第37話 四重奏(カルテット)


 ドラムの一音目から夏祭りの演奏は始まった。


 その後にキーボード、ギター、ベースが同時に続く。


 音楽は祭りをイメージし、『和』をコンセプトにしている。


 キーボードの電子音で琴の音を、ギターやベースで三味線しゃみせんの音をイメージしてやっていく。


 観客は皆、美月みづきたちに釘付けになっていた。


 これだけ聞けばとても良いことに聞こえるのだが……


「なんかねー」


「期待はずれだね」


「なんでこのレベルで出ちゃったかなー」


 観客の心に響く演奏を届けられていなかった。


 現にステージの横で聴いていた咲良さくらや会場に来ていた美月みづきの母は感動するほどの演奏はできている。


 そのため、美月みづきたちのレベルが低いというわけではない。


 ただ、彼らの耳が肥えているだけ。


 神門じんもん家主催の祭りの常連たち。


 この祭りのイベントでは神門じんもん家の人たちがステージに立つこともあるため、エリートレベルの演奏が彼らの普通になっている。


 だが、そんな言い訳は通用しない。


 このステージに立ったのならば、全力で観客に応えなければならない。


 それがステージに立つものの義務だ。


 それをわかっている美月みづきは、自分が今までやってきた練習を駆使して満足してもらえる演奏をしていく。


 その想いに続くように他の三人も懸命に音を紡いでいく。


 そろそろサビにさしかかる。


 ここが一番の盛り上げ場所だ。だが、会場のボルテージは一切上がっていない。それどころか冷め切っている。


 やりにくい。それが美月みづきが感じたものだった。


 そんな時、明里あかりのドラムがリズムをずらしてしまう。


 それに釣られてしまったのか、ようまでもめちゃくちゃなリズムになってしまった。


 そこからは聞くに耐えない音楽になってしまい、一番の盛り上げ場所で失敗という一番やってはいけないことをしてしまった。


 美月みづき陽奈ひなが演奏を続けられないと判断して止める。


「なんだよ! あの演奏は!」


「期待して損した!」


「時間を返せ!」


 言われたい放題に言われてしまい、美月みづきたちは反論できなくなってしまう。


 そのヤジに失敗の元凶となった明里あかりようは二人以上に落ち込んでしまう。


 双子の顔を見て美月みづきは、とても辛くなった。


 一生懸命に練習をしていた。


 演奏技術も申し分ないものだった。


 ただ、立ったステージがあまりにも高すぎただけ。


 ここは楽器を初めて二ヶ月の人間が立っていいステージじゃなかったのだ。


 あの香織かおりという女性はそれをわかって招待したのか……もしそうだとすればとんでもない性悪女ということになる。しかし……


香織かおりちゃんに限ってそれはないと思いたいよ」


 美月みづきは彼女を信じたかった。


 小学生の時だけだが、同じピアノ教室で同じだったよしみだ。悪く思いたくない。


 こうしている間にも観客のヤジは止まらない。


 祭りの賑やかな風景を壊すほどのヤジに、陽奈ひなは限界を迎え、一歩前に出て口を出していこうとするが……「待って!」と美月みづきに止められる。


「なんで止めんだよ!」


「ここで口論しても意味ない。私たちが至らなかった。素直に謝ろう」


 悔しいが、ここは観客の意見に素直に従うことにする。


 今度は一歩前に美月みづきが出て、頭を下げる。


 その姿を見て、明里あかりようは申し訳なさそうな顔をした。


 美月みづきの対応を見て、同じ部員の咲良さくらも我に帰る。ステージに上がり、観客に向かって謝罪の言葉を紡いだ。


 それに続き、双子が頭を下げ、最後に陽奈ひなが続く。


 最終的に五人で謝罪する形になったが、陽奈ひなは渋々頭を下げでいた。


