第38話 不穏


美月みづき、夏祭りで演奏したんだってね」


「う、うん!」


「詳しく聞かせてよ」


 自分の机に座っていると、女子生徒が声をかけてきた。この生徒とは入学してから、たびたび話すくらいの仲だ。


 せっかく話しかけてくれたのに、問われた話題の詳細を語るのは美月には苦しかった。


 故に黙り込んでしまうが、美月自身は心の中でだけあの時の出来事を反芻はんすうしていた。


 最初は上手くいくと思った。自信もあった。しかし、ふたを開けてみれば、結果は失敗。


 観客や神門秋じんもんあきに酷評された。


 それが悔しくて……苦しくて……


 このことはあまり口にしたくなかった。


 質問されたのに黙り込んでしまう美月みづきを見て、

女子生徒は不思議に思うが、「まぁ、いいか!」と何かを察して気持ちを切り替える。その後、

「私も見たかったなー」と何気なく言葉にするが、その言葉が美月みづきには心苦しかった。そんな時、女子生徒がある言葉を口にする。


「そういえば、美月みづきたちはスタープロジェクトには出ないの?」


「スタープロジェクト?」


「知らないの! バンドやってる人はみんな目指してる夢の舞台だよ。私の兄貴も出るんだって張り切ってる」


 そのあとは、スタープロジェクトの概要を彼女は話してくれた。


 四年に一度開催されること。そして、その大会が来年に開催されることも。


 音楽の祭典。それを聞いて美月みづきは、そのステージに自分も立ってみたくなった。


 スタープロジェクトの事をもっと詳しく知りたくなった美月みづきは、女子生徒に質問をする。


「いいよ! 私が知ってることだったら教えてあげる」


 女子生徒は快く承諾してくれ、二人はスタープロジェクトの話で盛り上がった。それは授業が始まるまでその話をするほどに。


*****


「バカじゃねぇのか!」


「大声出さないで……私たち目標ないからさ、いいと思ったんだけど……」


「あの大会はやめといた方がいいってだけだよ」


「どういう意味?」


 陽奈ひなの言葉に部室に来ていた咲良が返答する。


「簡単なことだよ。鬼門なんだよあの大会は。彼氏が出るってうるさいんだけど……ウチとしては反対。あのOCEANオーシャンが予選落ちする大会だ。下手すりゃ、バンド自体が崩壊してもおかしくないかもな。現に……」


