとママは出かけているから朝まで帰ってこないよー。食事も作ってあげるからさ」


 無邪気に笑うルカにそっぽを向いた。


「遊びたくねぇーし。腹も減って――」


  ぐうううう~~~っ


『ない』と言いかけて、空腹の音が鳴り響いた。


(ま、まったく……この裏切り腹が……)


 だが仕方ない。

 朝から海に自殺に出かけ、いままで何も食べてなかったのだから。

 さっきも猫のせいで何も食べれなかったしな。


 ルカは屈みこみ、僕のお腹を見てしゃべる。


「ほうらねっ。お腹はオケェーっだってさ。あたし達と遊びたいってさ……ねっ?」


「コイツは裏切りモノだ。無視してくれ」


 ルカは僕の右腕をつかみ。


「いいから いいから。あたしの超特製フルコース料理を食べさせてあげるから、さあー行こう!」


 無理やり引きずっていこうとした。


「断る!」


 それに抵抗したが――


「お兄ちゃん……ルンも遊びたいなぁ」


 今度はルンちゃんがつかまれていない僕の左腕に両手でしがみつき、せがむような瞳を投げかけた。


「はぁ~……わかった……。ルンちゃんにそう言われたら仕方ない。ルカなら【100億】つまれても行かないがな」


「マジ? あたしは100億の価値がある女かー」


「マイナス100億だよ! バカっ!」


 だがそれは嘘だ。

 幸田姉妹の家に行く一番の理由は、『ルカの料理』だ。


 ルカは料理だけは超うまい。

 天は何故コイツにそんな才能をあたえてしまったのだろうか。もっと他に有意義に使える者がいただろうに、ルンちゃんとか。ちなみにルンちゃんはかなりまずい。


(まあ、死ぬ前においしい料理を食べられるわけだから、別にいいけどな。それに、これ以上無理をして抵抗して普段どうりの僕を崩したら、万が一にもこの姉妹に、僕が自殺することを悟られる可能性もある。ルンちゃんはもちろん、姉のルカにも僕が自殺することは知られたくない。二人のことを僕は結構好きなのだから)


 幸田姉妹に引きずられ公園をあとにした。

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