第25話 覚悟


 メンバーにして欲しい。


 突然の申し出に二人は固まる。しかし、しばらくして現実に意識が戻って来た翔兎しょうとは、「は? どの口が言うんだよ。ふざけんな!」と、場違いすぎる健斗けんとの言葉を非難する。


 翔兎しょうとの言葉に賛成の春樹はるき健斗けんと軽蔑けいべつの眼差しを向けた。


「分かってる……さっきの行為をした後に信じてもらえるとは思ってない。でも、僕がハニーと音楽をしたいのは本当なんだ! それに、あの匂い、雰囲気……懐かしかった。僕はまた会えて嬉しかったんだ」


美月みづきは会ったことないって言ってだが?」


「うん、ハニーは会ったことない」


 自分の世界だけで完結させてしまう健斗けんとに、ますます翔兎しょうとは意味がわからなくなった。だが、彼がどれだけ反省したとしても、美月みづきを怖がらせたのは事実だ。それだけは変わらない。


「お願いします! ハニーと音楽をやらせてください」


 深々と頭を下げ、懇願こんがんする。


「ダメだ」


「なんで!」


「それは俺たちが決めることじゃない」


 真っ直ぐに健斗けんと見据みすえ、当然の事を言い放つ。


 翔兎しょうとの言葉を聞いて、健斗けんとは、「なら、ハニーに認められれば良いんだね!」と自分なりの解釈をし、スタジオの中に勝手に入っていく。


「おい!」


 勝手な事をやる健斗けんとを止めようとする翔兎しょうと。だが、少しだけ反応が遅れ、スタジオの中に入られてしまった。


 中に入った健斗けんと美月みづきを見つける。


 肝心の美月みづきは体育座りをしながら蹲っていた。


 その姿は健斗けんとから見たら、少し悲しくなる。


 美月みづきには笑顔でいてほしい。それが大好きでずっと追いかけて来たのだから。


「マイハニー、大丈夫?」


 彼の声を聞いて美月みづきは肩を振るわせた。


 先程行った抱きつくと言う行為に、背筋を凍らせる発言。


 あれは美月みづきを恐怖のどん底へ落とすには十分すぎた。


 今はこの男の声など聞きたくない。しかも……この部屋にこんな変人と二人きりなのが更に恐怖を増す。


 何も言えない。だが、健斗けんとは自分の隣に並んでくる。


「何やってんだ!」


 遅れて翔兎しょうと春樹はるき健斗けんとに追いついた。


 聞き慣れた翔兎しょうとの声。それが聞けて美月みづきの恐怖は少しだけ軽減した。


「何って? ハニーの元気を取り戻そうとしただけだよ」


「余計恐怖を与えるだけだ」


「同感だな」


 健斗けんとという存在は美月みづきにとって邪悪でしかない。今すぐにでも離れさせた方が良い。


「なんでそんなに僕を遠ざけるんだよ!」


 美月みづきだけでなく、翔兎しょうと春樹はるきすらも自分を除け者にする。それに健斗は怒りを覚え、怒鳴っていた。


「それはお前が美月みづきを怖がらせたからだ!」


「僕はハニーのためを思ってやってるんだ! 僕にはハニーが必要なんだよ!」


 なんとしても美月みづきを守りたい翔兎しょうとと、美月みづきの側にいたい健斗けんととの口論は続く。


 健斗けんとのことは翔兎しょうとに任せ、春樹はるき美月みづきの近くに行き、安心させようとする。が……


宇崎うざき……」


 小さな声で泣いていた。


 鼻水をすする音。恐怖からくる独り言。更には、肩も振るわせていた。


 これ以上は無理だと判断した春樹はるきは、美月みづきを帰宅させる判断をする。


 立ち上がらせ、帰宅をうながす。そんな時……


「待って!」


 背中を向け、スタジオを出ようとする美月みづきに声をかける。そして、肩からかけていたベースバッグを降ろし、「僕の音楽だけでも聞いて欲しい」と、演奏する姿勢に入った。


