第29話 突きつけられる現実


 桜花おうか学園で文化祭が開催される。そこでバンドをやろうと提案する美月だったが、発言した彼女は一番肝心なことを忘れていた。


 桜花おうか学園の文化祭。つまり、在籍者のみしか参加できない行事だった。


 その事実を翔兎しょうとに指摘され、呆気に取られる美月みづきだったが、彼女の顔を見て翔兎しょうとが言葉を紡ぐ。


「スタープロジェクトのためにライブ配信するなら、エントリーしているメンバー以外の参加は認められない。よって一度きりの助っ人は使えない。もし、使った場合は、ライブ配信はできない」


「そんなー!」


 二人きりで参加してライブ配信をするか、助っ人を使って校内演奏だけで終えるか。その選択を迫られる美月みづき達。


「でも、宣伝も兼ねてるんだろ? だったら、配信しなきゃ意味ないだろ?」


「そうなんだよなー」


 校内演奏になれば、やる意味はない。だったら、出す答えはもう決まっている。


「二人でやろ! 私たちならできるよ!」


「あっ、あぁ……」


 いきなり手を握る美月みづき。彼女の行動に翔兎しょうとは頬を赤らめさせる。


「ハニー! 僕以外の男の人に微笑みを向けないでー」


「うるせぇ!」


 健斗けんとの涙に、春樹はるきが厳しくツッコミ。


 肝心の翔兎しょうとはすぐに平常心を取り戻し、美月みづきの言葉に遅れて頷いた。


「じゃあ、二手に別れないか?」


「二手?」


「あぁ、翔兎しょうと美月みづきで文化祭用の音楽作り、俺と健斗けんとで今までのライブの切り抜き編集と演奏技術の向上かな?」


「うん、いいね!」


 四人の方針は決まった。


 早速、二手に別れて作業に入っていこうとするが……


美月みづきが視界に入ると健斗けんとは集中力欠くからな。俺の家で作業するよ」


「そ、そんなー」


 落ち込んでいる健斗けんとを無理やり引きずり、スタジオを出ていく春樹はるき


 完全に二人きりになってしまった翔兎しょうとは少し緊張していた。


 春樹はるき健斗けんとがメンバー入りする前は、二人きりになることは多々あった。


 だが、彼女を意識し始めてからは初めて。人の気持ちとは少し変わるだけで、百八十度見え方が変わるのだと思った。


翔兎しょうと君?」


 遠くを見つめながら、自分の感情を整理しようとしている翔兎しょうとに話しかける。美月みづきの言葉で我に帰った翔兎しょうとは「何?」と、何事もなかったかのように返答する。


「今回なんだけどさ……キーボード主体の歌にしてみない?」


 そんなこんなで、あの日から一週間。


 考えていた歌自体は半分近く完成していた。だが、肝心なサビの部分のメロディがなかなか決まらない。


「マイハニー! 一週間ぶりだね! 会いたくて、会いたくて、死にそうだったんだよ!」


「は、はい。ありがとう。春樹はるき君、よろしくね」


「わかったよ」


 美月みづきの言葉で、春樹はるき健斗けんとを彼女から剥がす。そして、自分たちのやるべき練習へと戻っていく。この時に、「ハニー、一緒に、一緒に練習をー」と、健斗けんとが言っていたが、完全に無視された。


「こういうのはどうかな?」


 サビに入る前に一拍置き、サビから一気に盛り上がるメロディ。しかし、「しっくりこないなー」と翔兎しょうとに言われてしまう。


 今回演奏する軽いバラード調の曲には合うかと思ったのだが、翔兎しょうとの意見を聞いて「やっぱダメかー」と他者からの意見を参考にする。


「ならこれならどうかなー」


 他の音も二、三種類ぐらい出すのだが、どれもうまくハマると思ったものは見つからなかった。


 その後も、いろいろな音を奏でていくが、いいメロディは見つからない。


 気分転換に口笛を吹く美月みづき。そんな時、何かを閃いたかのように指を鳴らす。


「こういうのはどう!」


 そう言って、美月みづきはキーボードで演奏をしていく。


 サビは少しだけ切ない感じになったが、その中に元気付けられるようなものも含まれており、歌詞の『戻らない時もあるけど、今を大事に進んでいきたい』にも合っていた。


 翔兎しょうと自身も胸を打たれ、「いいんじゃないか!」と賛成してくれる。そして、


「じゃあ、ボーカルは美月みづきで」


「えっ!」


 翔兎しょうとから意外な言葉を投げかけられ、美月みづきは思わず声を出してしまっていた。


「だって、桜花おうか学園の文化祭だろ? だったら、学園で有名な美月みづきが歌った方が良い宣伝になるしな。それに、この曲調なら俺の歌声より美月みづきの歌声の方が合ってるしな」


