第39話 最後の演奏


 八月二十三日。演奏会当日になった美月みづきたちは、陽奈ひなの彼氏が運営している児童養護施設に足を運んでいた。


 都心からは少し離れた丘の上にある施設。


 長閑のどかで、空気も澄んでいる。丘の上から見渡せる海は、この施設の絶景ポイントとなっているらしい。


 とても心地の良い場所。そんな所にある施設からひとりの男性が出てくる。


 彼を陽奈ひなが自慢げに紹介する。陽奈ひなの紹介に、彼は恥ずかしそうに顔を逸らすが、すぐに切り替えていく。


「ようこそ! お待ちしておりました」


「いえ、いえ、こちらこそ招待していただきありがとうございます」


 彼の言葉に咲良さくらが丁寧に挨拶をしていく。それに続き、美月みづきたちも軽い挨拶をしていった。


 彼の名は、佐藤冬夜さとうとうや


 男性の平均身長。イケメンといえば、誰もが想像するであろう爽やかな外見。親しみやすそうな雰囲気で、老若男女支持されるであろう人物だった。


 自慢の彼氏を紹介できて陽奈ひなとしてもご満悦だ。だが、


「あれ? 確か前に見た時はゴツい人だったような?」


 紹介された冬夜とうやを前に、ようは思わず口を滑らせてしまう。今の言葉に陽奈ひなは焦りの表情を見せ、冬夜とうや美月みづき咲良さくらは首を傾げる。


「ちょっと来て!」


 ようを連れて誰もいない場所へと移動する。


「いつ見たんだ!」


「いつって……」


「いつ見たって聞いてるんだよ!」


 先ほどよりも強い口調で曜に詰め寄っていく。


「二週間ほど前、街を歩いてるのをたまた

ま……」


「忘れろ」


「えっ!」


「いいから忘れてくれ。それと、このことは誰にも言うな。美月みづき咲良さくらにもだぞ!」


「うん、わかった」


 陽奈ひなように釘を刺し、二人は元の場所に戻っていく。


陽奈ひな、どうしたんだい?」


「なんでもないよ。ちょっと話したいことがあって……」


 誤魔化すのが下手すぎる陽奈ひな。それは側から見てもわかるほどで、咲良さくら冬夜とうやは今の言葉で何かを察した。


「じゃあ、施設を案内するよ」


 しかし、気持ちを切り替えていく。


 彼の言葉に美月みづきたちは感謝の言葉を述べ、冬夜とうやの案内の元、施設内を見せてもらった。


「お姉ちゃんたちだー」


 無邪気な姿で美月みづきたちへと駆け寄ってくる子供たち。この施設には小学生しかいないらしい。比較的小さな子が多い印象だった。特に一、二年生の子のかわいさは異次元だ。


