第36話 夏祭り

 夏祭り。


 暗闇に賑やかなあかりがともり、人々がそのもとを行き来している。


 吊るされている提灯ちょうちんなども場所の雰囲気を形づくり、一夜限り全てを忘れさせてくれるような錯覚を得る。


 その中に軽音楽部の五人もいた。


美月みづき……浴衣ゆかた姿めっちゃ似合いすぎだろ。天使が目の前にいるのかと思ったよ」


「そんなこと言われても困るよ」


 音楽以外のことは自己評価が低い美月みづきは、自分の浴衣ゆかた(水色)を見て、陽奈ひなの評価に照れる。


 そんな彼女を見て、咲良さくら陽奈ひなの言葉に便乗する。


美月みづき浴衣ゆかた似合ってるよ。すごい可愛い」


「そうだな。ウチなんて体のライン出まくってるし……」


 陽奈ひなが自分の浴衣ゆかた姿(ピンク色)を見て、自分を卑下していく。


 着物は体のラインが出ない方が美しいと言われている。背も高く、スラッとしている美月みづきには相性抜群の衣服だった。


「そんなことよりも! せっかく休憩時間もらったんだから、屋台回ろうよん」


「そんじゃん! 回ろうじゃん!」


「わかった、わかった」


 双子の駄々ゴネに、陽奈ひなが軽く対応する。


 彼らは今、リハーサルを終えた。


 生徒会長──香織かおりの計らいにより、祭りを回らせてもらえることになった。


 彼女らの出番は二十時頃だ。あといち時間はあるので、余裕で回れる。


「じゃあ、出発するよーん」


「って言いたいところだけど、何を食べる?」


「りんご飴!」


「綿菓子!」


「かき氷!」


 美月みづきよう明里あかりが順番に自分の食べたいものを出していった。


「ホント、美月みづきはりんご飴好きだね。いいよ。順番通り回ろうか」


『うん!』


 咲良さくらが保護者のように三人の案をまとめていく。


 五人は屋台を回る。


 りんご飴を買い、皆で一口。


 ほっぺが落ちるくらい美味しかったので、美月みづきたちは幸せに包まれる。


「ウチはあんまり食べないんだけど……こういうのもいいな」


「でしょー」


 食べ歩きをしながら、皆で雑談をしていく。


 音楽のことを一旦忘れ、彼女たちは普通の女子高生へと戻っていく。


 コスメやファッション。趣味の話など話題は尽きない。


 陽奈ひながスポーツ観戦が好きなこと、よう明里あかりがアイドルが好きなことなど意外なことが知れた。


 綿菓子、かき氷と予定通りに食していく。


咲良さくらは何か食べたいものないの?」


「私は……ないかな?」


「じゃあ、イカ焼き食ってみなよ。意外とハマるぜ」


「イカ焼きか……あまり食べたことないからさ」


「ウチのりんご飴みたいに意外な発見があるかも知れないだろ?」


 陽奈ひなにおすすめされて美月みづきたちもイカ焼きを購入した。


 イカの程よい食感。甘しょっぱいタレがイカ本来の味に絡みつき口の中で旨みが広がる。


 後味も悪くなく、一本で満足できるだけのものがそこにはあった。


「みんなといると意外な発見があるね」


「そうだな。腹もいっぱいだし、次なにやる?」


「金魚すくい、射的、型抜き。いっぱい遊べるよね」


「ウチ、射的やりたーい」


「アタシは金魚すくい」


「はいはい、みんないっぺんに言わないで。あと三十分か……じゃあ、射的から行こうか」


 咲良さくらの指示でみんなで射的をやりに行く。


 最初に陽奈ひなだ。


 祭りに来たら必ずやるらしい。なので、慣れた手つきでコルクを発射していく。


 三発中三発命中。


 店主のおじさんも驚いていた。反対に陽奈ひなは満更でもないような様子だ。


「ほら、ぬいぐるみ。美月みづき欲しいって言ってただろ?」


「えへへ、意外と好きなんだこういうの」


「ぬいぐるみじゃなくて、熊が好きなんでしょ」


「バレた」


美月みづきはてっきり猫好きだと思った」


「でしょー、私も初めて聞いた時はビックリしたんだから」


 そこから何の動物が好きかの話に広がった。


 咲良さくら陽奈ひなは猫。明里あかりはクラゲ。ようはカブトムシだった。


 その後も金魚すくい、型抜きとやりたいことをやっていった。


 この祭りの常連の陽奈ひなはどの屋台でも実力を遺憾いかんなく発揮し、屋台の人を驚かせ続けていた。


「はー、遊んだな。そろそろ時間じゃないか?」


「十五分前。そろそろ向かった方がいいかな?」


