第23話 ファンとの距離


 OCEANオーシャンとの強化練習から二日。美月達は一週間の初めを迎えていた。


 日常。学校生活を過ごし、帰宅。いつも通り、スタジオに集合する。


「マジでキツかったわ〜」


「あの姉ちゃん、キツいことしか言わなかったし、お前の兄貴も音楽になると結構厳しいんだな」


 翔兎しょうとが二日間の練習を振り返る。


 内容はスパルタ。初心者にやらせるようなものではなかったが、特効薬のようなものにはなった。


 花凛かりんには、『あーしの予想通り、君は伸びると思ったぜ』と言われた。


 あれだけ散々な言われようだったのに、いきなり伸びると思ったは都合が良すぎだと思う。


 だが、実際、二日という短い時間で、自分でも成長を実感できたのは凄い。


「やったことといえばアルペジオ奏法に弦の抑え方など基礎だけか……」


 アルペジオ奏法。全てのげんを一斉に弾くコード奏法とは違い、げんを一本ずつ弾いていく演奏方法。


 コード演奏とは違い、単一で音が出るので上手い下手が顕著けんちょに出る。


 実際、ギター経験者でもこれは難しく、逆にこれが上手い人に下手な演奏者はいないとまで言える。


 翔兎しょうともこのアルペジオ奏法が苦手だった。


 曲を弾かせてもらえず、基礎しかやらせてもらえなかった翔兎しょうとは練習中モチベーションが上がらなかった。


 だが、花凛かりんに基礎だけをやらされて二日。彼の演奏技術は驚くほど上達した。


 実際、春樹はるきもそうだ。


 音程以外にリズム感も皆無なので、メトロノームを使用した基礎練習を徹底てっていした。


 ドラムはバンドのいしずえ。それを兄から叩きつけられ、リズム感を鍛えるトレーニングだけをやらされた。


 男同士で愚痴ぐちっている隣で美月みづきは、夏弥なつやから提供してもらった楽曲を聴いていた。


『すれ違い』がテーマ。


 それを歌から感じ取れ、美月みづきは昔バンドを組んでいた時のことを思い出した。


 四人体制のガールズバンドだった。


 解散のきっかけは思いのすれ違い。


 美月みづきはスタープロジェクト優勝。よう明里あかりは趣味止まり。それに反して陽奈ひなは男遊びでバンドなどどうでも良くなっていた。


 二対一対一という構図になり、結局残ったのは美月みづきだけだった。


 明里あかりようが最後に『ごめん』とそっけなく言ってくれたのだけは覚えている。思い出すと涙が溢れてくる。


 その涙を見て、翔兎しょうとが「大丈夫か?」と声をかけてくれる。


 手の甲で涙を拭き、「大丈夫だよ」と美月みづきは答えた。


「俺にも兄貴の曲聞かせてくれよ」


「いいよ!」


 三人で聞こえるように、スピーカにする。


 想いが強かった。


 おそらく主なメッセージは恋愛の歌。しかし、友や家族とのすれ違いにも感じられる──そう言った歌だった。


 歌に聞きれていた美月みづき達だったが、ふと時計に表示された時間を見て、SNSでライブ配信をすると告知していた時間──五分前なことに気がついた。


 ノートパソコンを開き、配信の準備をしていく。そして……


 彼らの順位は今、五千二十位。億という参加人数の中からこの順位は健闘中の健闘だが、まだ予選突破はおろか、千位にすらも届いていない。


 終了まで二ヶ月と三週間。早い段階でブーストしておきたい美月みづき達は、ライブ配信に力を入れていくことを話し合った。


 そうして、今日やることになった。


『始まった!』


美月みづきちゃーん、今日も可愛いよ!』


美月みづきちゃん、一回デートしてよ』


 など、いろいろなコメントでコメ欄が盛り上がる。


「久しぶり! 昨日上げた動画見てくれた!」


『見たよ!』


『すごかった!』



『あれって、CG? それとも本物?』


「あー、あの夜空での演奏ね。ごめん、あれは合成なんだ。本当はスタジオで撮ってる」


 いつも通りの調子で美月みづきはファンのコメント欄に回答していくが、翔兎しょうと春樹はるきはまだ慣れないらしく、一言も発せれない。


 現在の同接二千人。さすが、元々ちょっとしたインフルエンサーだったこともあり、既存ファンがこぞって集まってくる。


 その中には美月みづきのガチ恋勢こいぜいもいるくらいで、ネット内では意外とモテるのだ。


「みんなは何か聞きたいことあるー?」


『そういえば、BIGBANGビッグバンってどうやって結成したんですか? 美月みづきちゃんの他に男の子しかメンバーいないし、そこんところ気になります』


 ファンとしては当然の質問だった。


 美月みづきは自分以外の情報はあまり解禁していない。そのため、学校が同じだとかそう言ったことは話していない。


 翔兎しょうととは学校が同じで彼から音楽をやりたいと話しかけてきたと、春樹はるきに至ってはOCEANオーシャンのライブを見に行った時にたまたま知り合い、価値観が同じだったためメンバーに誘ったと説明した。


 少し成り行きは違うが、彼らの負の部分はあまり見せないようにしようという美月みづきなりの配慮だった。


『ありがとうございます』とお礼が入り、その後も質問責めが続いた。答えられる質問にはできる限り答えていったが、ある質問が目に止まった途端に美月みづきは数秒沈黙する。それは……


夏弥なつやって普段どんな生活してんの? なんかエリートだからさぞいい生活してんだろうなー。いいよな、金もあって、好きなことやって生活できるのって。なぁ、教えてくれよ。情報解禁されてないけど、家族なんだろ? 神門じんもんなんて名字珍しいし』


 心無い言葉が飛んできた。


 ネットでは当たり前の行為。しかし、春樹はるきとしては兄の質問には答える気はない。それに、このライブはBIGBANGビッグバンのライブ。OCEANオーシャンは関係ないのだ。