「えんそうしてくれるんでしょ! 楽しみー」


「うん、するよ! 最高に楽しい曲を持ってきてるんだ!」


 目線を合わせてあげて演奏が最高のものになることを宣言する美月みづき


「じゃあ、行こうか」


 冬夜とうやが施設内の案内の続きを促す。


 子供たちは美月みづきたちと手を繋ぎたいと言ってきて、その要望を答えてあげた。


 一緒に食堂や大広間などを見て回る。


 一通り施設内を見渡した後、子供たちが「遊んでほしい」とおねだりしてきた。


 その要望に応えるように美月みづきたちは、子供たちと遊んであげる。


 その姿を見て、陽奈ひなは唇をほころばせた。


「じゃあ、演奏の準備しておくからね」


「お願いします!」


 演奏は大広間で行うため、そこに演奏道具を運ぶ。


「ウチも手伝うよ!」


「いや、陽奈ひな宇崎うざきさんたちといなよ。親友との時間は大切にしないと」


「でも、ウチ……」


「いいから……ね?」


 爽やかにウインクをし、彼女を説得していく冬夜。その表情に陽奈ひなの乙女心はすぐに揺らいだ。


「わかったよ……」


 今まで見せたことのない乙女の表情を見せた後、平常心を取り戻して美月みづきたちの元へと向かった。


「じゃあ、何しようか」


「お歌、歌いたーい」


「歌かー。いいよ。お姉さんたちと歌おうか」


「うん!」


 咲良さくらが保母さんのように、手際よく子供たちを手懐けていく。


 その姿に美月みづきは驚きの表情を見せ、「咲良さくらって子供好きだったけ?」と質問していた。


「失礼だね、大好きだよ。将来は三人は欲しいと思ってるんだよね」


「でも、相手がいないもんね」


「余計なこと言わない!」


「ごめんなさーい」


 舌を出して、可愛く謝る。


 こういった仕草がたまに咲良さくらの心を打つため、侮れない女だと思う。


 楽しく歌を歌ったり、かくれんぼやボウリング(自作)などをして楽しく過ごす。


 子供と触れ合っている時はとても楽しく、時間を忘れさせてくれる。


 特にようとの相性が抜群で、見ている美月みづきたちも度肝を抜かれるほどだった。


「演奏の準備できましたよ」


 透き通るような男性の声が聞こえてきた。その声を聞いて「じゃあ、行こうか!」と美月みづきは子供たちを連れて、大広間へと移動した。


 ステージに上がる。


 夏祭りの時と違い、緊張は一切しない。


 直線に、触れ合っていたからというのもあるのだろうが、おそらく、子供たちに悪意の感情が全くないからだろう。


 彼らは心からこの演奏会を楽しみにしてくれていた。


 その感情が自分たちを射抜くようだった。だから……


 美月みづきたちは思い切り演奏を開始した。


 今回は『ポップな曲』を選曲。


 理由は単純。楽しんでもらいたかったから。それに合わせ、ボーカルは子供っぽさを持ち合わせているようにした。


 それには、ベースの弾き語りをやって腕を上げようと言う目論見もあったが、ようにして正解だったらしい。子供たちは演奏が始まってすぐに目を輝かせていた。


 緊張感はメンバーの誰ひとりにも沸かず、リラックスして自然体で演奏ができている。


 中盤にさしかかり、陽奈ひなが魅せる。


 ギターのソロ演奏を入れ、かっこよく、それでいて美しく仕上げていく。


 ギター奏者の冬夜とうや陽奈ひなの演奏に目を奪われる。


 技術だけでなく、情熱までもプロ級だ。


 そして、次にキーボードが魅せた。


 中学ピアノコンクール最優秀賞者の実力を遺憾なく発揮していく。


 場所、シチュエーションによってバリエーションを変えられる美月みづき


 その技術は間違いなくこの軽音楽部にとって唯一無二の宝になるだろう。


 途中から乗ってきて、美月みづきたちは歌の世界に没頭する。


 それは会場にも伝播でんぱしていた。子供達も一緒に盛り上がり、客を巻き込んだ演奏会になっていく。


「じゃあ、フィニッシュ決めるよー」


 最後にようがアクロバティックにバク転を決め、残りの三人が慎重に音を定めて終える。


 かっこよく終わらせ、会場からは拍手喝采が巻き起こった。


「お姉ちゃんたち、かっこよかったよ」


「うん、かっこよかった」


 子供達の笑顔が見れて、美月みづきは嬉しかった。


 夏祭りでは成し得なかった景色。


 とてつもない達成感と喜びを得られ、とても満足な演奏になった。何より、子供たちの笑顔が見れたのが、美月みづきにとっては一番の収穫だった。


 だが、彼女たちはまだ知らない。そう、これがこの四人での最後の演奏になるとは……


*****


「ジャガイモの皮はね、こうやって剥くんだよ」


 ピーラーを使いながら、丁寧に皮の剥き方を教えていく。


 彼女たちは今、カレーライスを作っている。


 冬夜とうやから演奏のお礼にご馳走がしたいと言われ、美月たちは夜ご飯をお呼ばれしていた。


 だが、「どうせなら一緒にカレー作りをしよう!」と、美月みづきが提案して、子供たちと一緒に料理になった。


「手伝ってもらって申し訳ないです」


「いいんですよ。みんなで作ると楽しいですしね」


