第40話 崩壊へのカウントダウン


 色白の女性の割り込みにより、面を食らう咲良たち。だが、そんな三人のことなど気に留めず、女性は男へと言葉をかける。その言葉を聞いて、「翔兎しょうとなら来ねぇよ。諦めな」と、男は口にする。


「ぷー、しょうちゃん付き合い悪いよー、つよしからも言ってあげて」


「あぁ、今度伝えておくよ」


 つよしと呼ばれた屈強な男はめんどくさそうに女に答える。その後、咲良さくらたちの方へと視線を移す。


「やっぱりオレと遊ばねぇか?」


 咲良さくらを諦められない男は、またしてもアプローチを仕掛けていく。


 肩を掴み、自分の恋人かのように抱きしめていく。


 体に触れられた咲良さくらは勇気を絞って抵抗した。


 その姿が少しだけ迫力的だったが、男は驚愕……するふりをして、咲良さくらをからかっていく。


 咲良さくらは唇が震えており、それを男に見抜かれていた。


 男は笑いながら、咲良さくらを自分の女へとしていこうとする。


 それを見て、陽奈ひなは限界だった。だから、


「ウチが相手をしてやる。それでいいだろ! 咲良さくらたちには関わらないでくれ……」


 最初のうちは人を殺めるかのような殺気を纏っていたが、どんどんと力弱くなっていく。


 反抗的な陽奈ひなを見て、男は笑みを浮かべた。


 何かスイッチが入ったのか、男は抱いていた咲良さくらを解放。陽奈ひなの方へと近づいていき、陽奈を抱きしめる。


「いいね! やっぱり、お前は最高だよ。約束は守ってくれるもんな! まだ吸ってるだろ? あの薬。お菓子に偽造して渡してあるからバレねぇ仕様だからよ」


 そう言い、陽奈ひなの唇を無理やり奪う。


 舌まで絡ませるほどの濃厚な口づけ。だが、冬夜とうやとしているキスとは違い、嫌悪感と吐き気だけが込み上げてくる。


 数秒口づけを交わし、男は陽奈ひなの唇を解放した。


 とんでもないものを見せられた咲良さくらたち。


 陽奈ひなとしてもはずかしめられるところを親友に見られたくない。顔を隠して、懸命に現実から目を逸らそうとしていく。


 終わりだ。どう言い訳して冬夜とうやに会えばいいのだ。どう言い訳して、美月みづきたちと向き合えばいいのか。そう思っていると……


「見境なくなるところがアナタの悪いところですよ。つよし


 逞しい男の声が屈強な男を抑制する。


 その男性を見て色白の女は喜びの表情を見せた。


有馬ありまくーん」


 自分の遊び相手の男の名を呼び、抱きついていく。そして、「今日も面白い遊び教えてくれるんでしょ?」と、男に媚びるように甘い声を発した。


 有馬ありまと呼ばれた人当たりの良さそうなイケメン男は、女の言葉には無視して彼女を自分から引き剥がしていく。そして、


「大丈夫ですか? つよしには手を焼きます」


 有馬ありまの気遣いで陽奈ひなつよしから離れる。


 陽奈ひなつよしを睨んでいくが、肝心の睨まれた張本人は舌を出しながら憎たらしく笑みを溢していた。


「お見苦しいところをお見せしました。彼らの愚行をお許しください」


 咲良さくらたちの方を振り向き、頭を下げる有馬。


 他の二人と雰囲気が違い、三人は彼には恐怖心を抱くことはなかった。


「ほら、つよし冬美ふゆみ、お前らも謝りなさい」


「なんでー」


「そうだよ」


 二人は愚痴を溢してたが、「いいから下げなさい」と一言、言い放った途端に、二人は彼の言葉に従った。その瞬間だけは背筋が凍るような感覚を覚えた。


「それでは」


 いつも通りの声色に戻り、短く言い放つ。その後、彼らはこの場を去って行ってしまう。その後ろに陽奈ひなも同行して行った。


「ま……」


 咲良さくら陽奈ひなを止めようとしたが、彼女の顔も見た途端に言葉の続きは発せれなくなった。


陽奈ひな……」


 届かない声だけが、街に響いていた。


*****


 次の日、なんの気も無しに部活動へと足を運んだ美月みづき。しかし、そこにあったのは不穏な雰囲気の部員たちの姿だった。


「どうしたの?」


