第35話 軽音楽部設立

「ボクたちを入部させてほしい!」


「お願いします!」


 双子の姉妹──中島明里なかじまあかり中島曜なかじまようが頭を下げながら懇願してくる。


 その姿に教室にいたものたちの視線が集まる。


 だが、それ以前に懇願こんがんされた張本人である美月みづきは困惑していた。


 舞台演奏をしてからたったのいち日。それなのにもうすでに結果に繋がったから。


 しばらくは彼女たちの言葉が頭に入ってこなかった美月みづきだったが、すぐに状況を理解して二人の手を握る。


「歓迎だよ! ようこそ軽音楽部に!」


 教室全体に響き渡る程の陽気な声で二人に話しかける。


 舞台上の彼女と印象が違うので、双子は困惑してしまうが、自分たちと似た性格の美月みづきに共感。意気投合していく。


陽奈ひな、二人が入ってくれるって!」


「マジかよ……コイツら太陽コンビって呼ばれてる厄介ちゃんじゃん」


「それは心外じゃんか」


「そうだよん!」


「そのあっけらかんとしてるのが、ウチは嫌いなんだよ!」


「ただの名倉なぐらさんの好みでしょ?」


「そうだけど……アンタに関係ないでしょ?」


 割り込んだ咲良に気分を悪くする陽奈ひな。そんな彼女を無視して、咲良さくらは言葉を続けた。


「おめでとう美月みづき。二人が正式に入部するっていうなら、約束通り私も入るよ」


「ホント!」


「私が嘘ついた時あった?」


「ありがとう!」


 泣きながら抱きつく。


 念願の軽音楽部設立。その嬉しさに美月みづきは早速、部活動申請をするために生徒会室に向かおうとするが……


「そういえば、確認したいことあるんだが……お前ら二人は何の楽器が弾けるんだ?」


 陽奈ひなの言葉に双子は顔を見合う。そして、息を合わせて衝撃的な言葉を口にした。


『楽器は初心者だけど?』


 双子の言葉に三人は固まった。その後、三人は、教室にいる全員が驚くほど大きな声で叫んだ。


*****


 約束通りの人数を集められた美月たちは、部活動申請をするために生徒会長室にきていた。


 申請書を提出した美月みづきたち。


 しばらく間無言が続き、生徒会長室には緊張感が走っていた。


「いいですよ」


 生徒会長の柔らかな声が聞こえ、五人は緊張の糸がほぐれた。


「ありがとうございます!」


「いえいえ。それにしても早かったですね。まさか一ヶ月ちょっとで集まるとは……これも美月みづきさんの努力の賜物たまものですね」


「そんなことないですよ」


 謙遜する美月みづきだったが、内心は褒められたことに喜びを感じていた。


「じゃあ、こちらで受理しておきますね」


「あのー、いっ個だけご相談したいことがあるんですが……」


「なんですか?」


明里あかりさんとようさんが初心者で楽器がないんですが、どうしましょう?」


 咲良さくらの質問に生徒会長はあごに手を当てる。そして、


「そちらに至っては生徒会で手配しましょう。申請お願いしますね」


 そう言って、副会長に通達する。


 生徒会長から指示された副会長は、自分の仕事をこなすために部屋から出ていった。


「何から何までありがとうございます」


「いいんですよ。わたくし個人としましても、お役に立てたなら、嬉しい限りです」


 生徒会長は笑顔を見せる。その後、美月みづきの目を見えて言葉を紡いだ。


「もしよろしかったら、七月に開催される夏祭りで演奏してみませんか?」


 突然の申し出にこの場にいた全員が虚を突かれた。


 しばらくして、生徒会長の言葉に陽奈ひなが反応する。


「確か、その祭りって神門じんもん家主催の祭りだよな?」


「はい、私の父が神門じんもん家と深い繋がりがありますので、実行委員のメンバーに入っているのです。次期当主の私も実行委員の補佐メンバーとして、参加しており、何か企画をあげてほしいと言われているんです」


