第31話 邂逅


「あれ、宇崎うざきじゃね?」


「もう学校来ないかと思ったよ」


「私はグレて非行少女に走ったかと思ったわ。ほら、あの退学になった子と連んでたでしょ?」


 教室に入った途端に、ありもしない噂を口にするクラスメイトたち。


 学校側には病気のことは伝えたが、本人の意向で生徒たちには黙っていてほしいとも伝えた。


 だから、彼女が余命宣告をされた事を生徒たちは知らない。


美月みづき!」


 彼女の秘密を知っているひとり──塚本咲良つかもとさくらが、彼女へと駆けてきて抱きつく。


美月みづき、もう大丈夫なの? だって死……」


「シー!」


「どうして?」


「他の生徒たちには知られたくない。ほら、あんまり仲良くないし、変に気を遣わせたくないし」


美月みづきらしい」


「そうかな?」


「そうだよ」


 何事もなかったかのように、二人は語り合う。


 だが、この時間一秒、一秒が美月みづきにとっては、

ダイヤモンドのように価値のあるものだ。


 それは、命に限りがあると身近に感じられたから、初めて抱いた感情だが。


「授業始めるぞ」


 担任の声と共に、皆が着席する。


 放課後までいつもの日常が流れる。


 二人は帰宅するために玄関へと向かい、玄関で自分の下駄箱を開ける。すると……美月みづきの下駄箱の中から紙切れのようなものが落ちた。


「なんだろうこれ?」


「さぁ?」


 床に落ちた紙を拾う。二つ折りになっていたので、広げて確認すると、そこには『軽音楽部の部室に来て』とだけ簡素に書かれていた。 


 去年美月みづきたちが作った部活動。今は美月みづきすらも行っていない。噂では廃部になったらしい。


 思わぬ予定が入り、美月みづきは学校へと引き返す。全てが始まったあの場所へ向かうために。


 その後ろ姿を、白髪の少女が見つめているとは知らず。



 指定された部室に着いた美月みづき咲良さくら。懐かしの情景に美月の心は嬉しさと悲しみの感情が混ざり合う。


 出会いから別れ。悲しみや挫折。いろいろなことがあり、楽しくも苦い思い出がこの場所にはある。


「しんみりしてんじゃねぇよ。今の美月みづきがそうしてると別の意味でとらえちまうだろ?」


 背後から声をかけれら、美月みづきは胸を打たれた。


美月みづき、顔赤いよ」


「そんなこと……」


 前はそんなことなかったのに、この声を聞くと胸が高鳴り、感情を抑えるのだけで必死になる。


 声の主──翔兎しょうとも部室へと入ってきて、「誰が呼び出したんだ?」と疑問を向ける。


「さぁ? 私は美月みづきについてきただけだし」


「私も心当たりはないかな?」


「そうか……でも、美月みづきと俺に声をかけたってことは……」


「バンド関連だね」


 翔兎しょうととしてはこの場所にくるのは初めてだ。なら、この場所を指定した手紙の送り主は、美月みづきに用があると考えるのが自然だった。


「っく、俺たちも時間がねぇんだよ。あと一週間で文化祭だろ? 演奏する曲を作らなきゃいけないし、練習時間も必要だし……大した用事じゃなかったら、ゆるさねぇからな」


「悪かったねん!」


「そうそう。そこまで言わなくてもいいじゃん」


 翔兎しょうとの声が意外に大きかったので、廊下まで聞こえていたらしい。翔兎しょうとの言葉に気分が優れない声色で答える声があった。


 息の合った歩き方や喋り方。その声を聞いて、美月みづき咲良さくらは驚きの表情を見せていた。


明里あかり! よう!」


「よっ! 半年ぶりかなん? 変わらないねん、みづっちは」


「そうそう。変わんないじゃんよ!」


 部室だった部屋に入り、二人は並ぶ。


 茶髪のストレートヘアにボーイッシュな見た目の中島明里なかじまあかり


 黒髪のお団子ヘアをしているのは中島曜なかじまよう


