第24話 やっと会えた

「来ないなー」


「まだ三十分あるよ! ちょっと早かったんじゃない?」


 翔兎しょうとの愚痴に返答する美月みづき


 彼女たちはいつも通りスタジオに来ているのだが、今日は中には入らず、外にいる。


 理由はある人物と待ち合わせをしているため。


 練習スタジオがある場所は幸いなことに、人通りが少なく、誰かと待ち合わせをするには最適な場所でもある。人混みが苦手な春樹はるきにはもってこいの場所でもあった。


 春樹はるきが言葉を紡ぐ。


「兄貴たちにも練習断って来てるんだ。これで来なかったらあの野郎、許さねぇ!」


「まぁ、怒んなよ。それにしてもあんな大胆なことしてくる奴もいるんだな」


 翔兎しょうとはこの場所に来る経緯いきさつを思い出す。


 それを語るためには、一週間前にさかのぼらなければならない。




 一週間前。


「今日はここまで! また明日ね。バイバーイ」


 そう言って美月みづきはパソコンの配信ボタンを押し、配信を終わる。すると……「疲れたー」と大きな声でこぼし、床に仰向けに寝転んだ。


 そんな彼女を見て、スカートから出ている生足に目が行く翔兎しょうと咳払せきばらいをしながら、


「当たり前だ。昨日に続いて今日も配信。学校も行ってるんだし、キツいんだよ」


「でも、そのおかげもあって……ほら! ランキングも二千位まで登ってきたよ」


 状態だけ起こしてスマホの画面を見せてくる。


 昨日は五千二十位だった。たったの一日でこれだけ伸ばしたのは彼らの卓越たくえつされた影響力が大きいだろう。


 それでも、突破範囲まではまだまだ遠いので、努力を続けていかなければならないのが現状だが。


 ランキングが上がって喜んでいる美月を見て、翔兎しょうと春樹はるきほおゆるめた。


 今週もOCEANオーシャンとの練習だ。それが終わればまた一歩成長できる。計画通りなら、なんとか一次予選突破は難しくないだろう。


「じゃあ、今日は解散ってことで……お疲れ」


「お疲れ様ー」「お疲れ」


 春樹はるきかばんを背負って、背中を見せて歩いて行く。そんな時……


「ちょっと待って!」


「なんだよ」


「いいから来て」


 帰ろうとしている春樹はるきを呼び止め、自分のスマホに集中させる。


 美月みづきのスマホの中には一件のDMが来ていた。


 差出人は『K』という人物。絶対にイニシャルだが、わざわざDMを送ってきたということは、動画や配信内のコメントでは書けないことなのだろう。


 美月みづきがDMを開く。


 書かれている内容を見て、三人は驚愕きょうがくの表情を浮かべた。内容にはこう記されていたからだ。


『突然のDM失礼します。私、宇崎うざきさんたちBIGBANGビッグバンのライブに感銘を受けました。私は病気で医者が言うにはもう長くないそうです。是非とも一度、生演奏をお聞きしたいと思い、DMをお送りしました。こんなちっぽけな私のお願いを叶えてたらと思います。不躾ぶしつけなお願いなのは承知です。しかし、私はアナタ方の生演奏を人生で一度はお聞きしたいのです。もし、大丈夫であれば、場所は渋谷のライブスタジオ『HOPEホープ』前にてよろしくお願いします』


 ライブスタジオ『HOPEホープ』。美月みづきたちがバンドの演奏の練習をしているスタジオだ。


 なぜ、メッセージ主はこの場所を待ち合わせ場所に設定したのだろう。


 この場所の選定により、翔兎しょうと春樹はるきはDMの主を疑う。しかし、この二人と感性が真逆の美月みづきは「良いじゃん! せっかくのファンだよ。会ってみようよ」と、ことの重大性をわかっていない。