「兄貴のことは……」


「ごめんなさい! そこのことについては答えられないです。本当にごめんね」


 春樹はるきが答える前に、美月みづきがフォローする。それに続いて翔兎しょうともフォローし、無理やり夏弥なつやの話題から逸らそうとする。しかし……


『えー、つまんない』


『ちょっとくらいいいじゃねぇか!』


『ケチ、ケチ』


 自分達が聞きたい質問をはぐらかされたため、リスナーはブーブー文句を言ってくる。


 それはだんだんエスカレートし、リスナーの文句は止まらない。さらには、


『彼女っているの?』



『いや、噂だとたくさん女がいるって話だぜ。いいなー』


『そういうおまえもキモい。でも、もしそうなら私幻滅だわー。夏弥なつやにガチ恋だったんだけど……』


 ありもしない噂を口にしていくリスナー。


 全て嘘で、適当なことばかり言うリスナーに春樹はるきは怒りが湧いてくる。


 反論しようと言葉を出そうと準備する。しかし、翔兎しょうとが彼を止め、ことなきを得る。


 そんな時、インドア・ホワイトというアカウントが火に油を注ぐ行為をしてしまう。


『それより、風の噂で聞いたんですが……OCEANオーシャンと合同練習したって本当ですか?』


 あの場にいたもので、合同練習のことは絶対秘密にするという誓いを立てた。


 なのにどこからかリークされてしまったらしい。


 急いで撤回して行こうとする美月みづきだったが、あまりにも表情が表に出てしまっていたので、それが本当だという証拠になってしまった。


 美月みづきの焦りようを見て、リスナーはさらに自分勝手なコメントをしていく。


『身内贔屓びいきってこと。マジかよ、引くわー』


『もしそうなら私、OCEANオーシャンのファンやめる。彼らは皆平等だと思ってたのにー』


 OCEANオーシャンの身内贔屓びいき。それは事実だが、こうなることを予測して、彼らは陰ながら応援してくれていたのだ。


 誰がリークしたのか知らないが、人の努力を踏みにじやからは許さない。


「本家……しかも、冬美ふゆみか」


冬美ふゆみ?」


 思い当たる節がある春樹はるきはリスナーには聞こえない声で呟き、それをしょうと兎が拾う。


 春樹はるきに『神門じんもん家から出ていけ、それができないなら死ね』と言った張本人。


 彼の心にトラウマを植え付け、音楽から離れさせた人物と言ってもいい。


 あの魔女のような性格の女。アイツなら自分を蹴落とすために、リークという方法もやるかもしれないと思う春樹はるき


 この間にも信者とアンチのバトルは繰り広げられていた。


 信者は美月みづき擁護ようご。別に人間なんだから贔屓ひいきの感情が入ってもいいと主張。


 反対にアンチはプロがそういうことをしたら、公平ではない。特にOCEANオーシャン程の影響力のあるものなら尚更なおさらと主張した。


 どちらの意見も間違ってはいない。だから、この議論は永遠えいえんに終わらない。


 こうなるとは思わなかったコメ主──インドア・ホワイトは、美月みづきを含めたリスナー全員に謝り、その後、「演奏見せてよ」と話題を逸らしてくれた。


 せっかくのチャンス。これを逃す手はないと思った美月たち。


 急遽だが、演奏することになったが、話題を逸らしたことにより、「逃げるのか!」と言われてしまった。


