過去編〈軽音楽部編〉

第32話 全ての始まり


「高校デビュー!」


「ちょっと、恥ずかしいからやめてよ」


 桜花おうか学園の校門をくぐり、高々と宣言する美月みづき。それを隣で見ていた咲良さくらは、羞恥心しゅうちしんが抑えられず、美月みづきから目を逸らしていく。


 当然、周りの生徒たちは二人を見ている。痛い視線だったのだが、美月みづきには関係ない。


「高校生だよ! 高校生! なんか大人になった感じだよね」


「まぁ、ちょっと清々しいよね」


 義務教育からの卒業は、一歩だけ階段を登ったかのように感じだ。だから、気持ちが高まってくるのも理解できる。


 二人は自分のクラスを確認していく。


 一年B組。中学の時のように同じクラスだ。


「またよろしくね」


「こちらこそ」


 二人は向かい合い、お互いに笑い合う。その後、自分たちのクラスに向かうために歩いて行く。


「それより、部活動何にする?」


「私は決めてないなー。美月みづきは?」


「当然、軽音楽部! OCEANオーシャンのように輝くんだ!」


「またそれか……」


 いつものように目を輝かせる。そして、「咲良さくらも一緒にやろうよ!」と言うまでが、お決まりのパターンだった。


「いーや、だって、私音楽の才能ないもん。美月みづきに迷惑かけられない」


「そうかー」


「でも、応援はしてる」


「ありがとう」


 いつもと同じ会話が繰り広げられる。雑談をしている間に教室へとたどり着く。


 教室ひとつとっても、中学の頃とは違う。見た目というよりは、感情面だろうが、『高校生』というだけで特別感がある。


 入学式にちょっとした担任の話で初日は終わった。


 次の日から部活動の勧誘が始まった。


 美月みづきはその美貌から色々な男子生徒から声をかけられるが、咲良さくらがそれを抑制。


「君も一緒に芸術に打ち明けようよ!」


「嫌です。特に美術部は。中学で散々な目にあった」


「そういえばそんなこともあったね」


 美月みづき咲良さくらが愚痴っていたことを思い出す。


 デッサンをしていたのだが、ひとりの男子生徒に自分のデッサンをバカにされたらしい。


 特にひどいものではなかったが、その男子生徒のツボにはハマったらしく、卒業までずっと言われ続けたという。


「行こ!」


 咲良さくら美月みづきの手を取って、校舎の中に入って行こうとする。だが、勧誘していた男子生徒が美月みづきの手を取って、「待ってよ!」と言ってくる。


 あまりにしつこいので、咲良さくらが怒りそうになるが、その前に「ごめんね。私、軽音楽部に入るって決めてるんだ。誘ってくれたのは嬉しかったよ」と、満面の笑顔を向け、丁重ていちょうにお断りする美月みづきだった。だが……