「あのな美月みづき。なんで星の数ほどあるスタジオの中からこのスタジオを選んだのか予想がつくか?」


「確かにな……銀河ぎんがの言う通りだ。コイツ異常だよ」


 二人の予想は、練習場所がバレてるといったものだった。


 ストーカー気質のファン。


 しかもBIGBANGビッグバンのファンではなく、美月みづきのファンである可能性が高い。下手に会いに行けば、事件に巻き込まれる可能性もある。


 二人からしてもこの話は乗らない方が吉だと思っていた。


 それでもお人好しすぎる美月みづきは、彼のメッセージに同情してしまう。


「そんなもんお前に会う口実だ。コイツと会うのは俺はすすめない。断っとけよ」


「でも……」


「でもなんだ?」


 翔兎しょうとの言葉に美月みづきうつむく。そして、意を決して自分の意見を述べていく。


「もし本当なら、この人の願いを叶えてあげたい! もし嘘でも私たちが騙されるだけ。こっちに損害はないはず」


「そうじゃなくってな……あぁ、もう! わからずやだな! 俺は美月みづきに危険な目に遭ってもらいたくないの! わかってくれよ……」


 照れ隠しのためか顔をらしながら、翔兎しょうとは彼女のことだけを考えてしまう。あまりに不自然すぎる翔兎しょうとの行動に……


銀河ぎんが……お前、もしかして……」


「なんだよ!」


 彼の気持ちは春樹はるきにはお見通しだったのか、察っせられてしまった。当の美月みづきは彼の気持ちに気づいてはいなかったが。


「じゃあ、中間を取って三人で行くってのはどうだ? もし何かあっても俺らが対処してやるよ。それなら問題ねぇだろ?」


「うん!」


「話は決まりだな」


「待てよ……」


「なんだ? まだ不服か? 銀河ぎんが


「そうじゃなくて……俺は……あぁ! わかった。わかったよ。それで行こう。少しでも危ないと思ったら帰るからな」


「OK」


 色々とあったが、結局行くという結論になり、一週間後、約束の場所にやってきた三人だった。



 あれから十分経っているが、目的の人物はやってこない。


 警戒している翔兎しょうとは辺りをキョロキョロしてしまうが、それを見た春樹はるきから「お前の方が不審者っぽいぞ」と言われてしまう。


「しゃーねぇだろ! これ以外に美月みづきを守れる手段あるのかよ」


「俺たちSPじゃねぇんだから……あれ?」


 春樹はるきが遠くを見つめてると、フードを被り、ギターバッグのようなものを持っている怪しい男を視界にとらえた。


 それだけならまだいいが、その男は明らかにこちらに歩いて来ているように見えて……


 直後、彼の予想は的中した。


 フードの男はいきなり走り出し、美月みづきの近くに迫ってきた。そして、なんの躊躇ためらいもなく美月みづきへと抱きつき、「マイハニー、会いたかったよ!」と甘い声で口にした。


 男の行為があまりにも異常な上、声もデカかったので、少々いた通行人は美月みづきたちの方へと注目した。


 突然の行為。美月みづきは恐怖と混乱の中、上手く回らない頭で思考をめぐらせ、この状況を整理しようとしていく。そして、


「やめて!」


 拒絶の感情を声に乗せ、男を突き飛ばしていく。


 尻餅をついた男は、首を傾げながら、「なぜ? マイハニー」と疑問を口にした。

 フードが外れ、そこそこ整っている顔があらわになる。体も筋肉質で病気とは無縁といった男だ。


「おい!さっきからマイハニーとか言ってるけど、お前、美月みづきのなんなんだよ!……もしかして、彼氏……」


「嘘だろ……宇崎うざきって男いたのかよ」


 美月みづきが異性と付き合っている。一ヶ月近く彼女を近くで見てきた春樹はるきにとってはそれは絶対に想像できないものだった。


 だが、すぐにその疑問は解決することになる。


「違うよ! この人知らない。会ったこともないもん!」


「そんな酷いこと言わないでよマイハニー。僕は君を画面越しに見て、色々想像してたんだ。君にキスもしたし、君を想像してオナニーだってしたんだよ。僕は君を絶対に僕のものにするって決めてるんだ」


 彼の発言は男からしても気持ち悪いものだった。


 その行為は完全にガチ恋勢、そのものだった。


 男の意外な言葉。それを聞き、美月みづきは青ざめた。その後、


「気持ち悪い……」


「えっ!」


「気持ち悪いって言ってんの! 私のファンになってくれるのは嬉しい。でも、そんな感じになっては欲しくない。ちゃんと、ちゃんと、私たちの音楽を聴いてよ!」


 美月みづきは本音を男に浴びせたのち、あまりのショックにスタジオの中に入って行ってしまった。その彼女の目には涙が浮かんでいた。


 そんな彼女を見て、翔兎しょうとはため息をつく。そして、言葉を紡いだ。


「あのDMの内容も嘘だったんだな。だろうなと思ったよ。あぁ言えば美月みづきなら会ってくれるもんな。長年ファンをやってればそれくらい想像がつく」


「わかってて来たの」


「まあな、言い出したら美月みづきは聞かないからな」


「なるほどね。でも、マイハニーは僕の彼女だ」


「バーカ。アイツには俺が告るんだよ。お前みたいなキモくて危ない奴にアイツを預けられるか」


 二人は睨み合い、男の意地がぶつかり合う。


「マジかよ……こんな展開予想できたか……」


 美月みづきを取り合うという、春樹はるきからしたらあり得ない光景。


 とんでもない事態になったこの状況に春樹はるき唖然あぜんとしていた。


 そんな春樹はるきを差し置いて、睨み合いを続けている二人だが、あまりの目力の翔兎しょうとを男も認めたのか、鋭い眼光をやめて口を開いた。


「君、名前は?」


銀河翔兎ぎんがしょうと。お前は?」


神谷健斗かみやけんと


 神谷健斗かみやけんとと名乗った短髪の男。なぜか勝手に恋のライバルになってしまったが、翔兎しょうとも負けるつもりはない。


 ここからまた別の戦いが始まる……と思ったのだが、健斗けんとは意外な言葉を口にする。


「僕を君たちのメンバーにしてよ。僕、彼女と音楽がやりたいんだ」


「は?」


「だから! マイハニーと音楽がやりたい。それが目的でこの場所に来てもらったんだ」


 ここに来た本当の目的。それを彼は口にし、またも無茶振りを押し付けてきたのだった。

 

 

 

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