 その言葉にムカついた春樹はるきは「演奏で黙らせてやるよ!」と挑発。だが、あの地獄の練習をした彼らにはそれだけの自信があった。


 所定の位置につき、三人は演奏をした。


 奏でる歌は既存曲──『CATCH THE DREAMキャッチ・ザ・ドリーム』。


 オリジナルかつ未発表の曲という縛りがあるのは、二次予選からなので、一次予選はできる限り既存曲で勝負していきたい。


 コンセプトは『憧れに届くように』。


 少しロック調な曲だがハードロックほど、とっつきにくさはない。夢見る少年少女が憧れの舞台に羨望せんぼうを向ける歌詞だ。


 男女共に当てはまるようにしたかった美月みづきは、この曲ではあえて一人称を入れていない。


 基礎力がアップした三人の演奏は、二日前のものとは雲泥うんでいの差だった。


 プロが聞いても感動できるレベルと言ってもいい。


『凄い!』


『うぉぉぉぉぉ!』


『ビッグバン! ビッグバン!』


 コメ欄が一気に演奏に釘付けになる。その勢いで美月みづきたちは二曲目を演奏した。


 こちらは新曲。『楽しい学園祭』。


 コンセプトは『学園祭を楽しむ学生のように』


 何もかも忘れて、今この瞬間を楽しもうという意味がコンセプトに込められている。


 こちらはポップで、教育番組でも使用できそうな曲だった。


 一風変わった曲調にリスナーは最初驚かされたが、すぐに彼女たちのとりこになった。


 歌詞の中にある『この瞬間は一瞬、でも思い出は一生』という詞が美月みづきが一番力を込めた部分だった。


 演奏が終わる。


 もう夏弥なつやOCEANオーシャンの事を話題に上げるものはいなくなっていた。


「ありがとう!」


『うぉぉぉぉぉ!』


 コメ欄と一心同体になり、とても楽しいライブができた。


「ごめんみんな。今日は遅いからここまでね。もしよかったらポイント入れてくれると嬉しいな」


 本人にそんな意図はなかったが、無意識に可愛い声でのおねだりになってしまった。


 仕草も可愛く、そばにいた翔兎しょうと春樹はるきですら心を奪われそうになっていた。


 皆にお別れをして、配信を切った。その後すぐに疲れがどっと出てきて、脱力する三人。


「よくあんな演技できるよな」


「演技って何? ファンへの対応はあれがデフォでしょ?」


「そう言えるってことは、美月みづきは天性の才能があるんだよな」


 普通はそんなこと言えない。


 人を楽しませる才能。それが美月にはある。


 春樹はるき翔兎しょうとにとってはとても羨ましい才能だった。


「じゃあ、俺帰るわ」


「俺も」


「そう、なら解散にしよか。明日も集まるしね」


「あぁ、風邪ひくなよ。宇崎うざき銀河ぎんが


 最後に春樹はるきがそう言い残して、三人は解散した。


 明日以降もまた戦いは続いていくのだから。




 ライブ配信当日の夜。


 とある一室でライブ配信に参加していた男がいた。


 彼は美月みづきたちの卓越たくえつされた演奏を見て感動している。そして、しばらくした後、


「やっと見つけたよ、マイハニー」


 と、嬉しそうな笑みをこぼしながら呟くのだった。


 


 

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