「なんでもないよ。あっ! それと陽奈ひなは体調不良で休むって。だから心配しないでいいよ」


 口から出まかせを言ってしまう咲良さくら


 彼女の美月みづきを心配させまいとする気持ちが先行してしまった。


「そうなんだ……」


 なんの疑いもなしに美月みづきは、咲良さくらの言葉を信じる。


 陽奈ひながいなくても時間は流れていく。文化祭までもう時間がないため、三人は練習を始めていった。


 あの児童養護施設での演奏が効いているのか、明里あかりようは自信を取り戻していた。


 技術も上がっているし、演奏を本当に楽しそうにやってもいる。だが、今の双子たちには児童養護施設で演奏した時とは違う感覚を覚えていた。


 あの時の迫力がない。何か集中力に欠ける。


 美月みづきは、音だけでそれを感じ取れる領域にいる人間だった。


「やっぱり何かあった?」


「えっ!」


「ないじゃんよ。ないじゃん。ねぇ、明里?」


「そうよん。ないよん」


 動揺を隠せていない二人の会話に咲良さくらは呆れる。


 だが、肝心の質問をした美月みづきは「そう? ならいいんだけど」と、話をややこしくしないように納得する形を取る。


「それよりさ、やっぱりスタープロジェクト出ようよ! 私たちなら絶対優勝できるって!」


 美月の言葉を聞いて双子は表情を曇らせた。


「ねっ! 絶対楽しいって!」


美月みづき……陽奈ひなも言ってたでしょ? あの大会はやめようって……バンドが解散しちゃうかもしれないとも言ってたよね。私はこれ以上……」


咲良さくら?」


「なんでもない。それより、文化祭。頑張ろうね」


「うん……」


 いつもの咲良さくらと違い、美月みづきはどうしても調子が上がらなかった。


 この日もいつも通り練習をして帰宅した。かなり上達したと四人は感じられた。


*****


 帰宅した美月みづきはどうしても心のモヤモヤが気になり、何事にも手をつけられなかった。


 部室での双子の態度。咲良さくらまでも二人を擁護するような姿勢を見せていた。


「やっぱり何かあったんじゃ……」


 自分の知らないところで、何かとんでもないことが起きているのではないか。


 そんな感情に支配されていき、美月みづき陽奈ひなに『体調大丈夫?』とメッセージを送っていた。


 すぐに既読がつき、メッセージの返信が来た。


『何かあった?』


「体調崩したって聞いたから、大丈夫かなって思って」


『そうなんだ。ちょっと体だるいけど、なんとかなってるよ。しばらくは部室には顔出せないと思うけど、ごめんね』


「大丈夫だよ。しっかりと体調、治してね」


『ありがとう』


 やりとりはなんの変哲のないもので終わったが、その後に美月みづきは例の提案をする。


「こんな時に言うのもなんだけど、やっぱりスタープロジェクトでようよ! あれだけ最高の演奏ができたんだよ。絶対上手くいくって!」


 児童養護施設での演奏を思い出す。あの演奏ができたなら絶対にスタープロジェクトでも通用する。


 なぜなら、あれは過去最高と言ってもいいほどの演奏だったから。みんなの力が合わさり、人の心の奥底に届く演奏をできていたと思う。


 だから、自分たちならできると美月みづきは思っている。


 送られたメッセージに陽奈ひなの返信が少しだけ遅れる。そして、


『そうか……考えておくよ』


「ホント!」


『あぁ、それより文化祭頑張ろうな!』


「うん!」


 それからしばらくメッセージをして、二人は楽しく会話をした。


*****


陽奈ひな、本当に大丈夫かな?」


 あれから一週間くらい経つが、陽奈ひなは一向に部活動に顔を出すことはなかった。


 ただの風邪なら、もうすでに治っても良さそうだが……


「まぁ、急に悪化することもあるし、そんなに心配しなくてもいいんじゃないかな? それよりも、私たちは陽奈ひなが戻ってきた時のために、今できることをやっていこうよ」


「そうだね」


 咲良さくらの言葉に美月みづき俄然がぜんとやる気を出し、練習に打ち込んでいく。