 咲良さくら冬夜とうやに問題ないと伝えていく。


 その横ではようが子どもたちとはしゃぎながら料理をしていた。それを明里あかりが抑制し、陽奈ひなは彼氏に「肉切れたぜ!」と自慢する姿が見えた。


「楽しいね!」


「なんか小学生の時の野外活動を思い出したよ」


「そうなんだ。でも、あれってなんか楽しいんだよね。もちろん、今も楽しいよ」


「おー、その気持ちわからなくもないぜ!」


 陽奈ひなが話に割り込んできた。


 子どもたちもその話に興味を示し、話をしながら、一緒に料理を作っていく。


 子どもたちが切った野菜とルーを入れて煮込む。


 その間に時間が余るので、ご飯を炊こうと思ったのだが……


「釜で炊くんですか?」


「まぁね。こっちの方が美味しいでしょ? ここでは毎日釜ですよ」


 子どもたちが何の躊躇いもなく、釜でご飯を炊いていく。その姿を見て美月みづきは「凄い……」と圧倒された。


「ボクもやるー」


「アタシも!」


 双子が割り込み、子どもたちと一緒に釜でご飯を炊いていった。


 そうして、楽しくワイワイとカレー作りを進めていき、一時間ほどで完成。


 皆で机に座り、いざ実食。


 一口、口に入れるだけでほっぺが落ちるほど美味しかった。


 みんなで作ったカレー。それだけでいつもと違い、特別な料理のように感じられた。


「ごちそうさまです。美味しかった」


「それはよかったです」


「ご飯も作れる、ギターもできる、子供にも人気。ウチの彼氏は完璧なんだ! 自慢の彼氏だよ。結婚しような」


 そう言って皆がいる前なのに、陽奈ひなは何の遠慮もなしにキスをした。


 その姿に全員が頬を赤らめる。肝心のキスをされた冬夜とうやは恥ずかしそうにしていた。


 この日はお言葉に甘えて施設に泊まらせてもらった。夜遅くまで起きており、枕投げなどをした。


 とても最高の思い出になった。


*****


 演奏会から一ヶ月。 


 咲良さくら明里あかりようは歌のイベントを見るために、駅へと向かっていた。


 美月みづき陽奈ひなも誘ったが、どうしても外せない用事があったらしく、この三人という珍しい組み合わせになった。


「どんな歌が聞けるんだろうねー」


「まぁ、軽音楽部のための視察ってやつだから、絶対物にしないと」


「そんな意気込まなくても……」


 プロのバンドマンが訪問して演奏してくれるらしい。しかも、そのイベントが無料で開催されるのだから、太っ腹もいいところだろう。


 最高のイベントに胸を躍らせながら三人は街を歩いていると……


「いいだろ? 今日も楽しもうぜ」


「嫌って言ってんだろ! しつこいと警察呼ぶぞ!」


 懸命に拒否反応を示しながら、怒鳴り声をあげている人がいた。


 女の怒鳴り声に屈強な男は、目を細めながら、


「いいのか? そんなことを言って。テメェが今、のうのうと生きてられるのも誰のおかげだと思ってる」


 その言葉で陽奈ひなは黙り込んでしまう。そして、ホテル街のある方へと歩いて行こうとする。しかし、


陽奈ひな!」


 ようは放っておけず、声をかけてしまっていた。


 そこにいたのは、前に見たプロレスラーのような見た目の屈強な男だった。


よう!」


「知り合い? あぁ、確か軽音楽部とかやってるって言ってたな。その仲間か? 」


 だるそうな口調と表情で男はようたちを見る。そして、


「お嬢ちゃん、これから俺は陽奈ひなとやることがあるんだよ。引っ込んでくれないか? 関係ないだろ?」


「そんなこと……」


 ないと言いたかったが、あまりの威圧にようは黙り込んでしまう。


 その後を明里あかり咲良さくらが追いつく。


よう、何やてるの!」


「だって、陽奈ひなが……」


 泣きそうなよう。それを明里あかりがそっと抱きしめる。


「おっ! 勢揃いじゃねぇか! あの美月みづきって女もいんのか? いるなら抱きてぇなー」


美月みづきはいない……それより、陽奈ひなから離れなさい!」


 咲良さくらが恐怖を抑え込みなが、男へと言葉を発していく。咲良さくらの声を聞いて男はため息を吐いた。


「なーんだ、いねぇのか……なら、お前でもいいや。可愛いし、俺の好みだから遊んでやるよ」


 そう言って咲良さくらに近づいてくる。


 こちらに迫ってくる姿が、同じ人間とは思えないほど怖く、咲良さくらは動けなくなっていた。そして、男は咲良さくらの手を取った。だが、その時に、「やめて!」と条件反射で反抗してしまった。


「おー。怖! まぁ、いいか。この体を堪能できるだけでも」


 そう言って陽奈ひなに肩を組み、故意的に胸に手を当てる。


 その行為を見て三人は、不快感を覚えた。すると……


しょうちゃんは今日来ないって。っく、今日こそは食えると思ったのになー」


 甲高い作り声が聞こえてきて、三人は声の方に振り向いた。


 そこには雪のように真っ白な肌をした清楚な女性が佇んでいた。

 


 

 

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