第3話 僕の妹はヤバいです


 絶望しきった兄を前にして妹は目をつぶり、赤くなった頬を押さえてうっとりしていた。


 恐らく 僕が想像したくないことを想像しているのだろう。


 やめて! 犯さないで! 同人誌みたいに!


「 はあ~~~~ 」


 もう溜息しか出てこない。


「ダメでしょッ、静香! お兄ちゃんで そんな妄想しちゃ!」


 母さんが うっとり妹を叱った。


(な、なんか変な怒り方だが、まあいい、よく言った、母さん。僕が自殺するまえに、この変態を更生させてくれェ! こんなん現世に残していたら おちおち自殺もできやしない)


 だが母さんは、息子の切実な願いを裏切る。


「【兄×猫】でしょ、そこはッ!」


 ズッコけた。

 このまま死ねばよかったのに、マジで。


(お、お前もぉ……腐女子かぁ……)


 死ぬ前に知りたくない事実のコンボでショック死しそうになる。


 フラフラのグロッキー状態の僕に、母さんは またとんでもないことを言う。


「それと海斗。今日から猫ちゃんを【ウチに泊める】ことにしたからね」


「はい?」 (いまなんて言った、母さん? 地獄に堕ちろ? いや、もっと酷い事を言われたような……)


「猫ちゃんは、いま帰る家がないんだって。だからしばらく【ウチに泊める】ことにしたわ」


(コ・ノ・イ・エ・二・ト・メ・ル・ダ・ト?)


 精神が崩壊寸前になった。

 懐かしむように語る。


「思い出すわねぇー海斗。母さんもよく捨て猫を拾って ママに怒られていたっけ? ねっ?」


(知らないよっ、そんな昔話! 初めて聞いたよ! それに、捨て猫じゃなくて 捨て人間だし! ホームレスと変わらねェ! いくら息子の命の恩人で、恋人だと思っているからって、こんなきぐるみ着た変態をウチに泊めるなよォ!)


 ここで拒めば猫が、僕が自殺したことを家族にバラすかもしれない。

 その可能性を考慮して口に出すこともできない。


 苦悩に悶える僕を、猫がじーっと見ている。

 中は見えないが、きっとニヤニヤと笑っているに違いない! そうに違いない! この猫野郎ォッ! 

 勝手に想像して怒りに燃える。


「空いている部屋がないから、猫ちゃんは【あなたの部屋】に泊めるわね」


「…………は?」 (アナタって 誰のことだっけ? そんな名前の御方この家にいたっけ?)


 僕ダ―ダダダダ―ダダダダダダダダ――。


 愕然として体をガクガクと震わせた。


(や、やや、やばい……! もも、もう……やや、やばい……!)


 何が ヤバいのか分からないくらいヤバかった。

 僕の精神のダムはビキビキで崩壊寸前である。


「ダメだよ、お母さん、それは……」


 妹が崩壊寸前の僕の前に立って かばってくれた。


(おお……妹よぉ……)


 妹に感謝し、今日下がり切った妹の『株』を上げた。


「そういうことを家でさせちゃうのはどうかと思う……。私の部屋まで聞こえてきたら困っちゃうしぃ……」


 まったく困ってない照れ顔で言った。

 妹の『株』が ストップ安になった。


( そういうコトって なんだァッ! 死んでもしねェーよ、 そういうことッ!)


 そして母さんはとんでもないことを言い放つ。


「まあ、【男同士】だし、大丈夫でしょ」


(そ、それは……妊娠しないとか、そういう意味でですか、母上? 男同士の貞操観念には ゆるゆるなんだね……あんた……」


「そうだね……。兄さんは そんなコトしないって、私信じてる……えへへっ」


 期待しすぎて よだれが垂れていやがる。


「はぁ~……死にてぇ……」


 家族の汚染具合を知って、がっくりと肩を落とした。

 焦燥しきった僕の肩を、猫がポンっと叩き、照れた声色と仕草で言った。


「よろしくニャぁ……ご主人様ぁ……。夜はぁ……優しくしてニャン」


 ブチンっ――と精神の糸が切れ、この状況に耐えられず、玄関から外に飛び出した。


「お、おじゃましましたァァ――――ッ!」


 なぜか自分の家なのに、そう叫び家を飛び出た。


( 自殺より難易度高いぞ、この状況ォ―――ッ!)


 心の中でも叫び、僕は走り続けた。



 ――家から飛び出た長男 真帆世 海斗の後ろ姿を、母と妹と、そして猫は、玄関で見続けていた。


「どっか行っちゃたね、兄さん?」


「きっと、母さんに孫を見せらない罪悪感ね。いいのにぃ、そんなこと気にしなくても。愛さえあればね……ねっ、猫ちゃん」


「ニャ♪」

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