「そこでウチらを持ち上げれば、なんとかなると思ったわけね」


「はい。利用する形になり、申し訳ありません」


 彼女が軽音楽部設立に協力的だった理由だ。今までの生徒会長の行動に合点がいった陽奈ひな美月みづき。しかし、


わたくしがアナタたちの肩を持っていたのは、それだけではないのです」


「どういうことだ?」


 彼女の言葉に陽奈ひなは首を傾げる。そんな彼女にかけるのではなく、美月みづきの方を見て、「美月みづき、覚えていませんか?」と言葉を紡いだ。


 生徒会長の言葉に美月みづきは考え込む。息がかかるほどの距離でじっと、顔を見つめるが……「誰?」と一言。


 彼女の言葉に全員が拍子抜けする。


 「香織かおり! 小学生の時、ピアノ教室で同じだったでしょ!」


 珍しく取り乱す生徒会長こと狭山香織さやまかおり。その名前を聞いても、美月みづきは思い出せない。なぜなら……


香織かおりちゃんは知ってるけど……横山よこやまって名字じゃなかった?」


「あぁ、それね……わたくしのお母さん再婚したんです。で、今は狭山さやまって苗字に変わったんです」


 事情を説明する香織かおり。彼女の言葉を聞いて、美月みづきはやっと思い出した。


「なんで知らなかったんだよ……」


「だって、小学生って言っても低学年の頃に一緒だっただけなんだもん」


 背丈に顔つきも変わっている。しまいには名字が変わり、名前もどこにでもいる普通のもの。美月みづきが気づけないのも無理はない。


「あの時は迷惑かけましたから。だから美月みづきがこの学校に入学してきたのを知った時は、あの時の借りを返せるって思って……だから、肩入れしてたんです」


「そのおかげで助かったけどな。ありがとう」


 陽奈ひなにお礼を言われた香織かおりは、照れくさそうに目をらした。


「で、参加するんですか? 参加しないんですか?」


「よろこんで!」


 美月みづきの返答でこれからの方針は決まった。早速練習を開始したかった美月みづきだったが……


明里あかりさんとようさんは二人を見学。楽器が来たら練習ね」


 マネージャーの咲良さくらがメニューを作り、この日は二人だけで練習した。


*****


「キター!」


「テンション上がるじゃん!」


 届いたベースとドラムを見て、明里あかりようは子供のようにはしゃぐ。


 すぐさま演奏する姿勢に入り、自由奔放に叩いたり弾いたりしていく。


 だが、技術も知識もない二人の演奏はめちゃくちゃなものだった。


 それに耳塞ぐ陽奈ひな美月みづき咲良さくら


 この騒音に嫌気を刺した陽奈ひなは、「待て、ちゃんと弾こうな」とようを抑制し、ベース入門書を渡していった。


 入門書を渡されたようは不満そうに口を尖らせ一言。


陽奈ひなが教えてくれればいいじゃん。ベースってギターに似てるし」


「あー、これだから素人は困る。ギターとベースじゃ根本が違うんだよ。だから、ウチじゃ完璧には教えられない」


 メロディを演奏するギターとリズムの基盤を作るベースでは楽器の形は違っていても根本が変わってくる。


 ギターの方法をベースに取り入れると変なくせがついてしまい、上達までの道を遠ざける原因になりかねなかった。


 明里あかりの方も同じだった。


 誰もドラムを叩いた事がないので教えられない。


 入門書を渡し、ちょっとづつ知識をつけながら、練習してもらう形を取るしかなかった。


「手がキツい……」


 音を鳴らす前に、太鼓までの距離が意外とあり、伸ばすのだけで精一杯だ。


 しかも手と足でバラバラの動きをしないといけない点も初心者にとっては難しいところだった。


 ベースも同じ。


 コードを押さえる以前に、コードの知識がないのでどこを押さえればいいのかわからない。故に、しっかりとした音を鳴らすことができなかった。


 なので、演奏以前に楽器を叩けないという事態が発生する。


「しっかり演奏できるのかな……」


 二人の練習光景を見て、咲良さくらはため息をこぼす。


 夏祭りまであと二ヶ月。


 香織かおりと約束までしてしまったため、絶対に間に合わせなければならない。


 美月みづき陽奈ひなも作詞、作曲に自分の練習もある。二人につきっきりはできなかった。


「リラックスしてみて」


 二人を見て、美月みづきは自分がピアノを弾いているときに工夫していることを教える。


「リラックスかー」


 明里あかりよう美月みづきの意見を取り入れ、演奏していく。


 奏でる音こそ適当ではあったが、先ほどよりはマシになっていた。それどころか、美月みづき陽奈ひなは二人が奏でた音に鳥肌を立てた。


 天才と呼んでもいいだろう。


 とんでもない逸材を捕まえたことに、二人は言葉を失う。


「どうかなん?」


「いや……初めて触ったにしては上出来じゃないか? 美月みづきもそう思うだろ?」


「うん、うん」


「よくわからなかったけど、美月みづきが言うならそうなんでしょうね。私には適当にやってるようにしか聞こえなかったけど……」


 最初の騒音と何が違うのかわからない咲良さくら。ここが音楽経験の差だろう。


 これなら二ヶ月あれば演奏できる形にはなるだろう。そう確信する陽奈ひなは、次のステップに入っていこうと提案する。


「曲作りも並行していこう。期間が短いから曲は簡単なものにするな。美月みづき、作曲頼むわ」


「わかった。陽奈ひなは作詞?」


「そうだな。今回はラップはやめるよ。祭りだし、和風な感じにしようかなって思ってる」


「いいと思う。咲良さくらも作詞手伝ってあげて」


「え、えぇ……」


「じゃあ、残り二ヶ月頑張ろう!」


『オー!』


 美月みづきと双子は乗り気で、陽奈ひな咲良さくらは照れくさそうに意気込みを入れる。


 二ヶ月後に待っている演奏会で成功を収めるために。


 

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