第26話 向き合う気持ち

 スマホが鳴る。その音に反応し、美月みづきはスマホを取った。


 送り主は翔兎しょうと。そこには『元気か?』と書かれていた。


 現在は月曜日の朝。あれから二日経っているが、美月みづきはまだ精神的に立ち直れていなかった。


 知らない男性に抱きつかれる。


 自分の画像を見て、画面越しに性的行為をされる。


 想像するだけでゾッとし、彼女の心を病ませるには十分すぎる行為だった。


 彼のメッセージに『うん、なんとかね』とから元気を見せる返信をする。


『ならよかったが……昨日の練習も断っちまったし、夏弥なつやさん達にも悪いことしたなって思ってな』


「うん。それに関しては本当に悪いと思ってる」


OCEANオーシャンのメンバーは皆、大丈夫と言ってくれ、さらには心配してくれた。


 彼らには時間まで作ってもらったのに、このようなな結果になってしまったのは、申し訳ない。


 だいぶセンチメンタルになってしまっている美月みづき


 元気をつけるために、翔兎しょうとは『ちょっと話そうぜ』と提案してくれる。


 まだ時間も少しあるため、美月みづき翔兎しょうとの言葉に承諾する。


『そういえばよ、俺、弾ける曲のバリエーションが増えたんだよ。最近はギター弾くのがさらに楽しっくてさ。早く三人で音を合わせたいと思ってる』


「そうなんだ……」


『それに……歌の練習もしたぜ。ボイトレってやつ? 初めてやったんだけど……歌のことをもっと知れて楽しかった。だからよ……』


 今の美月みづきでもわかった。


 翔兎しょうとは無理してでも自分を励まそうとしてくれている。その気持ちは嬉しいが、今の自分は乗り気になれない。


「ごめんね……」


 低いトーンで言葉を発する。それに翔兎しょうとは全てを察し、『悪い、まだ難しかったか』と返答。


「うん。でも、気持ちだけは嬉しい」


 表面だけは取り繕い、『今日、用事あるから学校休むね』とだけ、返信してやり取りは終わった。


 それから支度したくをして美月みづきは家を出た。



 自宅を出た美月みづきは目的の場所へと向かっていた。


 場所は総合病院。


 体調は土曜日からおかしかった。ただ、緊急で行くほどのものではなかったので、週初めまで待ったのだった。


 病院で一通りの検査を受け、診察室へと入る。


「この検査結果だけではなんともいえませんね。しこりも良性のものかもしれませんし……一応、詳しい検査受けられますか?」


「お願いします」


 女医の言葉に覇気のない声で答える美月みづき


 その後、精密検査を受け、検査結果は後日という形になった。


 会計を済ませ帰宅……しようとした時、


「本当に似てる。君、美月みづきちゃんでしょ?」


 黒色の秋コーデに身を包む長髪の女性に声をかけらる。


 全く知らない人に声をかけられた美月みづきは、肩を跳ね上げた。


「ごめん、悪気はないんだ」


「何か用ですか……」


 ただでさえ、気分が優れない美月みづきは、誰とも会いたくない。一人がいいという理由で、病院にも一人で来たのだ。


「用というか……私は弟の薬をもらいに来ただけで、たまたま美月みづきちゃんに会ったから無意識に声かけちゃっただけ。本当そっくりだから、昔の癖でね」


「昔の癖?」


「そう、健斗けんとの恋人、あいちゃん。会うたびに声かけてたから」


 健斗けんとの名前が出て美月は警戒した。この場に彼もいると勘違いしたからだ。


 怯えている美月みづきを見て、「アイツはいないから心配しなくてもいいよ」と優しく声をかけてくれる。


「それで、たまたま声をかけただけなんですか? だったら、私は帰ります。失礼します」


「待ってよ!」


 逃げるようにこの場を去って行こうとする美月みづきの腕を掴み、逃がさないようにする。


 姉も怖い。弟があれなら、姉弟きょうだい揃って変人ばかりだ。


 恐怖している美月みづきをよそに、妙は突拍子のないことを言い出した。


「たまたま会うのも運命だよね。ちょっと時間ある? あるなら話しない?」


「話ですか?」


「そう! 健斗けんとがアンタに何したかはアイツに聞いて全部知ってる。君は怖かったと思うし、本当に悪いと思ってる。でも……姉として、私はアイツの誤解を解いておきたいんだ」