 一連のやり取りが終わると、観客のざわめきは止んでいた。ここまでしてまだヤジを飛ばすほどの性根の腐った連中はいなかったらしい。


 しかし、ひとりだけは違う反応を示す。


 黒い浴衣の女性だ。ステージの裏のテントからステージ上へと上がってくる。そして、


「アナタたちの演奏はあんなものなの?」


「どういう意味だよ!」


「簡単なこと。仮にも私の父上の祭りに参加してこの程度の演奏を晒すなんて、私たちが惨めになる。挽回して」


「テメェの都合かよ!」


「悪い? いいから挽回して。じゃなきゃ帰って」


「おい! 待て!」


 陽奈ひなが話しかけるが、黒色の浴衣の女性はそれを華麗に無視して、ステージを降りていく。


「やるしかないみたいだね。でも、私としてはチャンスをくれただけ嬉しい。もう一度、いい演奏を見せて観客のみんなに楽しんでもらおう!」


 美月みづきは励ましていくが、よう明里あかりは先ほどの失敗が怖く、陽奈ひなはあの女への怒りが治らない。


 そんな彼女たちに、「大丈夫だよ!」と声をかけていく。怯えているよう明里あかりを励ますように、陽奈ひなの心をなだめるよう。


 美月みづきの声によう明里あかりは苦しかった練習を思い出す。


 練習の時もこの声をかけてくれた。


 楽器は初心者でなかなか上達しなくても、美月みづきはそばに寄り添ってくれた。できなくても『絶対にできる』と励ましてくれた。


 そのことを思い出し、二人はなんとか元気を取り戻す。


 陽奈ひな美月みづきの声に怒りの感情を抑え、なんとか自制心を取り戻す。


 深呼吸して、四人はまた演奏に入った。今度は失敗はできない。


 絶対に成功するんだという気持ちを胸に宿す。


 練習した曲は先ほども演奏した『花火』という楽曲だけだ。


 夏の始まりと終わりを花火にたとえている歌。


 失恋もテーマに加え、作詞作曲していった。


 恋愛面に関しては陽奈ひなしか経験者がいないので、彼女が作詞をしたが、かなり出来はいい曲だと思っている。


 ボーカルはもちろん陽奈ひな


 美月みづきほど繊細さや美しさはないが、反対に彼女の歌声は力強く荒々しいのがウリだ。なぜなら、彼女の歌声はそこに聞く者を虜にする魅力を秘めているから。


 慣れないバラードを自分らしく噛み砕いていく。


 元カノと別れた時の切なさ、出会った時の嬉しさ。楽しかった思い出など、色々と考えながら歌に落とし込んでいく。


 だが、観客の表情は先程と変わらない。


 それどころか欠伸あくびをするものも出てきており、歌っている陽奈ひなや演奏している美月みづきたちは胸が苦しくなってきた。


 一番も終わり、二番に入る。そんな時……


「もういい」


 黒色の浴衣の女性が彼女たちの演奏を遮った。


「まだ終わってな……」


「もういいって言ってんの。降りて」


 冷たく、あしらうように告げられる。


 その言葉に美月みづきたちは何も反論ができず、渋々指示に従いステージを降りていった。


 暗い表情でステージを後にする美月みづきたちを見ながら、「あきは厳しいね」と、ステージ裏にいた香織かおりが黒い浴衣の女性に話しかける。


「よくあんなレベルで演奏させようなんて思ったわね。アンタの耳、腐ったんじゃないの」


あきの感性が狂っただけだよ」


「言うじゃない」


 内心にイライラを宿しながら、言葉を返す神門秋じんもんあき


 そんな彼女の返しに香織かおりは、「私は美月みづきに期待してたんだよ」と呟くように一言。


 その言葉には彼女は反応を示さなかった。


 初の四人での演奏は失敗に終わった。


 その烙印らくいんを押された軽音楽部の五人。そこには悔しさに涙を見せる美月みづきと双子の姿があった。

 

 

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