 桜花おうか学園名物のひとつ──太陽コンビと呼ばれている双子の姉妹だ。


 お互いに正反対で、明里あかりは女性らしい引き締まった体つきをしているが、ようは幼女のような体型をしている。


「呼び出してごめんねん」


「本当ごめんじゃんよ」


「そんなことないよ。久しぶりに会えて嬉しい」


 明里あかりように抱きつき、美月みづきは久々の再会に喜びを見せる。そんな彼女だったが、「ちょっと待てよ!」と翔兎しょうとが声をかける。


「どうしたの?」


「『どうしたの?』じゃないだろ! あれだけ、犬猿の仲みたいに言ってたのに、仲良すぎだろ! なんで、メンバー同士で決裂したんだよ」


「あぁ、あれねん。あれはねん……」


「私が悪いの! 私がみんなのことを考えられなかったから」


 ようの言葉を美月みづきが無理やり遮る。


 今のやりとりで何かあると思った翔兎しょうとだったが、重たい空気になるのを避けるため、あえてそこは聞かなかった。


 急によう明里あかりが頭を下げた。その行為を不思議に思った美月みづきは、「どうしたの!」と、慌てた様子で声を出した。


「本当にごめんね。あんな形とはいえ、美月みづきを傷つけた。あれから何度か謝ろうかと思ったけど……会うのが怖くて」


「ボクも会うのが怖くて……」


「そんな思い詰めなくてもいいよ。ねっ! 咲良さくらもそう思うでしょ?」


「えっ! えぇ、あれは仕方なかったっていうか……」


 物事をはっきりと言う咲良さくらがこのやりとりを許容するのを見て、翔兎しょうとは胸に引っかかりを覚える。


 気になったことを、咲良さくらに聞こうと思ったが……その前に、美月みづきが言葉を挟む。


「それで、なんのために呼び出したの? ただ謝りたかっただけじゃないんでしょ?」


「うん、話したいことがあったからん」


「話したいこと?」


「そうだよん」


美月みづきって、文化祭でバンドやるらしいじゃん。だからさ、助っ人としてボクたちが一緒にステージに立てたらと思って……スタープロジェクトは高みすぎて登れないけど、また美月みづきと音楽やりたいなーなんて……」


「アタシも!」


よう……明里あかり……」


 思わぬ声かけで、美月みづきは嬉しく涙がこぼれそうになる。だが、翔兎しょうととしては反対だったらしく、反論の意見をぶつけてくる。


「ちょっと待てよ。ライブ配信するから助っ人使わないって話してたばかりじゃないか」


「でも、まだ学校側に撮影許可取ってないんでしょん」


「確かにそうだが……」


「じゃあ、ボクたちが助っ人した方がバンドってものを知ってもらえるじゃん!」


 二人でやるより、皆が知っているバンドの形式にした方が興味を持ってもらいやすくなると、ゴリ押ししてくるが、翔兎しょうととしては配信をした方がいいと思っている。


 ただでさえ、美月みづきが休んでしまっていた二週間でランキングはガタ落ちだ。


 できる限り配信して、ランキングは上げておきたい。翔兎しょうととしても引き下がる気はなく、意地でも配信の方向へと持っていこうとする。


 そんな時、「あてぃしも配信は否定派ですね」と落ち着いた雰囲気の声が聞こえてきて、またもや部室に第三者が乱入してくる。


『生徒会長!』


 全員が入ってきたメガネ姿の女性に驚きを見せた。


 白髪のツインテールが綺麗な女性。かけているメガネも彼女という素材を引き立てている。


 この場にいる全員が目を釘付けにされる美しさだった。


 見惚れてしまい、翔兎しょうとは一瞬、出遅れたが、すぐに冷静さを取り戻して言葉を紡ぐ。


「どうしてだ?」


「簡単なことです。美月みづきさんはオンライン上での集客効果は期待できますが、オフラインでの集客はてんでダメだからです。それは学校での彼女を見ていれば、一目瞭然いちもくりょうぜんです」