 よう明里あかりも自分の弱点を書き出していく。


 二人はパフォーマンスの波が激しいのが弱点だった。故に、昨日と違い、著しく演奏技術が落ちている二人を見て、美月みづきは的確に指摘をしていく。


よう、音が少し違うよ。明里あかりに至ってはちょっと走ってる」


「うん、わかってるよ」


 今までできていたことができなくなるのは、とても悔しいことだ。


 二人は懸命にやっていくが、スランプに陥っているのかなかなか前のような演奏ができない。


「一旦休憩にしようか」


 気合いの入りすぎている双子を見て、咲良さくらが提案する。


「はい、これ」


 咲良さくらがスポーツドリンクを渡し、双子は受け取る。そして、一気に口の中へと運んでいく。


「何が原因なんだろうん。前はできてたのに……」


「そうじゃん! 悔しいじゃん!」


「そういうこともあるよ。それよりも、文化祭で演奏する曲作ってきたんだけど、聞く?」


 美月みづきが一週間で仕上げてきた曲を流す。


『スキノカタチ』。それが曲のタイトルだった。


 コンセプトは、『好きなものと向き合うこと』。


 心が苦しいが、手放せない。そんな感情を歌ったものだった。タイトルがカタカナなのも、その歪さを表現するためだった。


 基本の音はポップ調だが、その中に悲しみや怖さなども組み込んである。美月みづきが音楽に感じているカタチを音に乗せたものだった。


 その曲は今、複雑な感情を抱えている咲良さくらよう明里あかりにも刺さった。


「いいと思うじゃん! さすが美月みづきだね」


「そうかなー」


「そうだよん。これで行こう!」


「じゃあ、早速練習しようか!」


 美月みづきが言葉をかけ、二人は気合いをいれる。


 その横にある咲良さくらの鞄の中に、陽奈ひなの退部届が入っているとは美月みづきたちは知らず……


*****


「どういうこと!」


 突然の知らせに、美月みづきは思わず大声を上げてしまっていた。


陽奈ひなさんは退学しました。話は以上です。授業に戻ります」


 担任は淡々と状況だけ説明して、授業へと戻っていく。


 美月みづきは納得できなかったが、今は机へと座り、しっかりと授業を受けていった。


「っく、宇崎うざきのやつ、うるせぇんだよ」


「まぁ、あのビッチは退学して正解じゃね?」


「確かに。男とホテル行ってるところ私も見たし」


 クラスメイトからあまりいい風に思われていなかった陽奈ひなの印象は最悪だった。


 むしろ、退学したこと自体を喜ぶものもいた。


陽奈ひな……」


 メッセージをした時は、元気そうだった。だが、あれは美月みづきに心配をかけないように振る舞っていただけだった。


 その陽奈ひなの苦しみに気づいてあげられなかった自分に不甲斐なさを感じる。


 休み時間になる。


 咲良さくらの元へと行き、美月みづきは質問をする。


咲良さくらは知ってたの?」


 質問を聞いて、咲良さくらは黙り込む。そして、しばらくして言葉を発した。


「うん。一週間前、退部届を出しに来た。私はそれを受理した。本当のことを話せば良かったね。ごめん」


 彼女のの言葉に美月みづきは、言葉を失った。


 無言で教室を出ていく。その後ろ姿を見て、


美月みづき!」


 と、咲良さくらは声をかける。だが、その声は美月みづきには届かず……


 校内に設置されているベンチに美月みづきは腰をかけていた。無意識に涙が流れた。


 今までの思い出が一瞬で瓦解がかいした。そんなような気がしたから。


 気づけなかった。あれだけ楽しそうにしていた陽奈ひなが退部だけならまだしも、退学までしたのだ。


 よっぽどの理由があると思う。


陽奈ひな……」


 悲しさと悔しさの感情が入り混じる。


 そこからしばらくは涙を流し続けていた。周りの人など気にもせず。

 

 

 

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