 ベースを持つ姿はかなり様になっており、思わず美月みづきも釘付けにされた。


 今がチャンスだと思った健斗けんとは「マイハニー、君に捧げるために昔作った曲だ」と口にし、演奏を始める。


 作曲の知識など全くなかったが、彼女を思い、必死に作曲した。あの日のことが夢だと思いたくて……目の前にあるのが現実だと信じたくて。


 愛を捧げる歌。彼女には近くにいてほしい。自分が成長した姿を見せたい。


 あの日、自分の音楽を褒めてくれたあの笑顔と言葉が一生自分の頭から離れない。


 自分の中で一生の記憶として残っているから……墓場まで持っていくと決めているから。


 力一杯演奏をし、最後の一音を引き終わる。


 彼の力強さと想像以上の演奏技術に翔兎しょうと春樹はるきは、思わず演奏に釘付けになっていた。だが……


「しょぼい……私たちの目指す音楽とは違う」


 美月みづき冷淡れいたんな声で酷評する。その時目線は健斗けんとには向いていなくて……彼女が心の奥底から彼を嫌悪しているのが翔兎しょうと春樹はるきにも伝わってきた。


「確かに凄かったが、俺たちが目指す音楽とは違うな」


銀河ぎんがに賛成だ」


 健斗けんと春樹はるきも美月と同じ言葉を並べる。


 演奏技術で言えば、確かに凄いものだった。しかし、彼の演奏は自分の気持ちを素直にぶつけるだけ。ただの自己中心的な音楽。


 それどころか、肝心の届いて欲しい人物にすら届いていない。


 それでは皆を感動させることはできない。彼らの目標──スタープロジェクトで優勝し、伝説を越える音を奏でるなど不可能だった。


 根本から目標が違う。覚悟の違いが彼らに感じさせた違和感だった。


「帰って」


 演奏も聴いた。これ以上この男に費やす時間はない。それに、一秒も同じ空気を吸いたくない。


 あまりにも冷たすぎる声色に健斗けんとはショックし、飛び出す勢いでスタジオを後にした。


「じゃあ、俺たちも帰るか」


「私は残る」


 美月みづきの突然の申し出。不思議に思った春樹はるきだったが、事情を察し、「わかった」と一言。


 その後、翔兎しょうと春樹はるきだけで帰宅した。


 誰もいなくなったスタジオでうずくまり、静かに泣いていた。そこには静寂が広がっており、かなしさだけが取り残されていた。



 帰宅した健斗けんと美月みづきに拒否されたショックから、ベッドにうつ伏せに倒れ込んでいた。


 涙は流れない。ただ、拒否された疑問だけが残る。


 音は良いものだった。実際、自分が演奏した物の中で一番最高のものだったと思っている。


 それでも届かなかったのが事実。悔しさよりも、悲しさの方が心に残る。


 彼女に拒否される。それは、健斗けんとにとって自分の人生の全てを奪われるのと同じだった。


 部屋の扉が開き、聞き慣れた女性の声が自分の鼓膜を刺激する。


「勝手に入ってくんなよ」


「しゃーないでしょ。アンタ元気なさすぎて心配なんだもん」


 健斗けんとの姉──神谷妙かみやたえ健斗けんとの五つ上の姉で、健斗けんとの良き理解者。端麗たんれいな茶髪のストレートヘアーがトレードマークで男の人たちからも結構褒められている。


「それにしても……この部屋はキモいよ」


「悪かったな!」


 壁全面に貼られてる美月みづきの写真を見て、きみ悪がる妙。


 切り抜き動画などから画像を引っ張ってきて自作した美月みづきコレクションだ。


 いつも通りの部屋を見ながらため息を吐く妙。そして、


「でも、しゃーないか。まさか美月みづきって子、あいちゃんに瓜二うりふたつだもんね」


 姉の言葉聞いて、健斗けんとは四年前の事件を思い出す。


 健斗けんとには愛する人がいた。名は篠宮愛しのみやあい


 幼馴染で将来結婚まで誓い合った人だ。


 しかしある日、家族ぐるみで海に遊び行った時、不慮の事故が起き、彼女は死んだ。


 海から引き上げることはできるのだが、もう既に息は途絶えており、助けることができなかった。


 葬式で最後の顔を見た。その顔はとても穏やかだった。火葬もしっかりし、遺骨も部屋に置いてある。


 だから彼女は死んだのだ。


 美月みづきとは別人。


「でも……」


 鏡写しかのように似ている彼女。そんな人物が現れたら嫌でも彼女に陶酔とうすいしてしまう。


「もうやめなよ。彼女は事情知らないんだから。ほら、ご飯食べよ! 今日は健斗けんとの大好きなオムライスだって」


「うん」


 姉が部屋から出ていく。その部屋で健斗けんとは一人ぽつりと呟く。


「わかってるよ」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る