第33話 正反対

 三日間の苦労が実り、名倉陽奈なぐらひながメンバー入りした。


 学校が終わり、早速自宅へと招いた美月は、陽奈ひなの実力を見るために演奏をしてもらった。


 ギターを持っている姿は様になっている。さすがは経験者といったところだろうか。


 音が鼓膜を刺激するたびに、味わい深いものを感じる。曲を構成する一音、一音が血肉を刺激し、音の世界に全てを持っていかれる。


「凄い! 凄い!」


「そうかなー。彼氏は私なんかと比べ物にならなくらいヤバいんだー」


 拍手をしながら彼女の演奏を賞賛する。


 陽奈ひな自身もまんざらでもないようで、ちょっと照れて自分の鼻をく。


「今度は私のキーボードと合わせてみない?」


「いいかもなー。実際にセッションをしてみたら何かわかるかもしれないし」


「じゃあ、決まりだね!」


 美月みづきは立ち上がり、キーボードの前に立った。だが……


「どんな感じで合わせようか?」


 弾く曲のイメージが決まっていなかったので、どうすればいいのかわからなくなる。


 ロック調、バラード調、ポップ調など、音といっても無数に存在する。最初に決めておかなければ、バラバラの演奏になってしまう。


 実際、曲を演奏するというのは、同じメロディを引くという前提があって成り立っている。


「じゃあ、ロック調にしてみるか。ウチ、バラード系はちょっと苦手だから」


「いいよ!」


 二人の音を合わせるだけなら、美月みづきにとってはどんな形でもいい。


 イメージも固まった。二人は、それぞれの技術を集約させ、音楽として形を作っていく。


 美月みづきは、ギターには出せない音で陽奈ひなの演奏をサポートする役に徹する。


 自分の知識や経験値を精一杯に生かして、次にどんな音を鳴らせばいいのか瞬時のひらめきで音を鳴らす。


 音への装飾。それにより、音が単調にならず、聴くものが心地よいと感じられるものへと変貌する。


 激しい演奏が続く。


 胸が高鳴り、飛び跳ねたくなる──そんな感情に駆られる音だった。


 最後にキーボードで余韻を作る。


 長さまであらかじめ考えられていたと錯覚するかのような調和だった。


「ちょっとイマイチだね」


「やっぱ、美月みづきもそう思うか?」


 二人は今の演奏に納得がいっていないようだった。


 素人が聞けば、『完璧』以外の言葉はない。だが、経験者からは足りない何かがある。そんな演奏だった。


「音のズレはない……」


「ちゃんと心に響く音にはなっている……」


 二人があごに手を当てながら、推理するように呟いていく。そして、


『中盤のフレーズが違う!』


 同時にお互いを指さしながら、今回の演奏の反省点を口にする。


 その場の即興で、少しだけ盛り上がるテンポにしたが、それがこの曲には合わないという点だった。


 たったの一回でそれを見抜けるお互いの技術は他のものが見たら脱帽するだろう。


 今の改善点を訂正し、もう一度演奏していく。


 今度は一度フレーズを下げ、一気に盛り上がるものにしてみた。


「うん、こっちの方がいいね。まだ、完璧とは言えないけど」


「そうだね」


 納得はいってないが、二人の中で整理ついたようだ。


 一旦休憩。


 陽奈ひなは白い棒状のお菓子を取り出し、口にくわえる。


「それ美味しいの? 私にも頂戴ちょうだい


「ダメ、あげないよ」


「ケチ!」


「アンタはポテチでも食ってな」


 コンビニの袋からポテチを取り出し、放り投げる。大好きなコンソメ味だったので、美月みづきの意識はすぐにそっちに移った。


 ポテチを口にする。そんな彼女に陽奈は声をかける。


「そういえばさ……アンタ、彼氏とかいんの?」


「きゅっ、急にどうしたの……」


「いや、意外と男子ウケ良さそうだから、モテんのかなーって思って」


「そ、そんなことないよ……こ、告白されたこともないし……」


「へぇー」


 美月みづきの身体をジロジロと見る陽奈ひな


 スレンダーな体つきで、身長も平均より高い。故に美しさが際立っている。男子たちから影で残念美人と呼ばれているほど、彼女は美人の部類に入る。


 セクシーな色気はないが、クールな色気は持ち合わせている女性。それが宇崎美月うざきみづきだ。


「でも、男に興味がないわけじゃないんだろ?」


「そうだけど……」


「なら、学生の内に恋愛はしておいた方がいい! ウチの経験談だからこれは絶対だ」


「今はいいよ……音楽に集中したいし」


「そうか……でも、恋バナはしようぜ。これが一番もり上がんだよ。っても、ウチが話し相手がいないだけなんだけどな」


 今日一番の笑顔を見せる陽奈ひな。楽しそうな彼女を見て、美月みづきも少しだけほっこりする。


「話は変んだけど……勧誘どうする?」


「そう。それが問題なんだよね。何も当てがないし……」


「じゃあ、新入生歓迎会を利用しないか?」


「新入生歓迎会?」


「そう。ここの部活動紹介で軽音楽部の活動内容を知ってもらうんだよ」


「でも……私たちが歓迎される側だよ。ステージに立つこと許してもらえるのかな?」


 彼女たちは一年生。


 この行事は新入生に自分たちの部活動の素晴らしさを説き、入部してもらおうとするものだ。


 ステージに立つのは基本二、三年生。


 ましてや、設立もできてない部活動がステージ演奏を許してもらえるとは思えなかった。