 彼女の目が美月みづき射抜いぬく。ひとみの奥にある感情は並大抵のものではなく、本当に健斗けんとのことを思っているものだと感じられた。


 全て聞いたのであれば、何をしたのかも知っている。


 姉弟きょうだいといえど異性だ。美月みづきがされた行為は正直言ってきみ悪がるだろう。


 しかし、彼女はそんな弟は擁護ようぎしようとしているのだ。美月みづきは、この姉がここまで必死なのを知りたくなった。


「ちょっとだけなら……」


「ありがとう。ここだとちょっと迷惑になるから、近くに公園があったよね。そこに移動しようか」


 たえの言葉に従い、美月みづきは彼女の後ろを付いて行った。


 公園についてしばらくは無言が続いた。美月みづきから話してもよかったが、彼女の雰囲気がそうさせてくれなかった。


 たえが口を開く。


「何から話せばいいのかな……まずは健斗けんとのことを知ってもらうんじゃなくて……うーん」


「あのー、私も暇じゃないんです。早くしてください」


「待って、待って! 情報を整理するのが難しいのよ」


 なかなか本題に入ってくれない彼女。それに少しイラつきを隠せない美月みづき


 もう我慢できなくなった美月みづきは、自分から話の話題に触れた。


「そういえば、あいちゃんがどうとかって言ってましたよね」


「えっ! そうそう。あいちゃん。そんなこと言ってたけ?」


「言ってましたよ。そのあいちゃんって一体誰なんですか?」


「そうね……」


 声色が少しだけ変わり、彼女は寂しそうな顔をした。


 そんな彼女の顔を見て、これから話す内容はかなり難しい問題なのだと美月みづきは思う。


 実際、たえとしてもこの問題はできるだけ話したくない。でも、健斗けんとの事を話す上で……特に今回の件では避けては通れない話だった。


 たえが覚悟を決めて言葉を慎重に紡いでいく。


健斗けんとには……」


 あいという許嫁いいなずけがいたこと。彼女が不慮の事故で亡くなったこと。そして、そのあい美月みづき瓜二うりふたつなこと。その事故がきっかけで彼の精神が病んでしまったことも。


 その話を聞いた美月みづきは絶句した。


 健斗けんとの異常行動の裏にはそんな過去があったのだ。


「でもねある日、健斗けんとが嬉しそうに私に話してくれたんだ。あいが生きてたって……私はまたおかしなこと言ってるって思ってた。でも、アナタの動画を見て、ビックリした。だって、あいちゃんそっくりだったんだもん。そりゃ、健斗けんとも錯覚するよね」


 できるだけ笑顔で話してくれているが、言っている本人は結構苦しいと思う。


 たえの懸命な告白に、美月みづきは胸を痛めながら聞いていた。すると……


美月みづきちゃんに怖い思いさせておいて、こんなお願いは失礼かもしれないけど……」


 歯を食いしばり、たえはその後の言葉を紡ぐ。


「アイツと一緒に音楽やってほしい。アイツ、君といると生き生きしてるの。これは私のエゴなんだけど、昔のアイツをまた見たいの。あいちゃんと一緒に音楽やってた頃のアイツの笑顔をまた見たいのよ」


 涙を浮かべて必死に懇願こんがんする。


 彼女の必死の訴えに、美月みづきも心が揺れ動く。


 でも、怖い。彼の事情は知れたが、彼が美月みづきにした仕打ちが消えるわけではない。


 複雑な感情が胸の中で渦巻く。だから……


「ここで答えは出せません。ごめんなさい」


「そうだよね……」


 当然の答えだった。


 呆然ぼうぜんとするたえを見て、美月みづきは悪いことをした気分になる。


「連絡先教えてください。明日までに答えを出して連絡します」


 これが美月みづきのせめてもの慈悲じひだった。


 美月みづきの言葉を聞いてたえは、感情がこらえきれなくなった。


「ありがとう! ありがとう!」


 救いの神が舞い降りたかのように、美月みづきに抱きつきながらお礼の言葉を何度も述べる。


 形は違ったが、その姿は自分に抱きつき、泣き崩れていた母にそっくりだった。

 

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