「そうかなー」


「そうだよ。マイハニーの歌声は癒しの歌声だ! まさに歌姫。そう呼んでも遜色そんしょくないものがあるからね」


「はい、はい。お前はこっちで作業だからな」


 いつの間にか割り込んでいた健斗けんと春樹はるきが抑制し、襟首えりくびを引っ張りながら自分たちの作業エリアまで戻していく。


「まぁ、健斗けんと君も一緒でいいよ。そろそろ配信の準備しようとしてたし」


「おい! まさか文化祭の準備と両立するつもりか?」


「そうだけど……何か問題かな?」


「大アリだ! 学業に文化祭。スタープロジェクトの配信。こんなに多忙だとお前がぶっ壊れるぞ」


「まぁ、腰とか足とか、身体中痛いけど……それでも、今この時は充実してるんだ。みんなと一緒にこれからも音楽やっていきたいなー……なんてね?」


「何言ってんだよ。今更当たり前のことを……俺たちの目的は優勝だろ? 絶対勝とうな」


「うん!」


 翔兎しょうとと二人向かい合う。その姿に健斗けんとは嫉妬していたが、その後、四人はスタープロジェクト一次予選のためのライブ配信をし、時間が来たら解散した。



「何かの間違いじゃないんですか?」


 女医の説明に母──宇崎佐奈うざきさなは、血相を変えて声を上げていた。


 常に冷静沈着な佐奈さな。そんな彼女がここまで取り乱している。


 しかし、この状況を突きつけられたら、どんな人間でもこうなってしまう。


 美月みづきも隣で呆然としている。


 結果が結果だ。泣きそな感情を堪えて必死に説明を聞いていく。


「乳がんです。しかも、ステージ四まで進行しています」


「でも、切除すれば治るんですよね」


「えぇ、乳がんだけなら……残念ながら全身に転移しています。これを全て切除するのはほぼ不可能と言ってもいいでしょう」


 更なる絶望が美月みづきを襲った。


 何も自覚症状はなかった。だが、まれにこういったことは起こると女医は説明する。


 腰痛、頭痛、腹痛などちょっとした痛みが、がんの症状だったということはよくあることだと。


 美月みづきにもこれに似た現象は多々起きていた。しかし、いつも早朝からランニングをしている美月みづきは、その弊害でちょっとした筋肉痛だと思っていた。


「そんな……美月みづきは、美月みづきはどれくらい生きられるんでしょうか?」


「持って三年。生きられても五年以内には……」


 女医が心許こころもとない声で言葉を紡ぐ。


 聞きたくない言葉だった。


 自分が死ぬ? これからスタープロジェクトも本番なのに。一生懸命練習して、優勝を目指す。そのつもりだったのに……


「早速ですが……入院して、少しでも延命治療を。その間に私達の方で治療の可能性を……」


 女医の言葉が聞こえて、美月みづきは怖くなった。そして、診察室を飛び出した。


美月みづき!」


 診察室を飛び出した美月みづきを見て、女医は目を逸らしてしまっていた。


 よわい十七の少女にはあまりに酷な診断結果だった。


 病院を飛び出した美月みづきは、入り口前の階段で塞ぎ込んでいた。


 余命宣告。自分の人生とは無縁だと思っていた。


「いやだ……死にたくない。それ以前に……」


 もっと一緒に、BIGBANGビッグバンのメンバーと音楽をやっていたい。


健斗けんと君、春樹はるき君……翔兎しょうと君」


 メンバーの名前を口にする。


 出会うまでに色々あった。悩むことも、傷つくこともあった。でも、意気投合し、一緒に同じ目標に向かって切磋琢磨せっさたくまできる仲になった。


 そんな彼らとの思い出が全部なくなる。それが美月みづきにはすごく怖かった。


美月みづき?」


 塞ぎ込んでいる彼女の耳に、男の人の声が聞こえてきた。


 いつも聞いている声。とても落ち着く声。


 その声に美月みづきは顔を上げた。視界にはメンバーの一人──銀河翔兎ぎんがしょうとがいた。


「どうしたんだ? こんなところで」


 かけられた声に美月みづきは、感情が抑えられなくなった。そして……翔兎しょうとに抱きつき、自分が突きつけられた現実を告げた。


「は?」


 意味がわからなかった。


 美月みづきが死ぬ。その現実に、彼は言葉を失う。


 混乱している翔兎しょうとの胸で美月みづきは大声で泣き叫ぶ。どこにぶつければいいかわからない感情を抱きながら。

 


 

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