「でも、バンドがどういったものなのかを肌で感じてもらった方が勧誘しやすいと思うんだよ。言葉より実演! これは太古の昔からの言い伝えだ!」


「そんなの聞いたことないけど……」


「いいんだよ! 明日学校に掛け合ってみようぜ」


 軽音楽部設立のために、ここまでしてくれる陽奈ひなを見て美月みづきは目頭が熱くなる。


「ありがとう!」


「やめろよー」


 抱きつく美月みづきを必死にどかしていこうとする陽奈ひな


 この日はあと少しだけ練習して、二人は解散した。



「いいですよ」


 生徒会長から発せられた言葉は意外なものだった。黒髪のポニーテール。うなじがくっきりと見えてセクシーで背丈は平均的。整った容姿で、美人と評しても問題ない。目尻が下がっており、柔らかそうな表情をしている


 彼女の言葉に二人は思考停止に陥る。


「いいってことは……」


「少しですが、お時間をお作りしましょう。その代わり、メンバーを集められるかどうかの保証はいたしませんが、よろしいですか?」


「それで大丈夫です!」


 生徒会長の温かい声がけに、美月みづきは元気よく返事をする。しかし、陽奈ひなはこの展開に疑いを持っていた。


「ちょっと話が上手すぎないか? なんか企んでんだろ?」


「まぁ、正直に申せば、企みはあります。でも、それは悪い方向でというわけではありません」


 生徒会長の言葉に二人は首を傾げた。


 そんな二人を見て、生徒会長は言葉を続ける。


「この学校は何も特徴がありませんから、可能性を探るという意味ですよ。もし、この部活のおかげで学校が賑わい、活性化されるのであればそれは喜ばしいことです。それに、私個人としては、頑張っている生徒の主張を無碍むげにすることだけはしたくないのです」


「それだけか?」


「はい。それ以上の意味はありませんよ」


 悪意のない視線を向けられ、二人は彼女の言葉を信じる。


 あっさりと承認が通ってしまった。二人にとっては喜ばしいことなので、素直に喜んでおく。


「あと、これを」


 美月みづきは鍵を渡される。


「これは?」


物置ものおき同然の教室の鍵です。よかったら使用してください。練習場所が必要でしょ?」


「でも、まだ部活動としては受理されてませんよ」


「いいですよ。多分、生徒会はアナタ方を受理する形になるでしょうから」


 生徒会長の意味深な言葉に二人は困惑。だが、部屋を貸してくれるのであれば、美月みづきたちにとっては好都合だった。


 素直にお礼を言い、二人は生徒会長室を後にする。


 その後、誰もいなくなった部屋で生徒会長は、「またアナタの音楽を聴きたいなー。美月みづき」と、呟いた。




 生徒会の了承を得た美月みづきたちは、使用可能になった部室(仮)で新入生歓迎会で演奏する曲作りに励んでいた。


 時間は少し。やれる曲は一曲だけなので、その曲で観客の心を掴まないといけない。


 故に、インパクトは重要だった。


「だからラップを組み込んだ歌で、観客の心を一気にさらっちまうのがいいんだよ」


「違うよ。心に刻み込むバラード調の歌の方が集客には向いてる!」


 お互いが自分の信念を持っているため、譲り合うことができない。


 珍しく睨み合う状況が続く。


 陽奈ひなの鋭い眼光にも負けず劣らず、美月みづきは睨み返していく。


「はー、埒開らちあかかねぇ。お前の親友にも聞いてみたら?」


咲良さくらにも?」


「あぁ、こういうのは客観視できる人が必要だろ? このままじゃどっちも譲らねぇし」


 美月みづきはスマホを取り出し、咲良さくらに電話をかける。その電話に応えた彼女は急いで部室(仮)まで来てくれた。


「うーん、美月みづきの意見の方がいいかな?」


「はぁ? 絶対インパクト重視だろ! お前、親友だからって美月贔屓みづきびいきしてるだけだろ」


「そんなことないよ。ただ、ラップって好き嫌いがわかれるから。ほら、バラードならラップほどは万人受けかなーなんて」


 この演奏はとても重要だ。わるしでこれからの軽音楽部の未来は希望にも絶望にも変わる。


 誰が観に来るかわからない今回の場合は、より多くの人に受ける方を採用した方がいいと咲良さくらは思っただけだ。


「やる気がれたわ」


「えっ!」


「なーんか、めんどくさくなってきたっていうか」


「何いってるのよ。そんな自分勝手なこと」


「いいだろ? テメェは部員じゃねぇんだから」


「だからって!」


「うるせぇな! ウチはウチの音楽を奏でたいだけ! それができないなら、ここにいる必要はない」


 彼女の言葉は美月みづきには痛いほど理解できた。


 音楽は自分を表現できる媒体のひとつ。昔から美月みづきは他人から理解を得られなかった。


 だが、ピアノを始めてからは、美月みづきは自分の考えを伝えることができるようになっていった。だから、陽奈ひなが言いたいことがわかる。


「じゃあ、ラップパートも入れよう。ラップの部分は陽奈ひなが歌って。デュエットでやろうよ」


「なるほどなー」


美月みづき、いいの?」


「うん」


 悲しそうに頷く。そして、方針が決まった二人は曲作りを始めていった。


 美月みづきがバンドを始め、初めて演奏する運命の曲を。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る