 咲良さくらがスマホで時間を確認していく。


 彼女の言葉を聞いて、美月みづきたちはイベントを行うステージまで戻ろうとするが……明里あかりが急に辺りを見渡し始めた。


「どうしたの?」


ようがいない」


「えっ!」


「さっきまで一緒にいたんだけど……」


 型抜きを始めるまでは確かにいた。だが、陽奈ひなの超絶テクニックに全員が目を釘付けにされていたので、その間だけは目をらしてしまっていた。


 いなくなったとしたら、その間だと思うのだが……


「小学生じゃあるまいし、そんな勝手な行動しないと思うよ」


ようならやる。アイツじっとしてられないんだ」


「マジかよ……」


 小学生みたいなように呆れる陽奈ひな


 残り十五分。舞台に向かうまでの時間も計算したら、正味しょうみ五分ほどで彼女を探さないといけない。


 とんでもない仕事を増やされた美月みづきたちは、内心焦りながらも大切なメンバーを探しに向かった。


 *****


「待てー」


 中島曜なかじまよう。十六歳。


 世間では高校生と呼ばれる年齢に達している彼女だったが、カブトムシなどの小学生が好む昆虫類が好きだった。


 祭りが行われている会場は東京といえど、田舎に近い。少し離れると草や木で覆われている山に入ってしまうような場所だ。


 そこから飛んできたカブトムシ。たまたまようの視界に入ってきて彼女は好奇心を抑えられなかった。


 故に追いかけていって……


 それが原因で彼女は美月みづきたちとはぐれてしまった。


 追いかけるのに夢中なよう。しかし……次の瞬間にようは尻餅をついた。


 ジーンとする頭を押さえながら、「痛てて」と可愛らしく発する。


「お前誰?」


 目の前には黒色の浴衣ゆかた姿の女性がいた。


 高身長。スラッとした体型は大人の色気を放っている。


 美月みづきと少しだけ雰囲気が似ているが、自分をにらみつけてくる鋭い眼光は大らかな美月みづきとは、正反対の印象を感じる。


「ごめんなさい」


「チッ!」


 素直に謝るようだったが、女は舌打ちをしながらあかりがともり、賑わう方へと歩いていく。


よう!」


 背後から姉の声が聞こえてきて、ようは振り返る。


明里あかり……」


「なにやってんのよ!」


「ごめん……」


「まぁ、見つかったんだし、よかったじゃん」


「そうは言っても……」


 妹を心配する姉。その横で、美月みづきたちを睥睨へいげいするように女が見つめていた。


 その視線に美月みづきは振り返る。背筋が凍らされるかのような寒気を感じたが……


「気のせいかな……」


「どうしたの?」


「なでもない」


 咲良さくらの言葉に美月はいつものように誤魔化した。


 咲良さくらのスマホに着信が入る。着信主は『香織かおり』と書かれていた。


「もうすぐ出番ですよ。遅刻は厳禁ですからね!」


「わかりました」


 彼女の言葉に返答して五人は舞台へと向かった。


 *****


「申し訳ありません!」


 舞台裏のテントにいる関係者に頭を下げる五人。何とか間に合ったので特におおとがめはなかった。


 開演三分前。


 何とか間に合った美月みづきたちは、急いで演奏準備に入った。


 陽奈ひなようはステージ裏のテントに置いてあるギターとベースを準備。


 美月みづきは気持ちを。明里あかりはスティックを。


 本番直前になり、美月みづきたちは急に緊張してきた。それを感じ取ってくれたのか香織かおりは、「大丈夫!」と四人を励ましてくれる。


 彼女の言葉に美月みづきたちは、お互いに目を合わせる。頷き、覚悟を決めてステージ上に上がった。


 拍手に包まれた。


 思った以上にお客さんが歓迎してくれて驚いた。


 観客の中に母の姿が見え、美月みづきはさらに気合を入れる。


 メンバー同士で息を合わせる。そして……ドラムのバスドラムから一音目が始まり……美月みづきたちは演奏を始める。


 ここまで練習してきた全てを乗せて。



 

 追記


 浴衣の色

 美月みづき……水色

 陽奈ひな……ピンク

 よう……紺色

 明里あかり……薄紫

 咲良さくら……桜色

 香織かおり……エメラルドグリーン

 謎の女……黒色

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