 部室内を見渡す陽奈ひな


 そこにはメンバーの欠員が出ていた。


 明里あかりようの双子の姉妹。


 陽奈ひなのスマホに『今日は部活休む』とだけメッセージが送られてきた。


 余程、二日前の演奏が堪えたらしい。


 ただの余興の演奏であんなになるのだ。もし、大会などに出場し、現実を突きつけられたら……陽奈ひなの言っている『メンバー崩壊』も現実的になってしまうだろう。


「だからスタープロジェクトなんて忘れて、次の演奏に向けて頑張ろうぜ。とりあえずは三ヶ月後の文化祭か」


 陽奈ひなが無理やり話を逸らしていくが、美月としてはスタープロジェクトを諦めきれないでいた。


 やっと見つけた目標。皆で一致団結できる絶好の機会だと思っている。


 複雑な心持ちでいる美月みづきだったが、次の瞬間、一つの足音が耳に入ってくる。それはどんどんと大きくなってきており……


 向かってくる足音に反応を示すと、そこには狭山香織さやまかおりの姿があった。


 突然の訪問者。その姿に陽奈ひなは内心抱えている怒りが抑えられなくなった。


「なんの用だよ」


 陽奈ひなが冷たい眼差しで香織かおりを見る。それを見て、彼女もまた無言で見つめ返す。そして……しばらくした後、三人の前で頭を下げた。


「やめてよ。香織かおりちゃんがそんなことしなくてもいいんだよ」


「いや、私は酷いことをした。私があの夏祭りに呼ばなければ、美月みづきたちはあんな思いをしないで済んだ。だから、謝りたい」


 懺悔ざんげするかのように、自分の思っている事を正直に口にしていく。それをみて美月みづきは、


「仕方ないよ。香織かおりちゃんは、あんなことになるなんて予測できなかったんだから」


「いや、それは違うな」


 美月みづきの言葉に陽奈ひなは否定的な意見を述べる。


「テメェのあの仕切りよう、あの祭りの幹事は初めてじゃねぇだろ。ってことは、神門じんもん家や祭りの客の反応は知ってたはずだ。あの悲劇は回避できたんだよ。なのに、それを知っててあの祭りのイベントに登壇させた。何が目的だった?」


 陽奈ひなの言葉に香織かおりは黙り込む。それを見て陽奈ひなはため息を吐き、言葉を続ける。


「黙るってことは図星か……で、質問の答えは?」


 陽奈ひなに質問され、香織かおりは顔を上げる。そして、


「あなたの言うとおり、私はあの結果を予測できた。でも……私は美月みづきたちを悲しませたかったわけじゃないの。それだけは信じて」


「なら、どうしたかったんだよ」


「私の勝手なエゴだけど……私は美月みづきに期待してた。私の心を変えた美月みづきなら、あの祭りの雰囲気も悪しき風習も変えてくれるって思ってた。だから……イベントへの登壇をお願いした」