「この学校に軽音楽部なんてないけど……」


「えっ!」


「そういえば、勧誘も見てないし、名前すら聞いてないような……」


 咲良さくらも違和感を覚え、彼の言っていることが事実かもしれないと言う。


「嘘でしょー!」


 念願砕かれる。美月みづきは膝から崩れ落ちて、魂が抜け出るような感覚に襲われた。


美月みづき、大丈夫!」


 教室へと連れてきた美月みづきの体を揺する。


 何も反応がない。


 その姿は抜け殻と評しても変わらないものだった。


 ついには美月みづきの感情は元には戻らず、授業が始まってしまった。


宇崎うざきさん、宇崎うざきさん!」


 授業で指名されたらしい。反応がない美月みづきに、担任の女性教師は何度も話しかけていく。


「なん、ですか?」


「なんですか……じゃないでしょ! 宇崎うざきさん、ここ答えてください」


 言われた通りに、指示された箇所を答えていく。しっかりと合ってはいた。さすが特待生というところだろう。


 こんな抜け殻状態で、昼休みまで過ごした。しかし、


「そうだ!」


 急に血色が良くなり、美月みづきは立ち上がった。


「どうしたの? 急に大声なんて出して」


「ないなら、作ればいいんだよ!」


「はい?」


「私たちで軽音楽部を設立しよ!」


「はー、美月みづきはまた突拍子のないことを……」


 美月みづきの無鉄砲さには咲良も呆れている。


 だが、思い立ったが吉日。それが美月みづきのモットーだ。


 早速、生徒会室に直行。


 当時の生徒会長に部活動申請の申し出をする。


「あのー、作るのは構わないのですが……部活動を設立するのに必要なルールをご存知ですか?」


「ルール?」


「はい。部活動申請には最低でも部員は五人必要なんです。集められますか?」


「大丈夫です! やります!」


 気合の入っている美月みづきは決意を表明。


 生徒会室から勢いよく飛び出していく姿を見て、生徒会長は呆然ぼうぜんとしていた。



咲良さくらー、入ってー」


「私やらなって言ったでしょ!」


 泣きつきながら懇願こんがんする美月みづき咲良さくらが強く当たってしまう。


 あれから三日。頑張って勧誘するも、誰ひとり入部してくれない。それどころか、関心すら示してくれないため、誰も美月みづきの話を聞いてくれない。


美月みづきの勧誘の仕方が悪いんじゃないの?」


「そんなことないよ。音楽の素晴らしさをいたり、楽しさを知ってもらうとしただけ」


「それって人によっては、うざがられるよ……」


 熱量がオタクの域に達している美月みづき。そこが可愛いと言ってくれる人もいたが、大抵の人は変人扱いをする。


 軽音楽部の宇崎美月うざきみづき。設立すらされてないのに、その愛称で呼ばれるほど、この短期間で浸透してしまった。


 その上、中学ピアノコンクール最優秀賞者という経歴すら広まってしまい、レベルの高い変人という一番敬遠したがる存在になってしまった。


「こんなことで諦める美月みづきじゃないでしょ?」


「でも……このままいったら、一生設立できないかも……」


 落ち込む美月みづき。彼女を見て咲良さくらは、


「わかった。どうしても最後のひとりが集まらなかった時、私が最後の穴埋めで入ってあげるから」


「ホント!」


「私が嘘言ったことある?」


 今までの咲良さくらと過ごした時間を振り返り、美月みづきは彼女が自分の前で嘘をついたことがないことに気がつく。


「約束だよ!」


「はいはい、勧誘頑張ってね!」


 手を振って美月みづきを送り出そうとする……しかし、


「どうせなら、咲良さくらも手伝ってよ。私のどこがダメなのか指摘してほしい」


「──美月みづきはたまに核心突くこと言うよね」


「そうかな?」


 意外とあなどれない美月みづき


 それを胸に咲良は美月みづきと共に部活動勧誘に向かった。


「軽音楽部に入りませんか! 貴方アナタも! 貴女アナタも! 輝ける青春を一緒に謳歌しようよ!」


 元気溌剌はつらつに声かけをしていく。その行為は見境なく、男女関係なく、自分の前を通った人に同じことをする。


「あちゃー、なんでこんなことするかな? ただでさえ、美月みづきは生徒から距離置かれてるのに」


「この方がいいかなと思って」


「あのね、勧誘ってのは、この部活動の良さを伝えて『入りたい!』ってい風にしないとダメなの。特に、この学校は音楽に興味持ってる人が少ないから、そこから始めないとだけど……美月みづきの場合は想いが強すぎて近づき難いかな」


 中学で三年間過ごし、美月みづきの長所も短所も全部把握はあくしている咲良さくら。的確に欠点を指摘してくれる。


 咲良さくらからもらったアドバイスをもとに、今度は声を抑えてみる。ただし、その中には元気さは残しておいて……


 それでも、美月みづきは変人というイメージが先行されているためか、誰も寄り付いてくれない。


 配ったチラシは受け取ってくれたので、あとは明日、どれだけの人が来てくれるかに期待だ。


 家路に着き、交差点で咲良さくらと別れた。


 

 次の日も部活動勧誘。


 誠心誠意を込めて、『お願いします!』の言葉を紡いでいく。そんな時……ひとりの女性が設置されている椅子に腰をかけた。


「軽音楽部ってここ?」


 褐色かっしょくの肌が特徴的な女性だった。スカートの丈も短く、制服も着崩し、少し下着が見えている。絶対に優等生とはほど遠い存在だ。


「入りたいんだけど」


 突然の申し出に、二人はきょとんとするが、すぐに理解が追いつき、美月みづきは言葉を発した。


「ホント! 歓迎だよ!」


 念願の一人目。しかし、隣にいた咲良さくら怪訝けげんな視線を向ける。


「申し訳ないですけど、お帰り願えますか?」


「あー、ここは入部させる人を選ぶのか?」


「そういうわけじゃないんですけど……」


「だったらいいだろ?」


 めんどくさそうな表情を浮かべながら、箱を取り出す。中から白い棒状の物体を取り出し、口に咥えた。


「それってまさか!」


「ばーか、お菓子だよ。気分でもこうしてないとイライラすんの。で、入れてくれるの? ダメなの?」


 圧が強く、美月みづきは少しだけたじろぎそうになるが……


「もちろん歓迎だよ! 一応、聞くけど音楽経験は?」


「ギターをやってる。彼氏に影響されて始めたって感じ」


「じゃぁ、その彼氏さんも一緒に……」


「悪いね、彼氏なんだわ」


 女の言葉が咲良さくらには引っかかった。しかし、そこには反応できず、次に言葉を発したのは美月みづきだった。


「そうか……でも、アナタだけでも歓迎! ここに名前お願いできる?」


「ちょっと……」


 咲良さくらが口を挟んでくるが、「だって咲良さくらは部員じゃないでしょ?」と、美月はごもっともな一言を放つ。


 その言葉に咲良さくらは反論できなくなる。


 女が紙に名前を書く。


名倉陽奈なぐらひなか……陽奈ひなちゃんって呼んでいい?」


「なんでもいいよ……」


 やっとこさ一人目が入部。美月みづきは大歓喜する。


 その横では咲良さくらが不信感を募らせていた。

 

 

 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る