 的確にダメ出しをする生徒会長だったが、彼女の言う通りだった。


 彼女の学校での人気はネットほどない。それどころか、咲良さくらの方がモテるくらいだった。


 それは、彼女の性格が起因していると思う。


 エンタメ色の強い画面上では、彼女の元気で明るすぎる性格は役に立つが、リアルとなると嫌悪感を示すものも出てくる。


 それどころか、変人扱いされてしまうこともあり、敬遠される可能性もある。


「そこで、あてぃしは校内演奏に振り切って、スタープロジェクトを知らない人に向けた宣伝にした方がいいと思います。その人たちをライブ配信に呼び込めば、美月みづきさんのオンライン上の集客効果に相乗効果が現れ、更なる結果を求めることができると思います!」


 生徒会長の意見に翔兎しょうと美月みづきは黙り込む。


 あまりに的確すぎてどう切り返せばいいのかわからなかった。


 しばらくの間沈黙が続くが、それを切り裂く出来事が起きる。


「もしかして! ホワイトちゃんだよね!」


 突如として話題をすり替える美月みづき


 あまりの接近と急に手を握られた生徒会長は赤面した。


 顔を逸らしながら無理やり口を動かす。


「ホワイトってなんですか? そんな人、あてぃしは知らないです」


「あれ? 人って言ったか?」


「あっ!」


 口を滑らせた事を翔兎しょうとに指摘され、今までのクールさが完全に壊れる。


「やっぱり、ホワイトちゃんだよね! いつもコメントありがとうね。まさか、同じ学校だったなんて」


「その名前で呼ばないでください! あてぃしには榊柚葉さかきゆずはって名前があるんですからー」


 インドア・ホワイト改ため、榊柚葉さかきゆずはが憧れの美月みづきを前にテンパってく。


「こりゃ、根っからの陰キャだな」


「確かに……」


 人の変わりように翔兎しょうと咲良さくらは少しだけ呆れ顔を見せた。


 しばらくして落ち着きを取り戻した柚葉ゆずはは、一度咳払いをし、話題を変えていく。


「それで、校内演奏に振り切るか、配信していくか。どちらにしますか?」


 柚葉ゆずはの質問。それに美月みづきは答えていく。


 もう答えは決まっていた。なぜなら……


「校内演奏に振り切るよ」


美月みづき!」


「だって、一番のファンがそうした方がいいって言ってるんだよ? だったら、それが私たちにとっての最適解だと思うんだよ。それに……」


 明里あかりようを見る。


「はぁー、二人とまた演奏したいってことか……」


「うん。本当は陽奈ひなも一緒だと良かったんだけど……」


 もうひとりのメンバー。


 不純異性交遊ふじゅんいせいこうゆうが問題で退学処分になり、もうこの学校にはいない。でも、彼女のギターの演奏はプロ並みと言っても過言ではなかった。


「そういえば、なんでお前ら解散したんだ?」


 翔兎しょうとからしたら不思議だった。


 えんが薄くなっていたとはいえ、すぐに仲直りできるだけの絆はあった。そんな彼女たちが距離を置く理由。相当な理由があるはずだ。そう翔兎しょうとは睨んでいた。


 彼の言葉を聞いて、美月みづき咲良さくらは見つめ合う。そして、お互いに頷き、言葉を続けた。


「せっかくの機会だし、良い頃合いだと思う」


 そう言葉を紡ぎ、美月みづきは決意をひとみに宿す。そして……


翔兎しょうと君には知っていてほしい。軽音楽部設立から解散まで。私たちが歩んできた道を。私たちの原点を」


 美月みづきのバンド道への原点。その全てが今……

 

 

 


 

 

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