 徐々に言葉が弱々しくなっていく。


 今の言葉で彼女の心情は理解できた。だが、陽奈ひなとしては納得できなかった。だから、


「ふざけんな! テメェの勝手な都合でウチのメンバーは傷付いたんだ! 現にバンドを続けられるのかも怪しい」


「悪いと思ってる。だから、謝罪したい」


 また深々と頭を下げる香織かおり。その姿が陽奈ひなにはしゃくに触った。「帰ってくれ」と冷たく足らい、彼女自信も背を向けて部屋を出ていこうとしてしまう。


「どこに行くの?」


「練習する気になれない。今日は帰る」


「どうする、美月みづき?」


「仕方ない。今日は解散にしよう」


 一人で練習しても意味がないと思った美月みづきは、暗い表情を浮かべながら部室を後にする。そして、陽奈ひなはひとりで、美月みづき咲良さくらと共に家路へと着いた。


*****


 翌日の放課後。


 いつもの調子で部室へと赴いた美月みづき。今日はメンバーが全員揃ってくれることを祈って。


 部室の扉を開ける。


 誰もいなかったら……その怖さがあったが、勇気を振り絞り現実を直視していく。すると、視界には茶髪のストレートヘアと黒髪のお団子ヘアの姉妹が見えた。


明里あかり! よう!」


「久しぶりじゃん!」


「ごめんね。アタシたち気持ちの整理がしたくて。心配させたよね」


 二人の笑顔が見れて、美月みづきは無意識に安堵していた。


 ホッとしていると、遅れて「ちーっす」と陽奈ひなも部室に入ってくる。


 これで全員が揃った。


 たった一日という短い時間だったが、美月みづきにとってはとても長い間の出来事に感じていた。


 感傷に浸ってる美月みづきに向かって、ようは言葉をかけていく。


「そういえば、次はどんな場所で演奏するじゃん!」


「文化祭を目標にしようとしてるぜ。でも、その前に……場数を踏もうと思って。いい演奏場所を用意してもらったんだ」


 そう言って陽奈ひなはパンフレットを開いた。


「ここどこよん」


「どこじゃん?」


「ウチの彼氏がやってる児童養護施設。ここの子どもに演奏を聞かせてほしいって彼氏に言われたんだ」


「小学生相手ってこと?」


「まぁ、そうだ。あのクソ共と違って、批評家気取りのやつもいないし、気楽にできるだろ」


 日時は八月二十三日。


 まだ一ヶ月近く練習期間がある。一曲作り、完成度の高い曲を披露するには時間は十分ある。


「ここで一回演奏して、文化祭に向けてやるってわけね」


「そういうこと! さすが咲良さくら、話がはやいぜ」


 一番の常識人に陽奈ひなが指を鳴らしながら、調子のいいことを言う。そんな四人を見て、美月みづきは手を挙げた。


「それよりさ……」


 美月みづきは昨日聞いたスタープロジェクトのことを話す。


 その話をした途端、陽奈ひなの表情は曇り、よう明里あかりは元気をなくした。


「その話はしないって約束だろ?」


「でもさ、昨日気になって調べたんだよ。そうしたら、優勝したらプロになれるって書いてあったんだよ。私、プロを目指してみたい。みんなで一緒に!」


 真剣な眼差しで陽奈ひなを見据え、自分の心の内を言葉にしていく。


「ボ、ボクは……今のまま楽しくやれてたらいいと思ってるじゃん」


「アタシも……」


 よっぽど夏祭りのヤジがトラウマだったのか、よう明里あかりは弱々しく自分の意思を紡いでいく。それに続き、


「ウチも今のところは二人に賛成。プロなんてウチらじゃ夢のまた夢だよ。バカなこと言ってないで、演奏会に向けて頑張ろうぜ」


「う、うん」


 陽奈ひなに肩を叩かれ、美月みづきは渋々頷く形をとる。


 ひとり納得のいかない者もいたが、これからの方針が決まり、美月みづきたちは練習を開始した。


 明里あかりようはまだトラウマが根付いていたので、そこを払拭するのを目標にする。


 前に失敗したサビ前のリズムの取り方。


 難しい叩き方など、至らなかったところは、フォームを録画して確認していく。


 変なところがあれば、都度軌道修正して、メンバーみんなで改善していく。


 ようは演奏が弱点というよりは、どうしても明里あかりに頼り切っているところが目についた。


 現に夏祭りでも明里あかりが失敗した時に、釣られて失敗していた。


 だからそこを治せるように、ソロパートができるように練習をする。


 だが、最初のうちは上手くいかず、夏祭りの演奏会と同じようなところで失敗する。


「なんで上手くいかないの!」


「力み過ぎだよ。もっとリラックスして弾いたら?」


「してるよ!」


「ウチから見たらできてない。肩に力入ってるし……」


 陽奈ひなの言葉にようは不貞腐れてしまう。


 意地になって弾いていくが、それがさらに彼女の演奏を悪くする要因になってしまう。


 結局、彼女たちの演奏は始めた頃みたいな爆発的な成長はなかった。


 結果が顕著けんちょに現れたのは、夏休みに入ってからしばらくした日のことだった。


*****


 渋谷の夜。


 小腹が空いた双子は、コンビニに夜食を買いに出かけていた。


「チョコスティックあったよー」


「ボクはグミ!」


 二人で好きなお菓子、ジュースを購入し、コンビニを出る。


「スイーツまで買っちゃったねん」


「チーズケーキは至高じゃん!」


 買った夜食のことを話しながら、夜道を歩く姉妹。


 年頃の女子が夜道を対策もなく歩くのは危険だが、彼女たちにそんなことは通じない。


 子供のように楽しくお話をしながら、帰路へと着いていく。そんな時……


「あれ、陽奈ひなじゃないん?」


「どれ、どれ」


 明里あかり陽奈ひなと思しき人物を視界に入れ、曜に伝えていく。


 姉の言葉にようは目を凝らして対象の人物を視界に入れていこうとする。


 認識ができ、ようは手を振ろうとしたが……


「ダメ! 彼氏との水入らずの時間を邪魔しちゃ!」


 姉に止められ、陽奈ひなに見つかることはなかった。


「それよりも、陽奈ひなの彼氏ってめっちゃイカついじゃん」


「確かに……」


 プロレスラーみたいな見た目の男に少しだけビビってしまったが、彼女がどこの誰と付き合おうが、彼女の自由だ。


 驚きの感情を胸に、『青春してるなー』と思う双子。


 自分たちは購入したお菓子を楽しみに、家路に着いたのだった。


「あれ? 確かあっちの方角って……ホテル街のような?」


 という疑問を明里あかりだけは抱いたと知らず……

 

 




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