第34話 最高の舞台

「続いては、軽音楽部(仮)による演奏です。こちらの部活動はまだ正式なものではありませんが、今回特別にこの舞台に立つ事を許可されました。ぜひ、お聞きください!」


 一通りのアナウンスが終わり、美月みづき陽奈ひなは舞台に立つ。


 本来ならこの状況は設けられなかったものだ。だからこそ、この機会は絶対に物にしなければならない。


 だが、実際に舞台に立った途端、美月みづきは視界に移る大勢の観客に身をすくめた。


 中学ピアノコンクールでの失敗がフラッシュバックしたからだ。


 負けた。全力でやったのに……


 皆の期待に応えられなかった時の心の痛みが美月みづきを襲う。


 その不安を感じ取った陽奈ひな美月みづきの肩をそっと支え、『大丈夫だよ』と不安を軽減してくれる。


 陽奈ひなの言葉に美月みづきは、今日まで練習してきた事を思い出す。


 歓喜にすれ違い。色々とあったあの練習期間を。


*****


「合わせれねー。やっぱ、このテンポはウチには厳しいわー」


 スローテンポな曲調に適したラップを選んで『』として合わせていく陽奈ひなだったが、元々荒々しい楽曲が得意な彼女にとって、今回はかなりの難題だったらしい。


 それは美月みづきも同じだった。


 ラップというジャンルは取り入れたことがない。敬遠していたわけではないが、自分の経験値としてないものはどう応用して良いかわからない。


 故に、二人は悩みを抱えてしまう。


「いっそのこと激しい歌に変えちまうってのはどうだ?」


「それは難しいよ。そうしたら曲自体を作り直さないといけない。この曲を作るのに三日かかったんだよ。歓迎会まではあと二日しかないんだから」


「でもなー」


 陽奈ひなも頭ではわかっているが、彼女は少しわがまま気質がある。


 努力を嫌い、向いていないものはやらなくてもいいと考えている。


 ラップというジャンルは楽しく、たまたま自分に合っていたから始めた。ただそれだけ。


 だから、音楽もラップというジャンルが無かったら始めていなかったかもしれない。


 文句は言いつつも、もう一度練習に付き合ってくれる。


 美月みづきの綺麗な歌声で導入部分がスタートする。透き通っているが、芯の通った力強い歌声が彼女の特徴だ。


 中盤部分。サビに入る前に、陽奈ひなのラップパートを入れていく。


 自分の知識を踏襲とうしゅうし、陽奈ひなは懸命に自分の役割をこなしていった。


 技術面に関しては文句の一つもない。が……彼女自身が納得のいくライムを刻むことができないらしい。


「はぁー、これ以上は無駄だと思うんだ。変えようぜ」


「ダメ! 変更したら絶対に間に合わない」


 意地の張り合いが続く。


 第一、ここで陽奈のわがままを許してしまったら、部活動が結成された時にも彼女中心になってしまう。


 それを許すと軽音楽部というものが崩壊する可能性がある。それは、ピアノ教室に通っていた時に体験した経験から推測できた。


 あれは小学生の頃。メガネをかけた一人の女の子が美月みづき以上の才能を持っており、結果も出していた。


 彼女自身も子供だったので、先生も結果に甘んじてその子を甘やかしていた。


 しかしある日、ピアノ教室は険悪なムードになってしまい……結果的に収拾がつかなくなった。


 先生が修正をしてくれたため事なきを得たが、あのまま放置していたらと考えるとゾッとする。


 前のようなことにはなってほしくない。その一心で、陽奈ひなに真っ向から歯向かっていく。


 それが彼女には癪に触ったらしい。強気な言葉を発していく。


「あー、ウチに指図するってわけ? アンタ自分の立場が分かってないようだね。ウチがいなきゃ……」


 そこまで行って陽奈ひなは言葉に覇気がなくなっていく。本来なら悪態ついてやろうと思っていたのだが……「ウチがいなきゃ、どうやってやるつもりだったんだ?」と、本来とは別の言葉を紡いだ。


「それは一人で……それがどうしたの?」


 陽奈ひなの言葉に疑問を持つ。


「そう、一人でやるつもりだったんだよ。だったらよ……」


 美月の耳元でささやくように呟く。その言葉を聞いた美月は、「なるほど! それいい考えかも!」と、陽奈ひなの意見に賛同した。


「だろ? 早速、練習してみようぜ」


 二人は今言った方法を実践してみた。


 『お互いのことは考えない』。普通に考えれば、何を考えているのか理解不能な意見だ。


 しかし、彼女たちには即興ができるだけの技術と経験値がある。


 それを大いに振る舞い、自分がやりやすいようにやっていく。その場の感覚で調和を合わせていく。


 陽奈ひな美月みづきの奏でたい音楽をマッチさせる。そうすることによるハーモニーが生まれることもあるものだ。


 二人は歌い終わる。


「今までで一番良かったんじゃない!」


「そうだな! これをブラッシュアップさせれば……」


「本番でも通用するかも!」


「じゃあ、それで決まりだな!」


*****


 陽奈ひなに支えてもらい平静を取り戻した美月みづきは、舞台上で深呼吸をする。


 短い練習期間だったが、とてもいい出来に仕上げたと思っている。


 自分を信じて……


 美月みづきはキーボードを鳴らし、心地の良いメロディーを鳴らす。


 数秒前奏が流れた後、陽奈のギター演奏も組み込まれる。そこに、美月みづきみ切った水面みなものような綺麗な歌声が発せられた。


 高音の中にクールな低音が混ざりあう。


 普段の彼女の声とは正反対で、聞いているものの心を一瞬で鷲掴みにする。


 歌に込めたテーマ──『感動を呼ぶ曲』をイメージしながら、歌い方に落とし込んでいく。


 訴えかけるように。しかし、押し付けはしない。相手の感情にゆだねる形を取るように、美月みづきは歌っていく。


 その気持ちに追い打ちをかけるかのように、荒々しい歌声が観客を襲う。


 陽奈ひなのラップパート。


 自分の思うようにライムを刻む。


 訴えからのインパクト。ギャップをつけることを意識して観客へと歌をぶつけていく。


 休む暇もないうちに、美月みづきのパートへと戻る。


 感情がぐちゃぐちゃになる観客だが、形容しがたい熱狂へと変わっていく。


 ドラムはない。それでも、美月みづき陽奈ひなの演奏は完璧と表現しても差し支えないものになっていた。


 観客の一部は立ち上がり、二人を応援する姿勢をとる。


 ラストスパート。


 ここでミスをすれば全てが台無しだ。だが、準備は念頭にしてある。そう最後は……


 美月みづき陽奈ひなは同時にそれぞれのパートを歌い出す。


 ラップとバラードのハモリ。それが、最高のハーモニーを作り出し、全てをさらうような盛り上がりを見せた。


 最後に陽奈ひながギターで余韻を作り、歌を終わらせる。


 最初から最後まで構想を練って迎えた演奏本番。思った以上に反響があり、二人は目の前の景色に輝きを感じていた。


「ありがとうございました! ぜひ、軽音楽部をよろしくお願いします!」


 お辞儀をして二人は舞台から退場していった。


明里あかり……すごかったじゃん。今の演奏」


「そうだよねん! キラキラしてた! アタシ……」


「ボク……」


『バンドやってみたいかも!』


 双子は向かい合う。


 バンドという未知の領域に飛び込むことに、希望を見出して……

 

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